紅桜殺人事件捜査本部始動
警視庁のとある会議室の一室では数十名の刑事が集まり、会議の開始を今や遅し、と待ち侘びる。
やがてよれたグレーのスーツを着た細身長身の男と黒いスーツをきた女が入室し、壇上に上がるとさらに刑事たちの表情が引き締まった。
細身の男はマイクを手に取ると刑事たちを見回し早速挨拶を始める。
「私は今回の通称『紅桜連続殺人事件』の捜査合同本部の本部長を勤めることになった太田だ。隣の彼女は私の補佐の小林裕美警部補。ではよろしく頼む」
警視庁捜査一課太田和弘警部。33歳独身。通称「よれよれ警部」。
自らの足で現場に赴くためクリーニングに出す暇のないスーツとシャツはだいたいいつもよれよれである。
小林裕美警部補。30歳独身。
警視庁で数年来太田のサポートを務める涼やかな瞳の敏腕女刑事である。
小林が部屋の明かりを消し機器のスイッチを入れ壇上のスライドに事件現場写真や事件概要が映し出されると太田が説明を始める。
「これよりD公園殺人事件並びにそれに関する連続殺人事件の合同捜査会議を始める」
まずは被害者の凄惨な遺体の傷跡や発見当初や検死後の様子が映し出された。
「3日前の4月4日、午前5時。都内S区のD公園にて桜の木に吊るされた遺体が発見された。被害者は山岡達夫25歳、フリーター。死亡推定時刻は午前0時から2時までの間。
被害者が4月2日より自宅のアパートを出てから行方が分からなくなり、4月4日早朝に遺体で発見されるまでの足取りは不明。
身体中に青あざや切り傷や熱傷の跡あり。
両目をくり抜かれた後に頸部を折られ殺害され遺体を運ばれて公園の桜の枝に吊るされたと見られる」
小林は太田の説明に合わせて壇上のスライドの映像を切り替えていく。
「次にこの事件を連続殺人事件と断じ、広域捜査事件と指定された理由だが」
こほん、と太田は一つ咳払いをした。
「3年前から毎年4月4日に都内の公園で変死体が発見される事件が続いている。被害者4名の繋がりを調べたところ驚くべき事実が明らかになった」
そしてスライドには4名の名前と顔写真が映し出される。
「1年前の被害者中島健。2年前の被害者田中ウルミ。そして3年前の被害者小川太一。彼らは全員が学生時代半グレ集団『ダークキッド』の幹部であり、麻薬密売や売春組織などの犯罪に手を染めていた過去がある。彼らの個人データは君たちの手元の資料に載っているとおりだ」
半グレ集団ダークキッド。
末端まで含めると100名以上の大学生や高校生で構成されたかつて都内を騒がせた犯罪組織である。
いずれも都内に通う高校生だった彼らは8年前に逮捕され社会的制裁を受けたわけであるが今回の事件は明らかにダークキッド絡みの件であると太田は睨んでいる。
……それにしても
会議室に集められた刑事たちは壇上のモニターや資料で事件の詳細を確認しながら眉を顰める。
中島健、全身に熱傷の跡と全ての指の骨がおられた後に都内の公園の桜の木につられていたところを発見。
田中ウルミ、顔面をぐちゃぐちゃに破壊された遺体が都内の公園の桜の木につられているところを発見。
小川太一、眼球と舌がくり抜かれた遺体が都内の公園の桜木につられているところを発見。
恐らく怨恨。そして同一犯の仕掛けた犯行と見られる。
それにしても被害者は凄まじいまでの恨みを買ったものである。
本人たちがやってきたことを鑑みれば確かにこれほどの怒りを買っても仕方がないことではあるが。
太田は会議室に集められた刑事たちを見回す。
警視庁捜査一課だけあり、誰もが精悍な顔つきで太田を見つめ返してくる。
「生き残る元ダークキッドの幹部は残り一名。どんな人間であろうとこれ以上犠牲者を増やすわけにはいかない。これより手分けして捜査に当たってくれ。来年は安心して花見の出来る東京にしようじゃないか」
通称で紅桜連続殺人事件と呼ばれるこの事件はここ数年都内の人々を恐怖に陥れてきた。
これ以上桜の季節に血の雨を降らせてはいけない、と刑事たちは意気込む。
「「「はい!」」」