ある村の少女
「この穀潰しがっ!!」
「気味が悪いわ。その赤い目でこっちを見ないでちょうだい」
ユースティアの頭からべちゃりという音がする。そしてどろりと何かが垂れた。手錠の鎖をならしながら触るといつも流れる血ではなかった。
「卵……」
ユースティアはぼそっと呟く。その声を聞いた村人が顔を歪め、罵倒する。そしていろんな物がユースティアに向かって飛んでくる。
ユースティアはその罵倒が終わるまでずっと耐えていた。
理由は明白。弱かったから。始めの頃は今みたいに大人しくしていたわけではない。でも学んだのだ。この世は弱肉強食。弱者が生き残るには強者に逆らってはいけない。逆らったら今よりもっとひどいことがされる。大人しく耐えていればこれ以上のことはされない。
逆らうにしてもタイミングというものがある。強者がその座にあぐらをかき油断してるときだ。
「本当に何をされても顔色を変えないなんて不気味よ。殺しましょうよ」
村長の娘が近くにいた男に抱きつきそう言った。抱きつかれた男は満更でもなさそうだった。それに、自分に見える角度で笑みを浮かべているのが見える。
「いいや。こいつには有効価値がある。だからまだ殺すわけにはいかない」
村長が杖をつきながら前に出てユースティアを一瞥する。そして今日は解散とばかりに杖を振り回す。
この場に残ったのは村長とユースティアだけだった。
「お前を守ってやれなくてすまない。私を許してくれ」
村長が悲痛な表情を浮かべ懺悔する。これもいつものことだった。
分かっている。村長は今の状況が耐えきれないのだ。
でもだからといって自分を助けてしまうと村長が次の標的にされてしまうかもしれないし、もしかしたら殺されてしまうかもしれないと思っている。
それに自分にいつか報復されるのではないかと怯えている。
ユースティアは村長のことに対して何の感情も抱いていなかった。思うこととしては、ただ懺悔がうるさいということだけだった。
村長がやっとこの牢屋から退出する。一人はいい。傷つくことはないのだから。
ユースティアはこの村で異端だった。生まれた頃から白髪に近い銀髪、そして赤い目。それだけだったら気味悪がられる、もしくは羨望の眼差しで見られる。それだけだったはずだ。
今、自分がこのような状況にいるのは村長の娘にはめられたからだった。
村長の娘は自分のことが気に食わなかったのだ。銀髪に赤眼。それで普通の顔だったら良かった。でも自分はお人形さんみたいとかお姫様みたいで素敵と言われるような顔だった。そう言われても自分は気にも止めなかったがそれが村長の娘にとってさらに屈辱だったらしい。
村長の娘も不細工なわけではない。私が美人だとするならば彼女はかわいい系に入る人だった。
最初は仲の良い友人だった。
でも時が経つにつれ、自分が憎くなった、とこの牢獄に入れられた直後に言われた。努力もしていないのにそう言われるのが耐えられなかったと。
「私は努力しているのにあなたはしていない。ふざけないでほしい。あなたなんか友達でも何でもない、死んでしまえ」
そんなこと思われているなんて思わなかった。自分は彼女のことを親友だと思っていたのに。
この言葉はユースティアの心に大きな爪痕を残した。
ユースティアは怒りと悲しみに支配された。憎悪もどんどんたまっていった。そして今以上に強くなることを誓った。幸い、魔法も使えたし、能力は発現していた。誰にも話していないから村人はみんな油断している。
一人を除いて。
この一人が厄介だった。この男は村で一番の強さを誇っていた。故意に隠しているみたいだったから村人が気づいていないのも知っていた。
夜な夜なユースティアのいる牢屋に来て村人に手を出したときだけ倍以上に痛めつける。村人に手を出していないときは喜色の笑みを浮かべ、ユースティアに一方的に話しかけた。
自分が能力を完全に使いこなせれば負けはしないという確信はある。でも今は完全に能力を使いこなせない。それにこの人物は自分が能力発現した現場に居合わせたから自分に能力を発現したことを知っている。
ただ不思議なことがあるとすればそれを誰にも言っていないということだ。
だからこの人が村を離れるまで虎視眈々と待ち続けることにした。