へ、変態じゃないんだからね!
翌日、中間テストが行われた。ろくに勉強もしていなかったので何1つ問題は解けなかった。しょうがないのでカンニングを疑われない程度にうつ伏せて周りを見ると、死神がいた。
ただし、なぜだか机の上に立って。
詳しく描写すると、如何にも頭の良さそうな坊主眼鏡の男子の机に乗り、スカートを少したくし上げていた。あれでは視線を上げたら確実にパンツが見える位置だ。というか、見せる気満々だった。僅かに高揚した頬は、スリルという快楽を味わっている顔だった。あいつ……Mだったのか……
しばらく死神の変態を見ていると、視線に気付かれた。一瞬ビクッと肩が跳ねると、みるみる内に赤くなっていった。もともと肌が白くて薄っぽいせいか、ピンクを通り越して真っ赤に染まっていた。
死神はすぐにスカートを元に戻すと机から降り、そのままダッシュで教室から出ていった。幽霊なので扉を無視して開けずに透けて行った。
「なんだったんだ、今の……」
そのままチャイムが鳴り、1問も解けずに中間テスト一日目は終わった。
□ □ □
テスト日程ということで午前中で学校は終わり、生徒達はテストが難しかったとか他愛のない話をしながら帰っていく。その光景を尻目に、暮人は屋上に続く階段に向かった。踊り場ではみーちゃんこと京弥はおらず、死神が手すりに座って足をぶらぶらさせていた。
「よう、変態幽霊さん」
死神は物凄い勢いで赤くなると、手すりから飛び降り、暮人の前に立った。前髪が垂れて顔が見えない死神は右手を振り、漆黒の鎌を出した。何をするのかと見ていたら死神は鎌を大きく振り上げ、暮人の頭を目掛けて振り下ろした。
咄嗟に後ろに下がり、何とか真っ二つ切りは避けられたが、突然の行動に涙目だった。
「お、おい!死んじゃうじゃねえか!」
「う、うるしゃい!お前なんか粉々に切り刻んで殺してやる〜!」
相当、恥ずかしかったらしい。
「っていうか、何であんな露出魔みたいなことしてたんだよ!」
「幽霊は何も出来なくて暇だからみーちゃんとジャンケンしてたの!そして私が負けたからしょうがなくしてたの!しょうがなく!」
「その割には全然嫌そうどころか、喜んでた……うお!今眉間すれすれだったぞ!」
「うるさいうるさい!もうそのことは喋るなあ!」
お互いにハアハアと肩で息をする。気が付けば本棟とは離れた実技棟に来ていた。つまり俺は、端(端)から見れば1人ぎゃあぎゃあ騒ぎながら渡り廊下を走っていたことになる。そう考えると死ぬほど恥ずかしくなってきた。
「それで?俺を呼んだ理由は?」
昨日死神と別れる時、明日の放課後に来てくれと言われていたのだ。その要件を尋ねると、死神は一息ついて答えた。
「ああ、この鎌の使い道についてね。これ、私は幽霊だけど鎌は実体に触れられるんだよね」
「ってことは、今のは冗談じゃなくて普通に怪我してたってことか?」
「うん、そういうこと〜」
冗談めかして前髪を弄りながら言う死神に、怒鳴りつける。
「軽く言ってんじゃねえよ!俺はお前に命まで掛けてやる気持ちなんてこれっぽっちもないんだよ!そんな……」
「ねえ、やっぱり騒がしい人は嫌いだから、君死んでよ」
暮人の声を遮り、死神は静かに呟くと鎌を構え、暮人に投げた。横回転をしながら廊下を飛び、離れた暮人の首を刈り取る、そう思われた鎌は皮膚に触れる寸前、鎌は透過した。
「『ヘルサイズ』」
死神の声が聞こえた後、聞こえてきたのは甲高い断末魔。それは暮人のものではない。暮人が後ろを振り向くと、そこには人の形から頭だけが消えた黒い何かがいた。ただ、その体からは幽霊に近い雰囲気が漂っていた。
すぐに声は止み、黒い何かは風の前の砂のように消えていった。
「今のがこの鎌の使い道。『ヘルサイズ』。怨霊を斬れるの」
暮人は頭の処理が追いつかなくなった。なんで首が切られてないのか。なんで黒いやつがいたのか。『ヘルサイズ』?怨霊?もうわけがわからない。頭を抱え、うんうん悩む暮人を見て死神はお腹を抱えて笑っていた。
「ちょっと、顔に出まくってるんですけど。まさかとは思ってたけど、本当に頭の処理が追いついてないのね。ま、無理もないわ、テストで1問も解けない頭なら、ね(笑)」
バカにしてくる死神に暮人は赤くなりながら吠え返した。
「な、なんだよ!別にいいだろ!どうせお前も全然勉強出来なかったんだろ!っていうか、怨霊ってなんだ。なんとなく幽霊に近い雰囲気だったぞ」
「うん、怨霊は幽霊の成れの果て。幽霊になった後、大きすぎる負の感情……それを感じてしまうと自我も理性も持たない、ただの忘れ去られた獣になる。それが『怨霊』」
「その怨霊を退治できるのがその鎌で、その役目を担ってるのがお前ってことだな」
死神は「そゆこと〜」と笑顔で頷いた。しかし、暮人は死神の話を聞いて1つ、疑問が思い浮かんだ。
「なあ、死神。幽霊はどうやったら死ぬんだ?」
その質問に死神は無理無理っと首を振った。
「自分の思い残しを叶えて成仏したクラスメイトも2人いたけど、殆ど無理に等しいよ」
「それは、また何で?前例はあるんだろ?」
死神は「よく考えてみて?」っと暮人を諭す。
「人間ってのは色んな欲望があるわけでしょ?それを全部叶えるだなんて、幽霊には無理だよ。暮人だって色んな欲望、あるでしょ?新しいマンガを読みたい。新しいゲームをプレイしたい。美味しいご飯をたらふく食べたい。世界一周旅行に行きたい。ウルトラ美人な彼女を作りたい。その彼女とエッチなことしてみたい、とか?」
死神は最後に暮人をからかうようなことを言ってきたが、確かにそうだ。人間、色々な欲望があってそれを全て叶えるのは物に触れることの出来ない幽霊には不可能なことだ。
「だから私達はこうしてかれこれ5年間。幽霊暮らしをしているの。幽霊だからね、自殺も出来ないし。今は皆出来る範囲で好き勝手して生きてるよ。今ここにいる幽霊の数が少ないのもそういうこと〜」
死神はそう言いきると勢いよく立ち上がり、その場を後にする。その後を追いながら暮人思った。終わることのない人生に、何故死神はこうまで笑っていられるのだろうか、っと。演技なんて欠片も感じられない死神の態度に暮人は人間としての寂しさをほんの少しだけ、覚えるのだった。