良い子の皆は幽霊のお友達を使ってやってみてくれ
翌日。中間テスト2日目。昨日同様全く解けないかと思えば、そうではなかった。暮人の問題用紙には端から端まで正答で埋まっていた。前日の夜に猛勉強したのか、と言えば全く違う。暮人は今、全力でカンニングを決行していた。ただ、そのカンニングは普通は出来ないような方法で。
(死神、次の大問3の(1)はなんだ?)
(えっとね〜5人ぐらい同じ答えだから(a)であってると思うよ)
(よし、(a)だな)
……死神を使った、絶対にバレない頭脳プレーだった。暮人はテストが始まる前、死神にひと声かけていた。
「おい、死神。俺の完璧なカンニング作戦に協力してくれ」
「嫌だよ、そんなカンニングに協力してって言って協力する人なんてそうそういないでしょ」
「そうか……そうだよな。悪い、今のは聞かなかったことにしてくれ」
「随分今日は聞き分けが良いね?なんか変なものでも食べた?」
「いや、変態には変態なりにやることがあるんだよなって思ってな」
「なっ!わ、私は変態じゃないって言ってるでしょ!」
「お?じゃあ協力してくれるか?」
「ええ良いわ!変態だなんて思われるのは癪だからね!」
……かくして、史上絶対にバレることのないカンニング法が成立してしまった。そうして、中間テスト2日目は問題用紙を全て埋めきり、終了した。
□ □ □
その日の放課後。テストも終わり休止していた部活も再開したためか、校内は活気に包まれている。グラウンドでは野球部員達が掛け声を叫びながらトラックを走っていた。汗を大量にかきながらよく頑張ってるなと窓越しに眺めながら頬杖をつく。その横では死神とみーちゃんこと京弥がとりゃあ!だのほいさ!だの掛け声を出している。見ると死神は鎌を思いっきり投げ、その先では京弥がそれを避けていた。
「……なあ、何やってんだ?お前ら」
暮人が声を掛けると、死神は投げるのを止め、額を拭いながら振り向いた。
「いや〜幽霊になるとさできないことが多すぎて退屈なんだよ〜。だからこうしてオリジナルの遊びを考えてやってるんだよ」
「兄貴もやりましょうよ、『鎌避け仙人ごっこ』!たまに当たって腕とか吹き飛んじゃいますけど」
楽しいゲームでもやってる最中かのような笑顔で誘ってくるが、丁寧に断った。
「いや、いい。遠慮しておく。本当に死にそうだから」
「そっか。それじゃみーちゃん!再開するよ〜!」
死神はまた鎌を両手に構え、京弥目掛けて投げ始めた。それをよいしょ!っと声を上げながらしゃがんだり横にステップ踏んだりして避けていく。この感じだと今日はこのまま遊び続けてそうなので、暮人はカバンを持つと空き教室から出た。
生徒玄関を目指して階段を降りていると、前から仲良さそうな、如何にもリア充な男女が歩いてきた。暮人は静かに脇に避けるが、男女の内校則違反なメイクをしている女の方と肩がぶつかった。女はキャアっとわざとらしい声を出して男に寄り掛かる。
「あ、すみません」
足早にその場を後にしようとしたが、少しだけ遅かった。
「おい、お前。何勝手に行こうとしてんの?俺の彼女にぶつかっておいてさ。もっと誠意を込めた謝罪をしたりできないの?」
詰め寄ってくる彼氏様に暮人は心底ウザそうな視線を向ける。
「は?何その態度。喧嘩売ってんの?謝罪の1つも出来ないなんてお前の親はクソみたいな人間なんだなぁ?」
露骨に挑発してくるが、暮人にその煽り文句は通じない。何故なら―――
「ねえ、健君、こんなやつどうでもいいからさ。早く屋上に行って満月見る用意をしよ?」
彼女様はそう言って彼氏の腕に抱きつくと、暮人に視線を送る。「助けてあげたんだから感謝しなさい」っと言わんばかりの視線に暮人は怒りを通り越して呆れる。
「そうだね〜。おいお前。千花が優しくて良かったな。このクソが」
彼氏様はそう吐き捨てると彼女様を連れて階段を登っていった。姿が見えなくなるまで見送ると、暮人は壁により掛かる。クソッタレ野郎どもに絡まれたせいで思い出したくないことを思い出さされた。暮人は頭を掻き毟ると空き教室に戻る。勢いよくドアを開ける。まだ『鎌避け仙人ごっこ』をしていた死神と京弥はビクッと跳ねる。それを気に留めず並んでいる机の上に寝っ転がった。あんな野郎どもなんて。そう吐き捨てると暮人は意識を遠くにした。
□ □ □
夢を、見た。白い蛍光灯が視界を覆い尽くす。どこからか、声が聞こえる。
「……と!暮人!起きて!」
□ □ □
目を覚ますと真っ暗だった。窓の外には綺麗な黄金色の満月がこちらを見ていた。カバンから携帯を出して見ると、19時半を示していた。いくら京弥のようなヤンキーが居る不良校とはいえ、これはヤバい。暮人はカバンを手に取ると、出来る限り物音を立てないように空き教室から出る。部活動をしていた生徒は誰もいないが、教師達はまだ職員室にいる。バレるわけにはいかない。
「っていうか、死神のやろう。起こしてくれてもいいだろ!どうせ面白がって起こさなかったんだろうけど!」
そんな愚痴を零すと、廊下を曲がったところに死神がいた。ただ、何かが違った。暗くてよくわからないが、体が透けていないように見える。とにかく、文句を言うために声をかけようと思ったら死神は両手を振り、鎌を出す。何をするのかと思って見ていると、死神を挟んだ向こう側に、先程いちゃもん付けてきた彼氏様と彼女様がいた。その2人はガタガタと震え、腰を抜かしていた。あいつらにも死神が見えているのか?暮人はそんなことを考えていると、死神が静かに手を上げた。そして鎌を振り下ろした。
……理解、出来なかった。振り下ろされた鎌は彼氏様の腹を突き刺し、その彼氏様は怨霊のように砂になって消えた。何なんだ?あいつは怨霊だったのか?生きてているやつに紛れていたのか?思考がまとまらない。
死神はまた同じように腕を振り上げる。彼女様も怨霊なのか?視線を送ると、彼女様と目が合う。彼女様はガタガタと震え、目に涙を浮かべて助けを求めた。
「あ、あんたっ!さっきのことは謝るから!わ、私を助け」
最後まで言葉は発せられることなく、砂になって消えた。あまりにも無惨な光景に息を飲む。
「な、なあ死神……?」
死神に声を掛けると、振り向いた死神の目を見て、全速力でその場を逃げた。あの、あまりにも冷徹で、怨念を含んだ目を、暮人は見ることが出来なかった。
明るすぎる満月は、負の始まりを刻々と告げていた。