旅人との出会い
そして二年が経った。
二年が経ってもこの男は村を出なかった。
そろそろ自分の堪忍袋の緒が切れそうなとき村にある旅人がやってきた。
「とても強くてイケメンでやさしい」と村長の娘が惚気ていた。
自分も魔法でその人物について調べていたが何も情報はつかめなかった。はじかれたように得られない。それに旅人は自分に気づいている。
その証拠に旅人はユースティアのいる牢屋に夜、忍び込んできた。あの男が来ないのを見計らって。そしてユースティアと旅人を隔てる檻に寄りかかり、話しかけてきた。
「なあ、お嬢さんはどうして牢屋に入れられたんだ?」
「……」
「もしかして話せないのか? だったらこれならどうだ?」
ユースティアはこの旅人が魔法を使ったのだと分かった。何の魔法を使われたのかまでは分からなかったが能力でその効果を打ち消した。
「いきなり何をするんだ。そもそも先に名乗るのが礼儀だろ」
「なんだ、話せるじゃん。俺の名はアラン・ガルーダ。お嬢さんの名前は?」
「私はユースティア・ロペス。それで王族が何のようだ」
「へえ~、俺のこと知っているんだ」
「知らない方がおかしい」
「まあ、それもそうかもな。――もう一度聞くが、なぜお嬢さんは牢屋に入れられているんだ?」
「別に、あなた様には関係ないだろ」
「アルでいい。――関係はある。俺が不愉快だからだ。見るに耐えん」
ユースティアは思わず肩を揺らし笑う。
もしこの男が偽善や好き、惚れたなどで自分を助けようとするならばこれ以上口を開かなかっただろう。でも、このアランという男は自分の本心を言った。嘘偽りなく。ただ単純に自分が不愉快だから。それだけで。
「なっ、笑うことないだろ」
アランはとても心外そうな顔をしていた。それがもっとおかしく感じてユースティアは声を上げて笑ってしまった。
ひとしきり笑い終わるとユースティアは淡々と話し始めた。
「親友だと思っていた村長の娘にはめられた。そしてここにいるってわけだ」
「どうして脱獄しない? お嬢さんなら簡単に脱獄できると思うんだけどなあ」
「ある男に今の私では勝てない。だからそいつが遠くに出かけるのを虎視眈々と待っているというわけだ」
「なあ、その男って――」
「そろそろその男が来るから帰った方がいい」
ユースティアはアランの声を遮った。そして帰るように、檻に寄りかかっている背中を軽く押した。
「帰らない。まだ話は終わっていない」
「いいから帰れ。もう来る」
「だったら待つ」
「何を言って……」
アランは能力と魔法を複合し、この場から姿を消した。厳密に言えばユースティアにだけ見えるようにし、先ほどの場に立っていた。
「これで他の人からは見えない。安心だぜ」
アランは無邪気な笑みを浮かべ、グッドと言わんばかりに親指を立てていた。
ユースティアは思わず額を抑え、ため息をついた。何を考えているのやら。
そんなことをしているとあの男がやってきた。
「元気にしていたかい? ここ数日よそ者が来てね、村の人が君に会いに来れなかったからさみしかっただろ?それに僕も君と会う時間が減ってとてもさみしかったよ。――――早く僕のこと好きって言ってよ、ユースティア」
檻の中に入ってきた男はユースティアの顎を掴み、頭をなでる。
いつもこの男には吐き気がする。気持ち悪い。行動が矛盾していることにも気づいていない。
感情のないお人形のような態度でいなければ何をされるか分かったものじゃない。まだ逃げることを諦めていないと思い込まれた日には暴力の嵐が見舞われる。
今のように。
「何だ、その目は。僕が散々教えただろ。君が頼れるのは僕しかいないんだ。君が村の人達からされる暴力は僕がいるからあの程度で済んでいるんだ。僕が君にこういうことをするのはね、いい子になってほしいからなんだよ。愛情の裏返しさ。受け止めてくれるよね。だって君は僕のこと本当は好きだもんね?」
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
早く外に出て体中を洗いたい。触られたことをなかったことにしたい。
ガシャンという音がなる。
その音で男は自分から手を放し、まじまじと見ながら何かを感じとり、震えだした。ユースティアも思わず見た。
どうやら隣の牢屋の檻がアランによって外れたみたいだった。アランの青眼が殺意に満ちているのが分かる。それどころか殺気が威圧となって男を恐慌状態に陥らせている。
「なんなんだよ。これは。誰かそこにいるのか。やめろ、やめろ」
男はアランが見えていないせいで何が起こったのか分からず、半狂乱となり牢屋の出口に向かって走っていった。
「手、大丈夫か」
アランの手は強く握りしめていたことにより本人の爪が食い込み、血が流れていた。檻に当たった手の部分はなぜか血が流れていないようだった。おそらく能力のおかげだろう。
「俺の心配より自分を心配しろよ」
なぜかアランの声は震えていた。
どうしてアランが泣くのかユースティアには分からなかった。自分が暴力を受けた訳じゃないのに。
「お嬢さんは長いこと牢屋に入っていたせいで心の動きが鈍ったみたいだな」
「別にアラン様には私がどうなろうと関係のないことだろ。不愉快なら早くこの村から出て行けばいい。私もあの男が半狂乱でまともじゃない内に、この村を出てく。――一応、お礼だけは言っておく」
ユースティアはなれないお礼を言って少し恥ずかしかった。だからアランの顔を見なかった。きっと今、顔が赤くなっているだろうから。
手錠と足かせを魔法で切断する。そして檻も魔法で曲げて人が通れるようにした。
「じゃあな。もう会うことはないだろうが。アラン様も早く逃げることだ」
ユースティアは手と足は自由になったが手錠と足かせが完全にとれたわけではなかった。
気丈に振る舞っているとユースティア自身は思っているようだが話す言葉と体はほんのわずか、よく見ないと分からないぐらいだったが震えていた。恐怖心が消えていないのがアランには丸わかりだった。
アランがそれを見逃すはずもなくユースティアの腕を握る。
「腕、放してくれないか? さっきの暴力でまだ痛いんだ」
そう言われると放さないわけにもいかず、アランは手を放してしまった。それがいけなかった。
ユースティアは放されるやいなや走り出した。
「逃がすかっ!!」
アランもユースティアの後を走る。だが牢屋にいて弱っているはずのユースティアは速かった。
おそらく魔法で身体強化を最大限までしている。魔力量が人よりあるのだろうとアランは思った。
「なんで逃げるんだよ」
アランはユースティアの前にいつの間にか先回りし、ユースティアの前に立ちはだかる。
当然、ユースティアは急に止まれるはずもなく、アランに自分から抱きついたみたいになってしまった。アランはすかさずユースティアの背中に手をまわした。