始まりの死神
5月。ゴールデンウィークも終わり中間テストが憂鬱になる私立高校。そんな中、立花暮人は机に頭を突っ伏して爆睡をこいていた。
1年A組では朝のホームルームが行われているが、誰も暮人に注意しない。
なぜなら、暮人は交通事故に遭い、つい先週まで一度も登校していなかった。
クラス内でのグループ分けも完璧に終わり、まあつまり、暮人はぼっち状態だった。何も楽しくない学校生活に眠気がするばかりで、暮人は毎日こうして眠っていた。それが、このクラスの日常だった。
ただ怠惰に、ただ眠りながら日々を過ごす。それが暮人の日常―――だった。
そう、この日までは―――
□ □ □
中間テスト前日。5時限目の数学でも暮人は寝ていた。テストの準備で忙しいという理由で自習となったこの時間。いつもは真面目に授業を受けている生徒も、教師がいないとなれば休み時間のように騒いでいた。
そんな喧騒の中では眠くなるこの時間も眠れない暮人は静かに席を立つと、教室を出た。
ここ数日、静かな場所を探していた暮人が見つけた屋上前の階段の踊り場には、自動販売機などは置いておらず、体育祭や文化祭の看板が乱雑に置かれているだけだった。そのため、絶好の告白場所にもならず、喧嘩をするにも狭いこの場所には、不良達もだれも寄り付かない。
だが、それは掃除を一切されていなかっただけであり、暮人はここを自分専用のテリトリーにするため、密かに掃除し、遂に昨日、全ての掃除が終わりチリ一つない美しさを作り出した。
今は授業中だから、誰の邪魔も入らずぐっすり眠れることに謎の勝利の感覚を味わいながら階段を登ると、そこには長ランにヤンキー座りというどこからどう見ても完璧な不良が、いた。
しかも、3人も。
絶滅危惧種の3人のヤンキーはタバコを口に咥え、楽しそうに、嬉しそうに談笑していた。
暮人はどうすることも出来ずに立ち尽くしていると、ヤンキーの内の1人と目があった。
本能が悟った。
あ……死んだなっと―――
虎に睨まれた兎のように暮人は動けないでいると、目があったヤンキーがゆらりと立ち上がるとゆっくりと暮人に近づく。
目の前5センチの距離まで近づき、ヤンキーは大きく息を吸うと……叫んだ。
「お前がここを掃除してくれたのかぁぁ!!ありがとよぉ!本っ当にありがとよ!」
目に涙を浮かべて、大声で感謝の言葉を叫んだ。
あまりのも突然のことに、暮人は呆気にとられていると、他2人のヤンキーもありがと〜ありがと〜っと感謝の言葉を述べていた。
ただ、超近距離で大声で叫ばれているので、暮人は鼓膜のしびれに耐切れず、慌てて距離をとる。
「な、なんだよ突然!き、綺麗にしてくれてありがとうとか、俺が自分のためにやったんだ。お前らの方こそなんでいるんだよ!」
完全にへっぴり腰になりながらヤンキー達に怒鳴ると、ヤンキー達は涙を拭い去った。
「ああ、俺たち、実は幽霊でな。未練たらたらでしぶとくこの世にしがみついてるんっす」
怖いくらいの笑顔でそう言うヤンキー達の言葉に、暮人は意味がわからなかった。
幽霊?こいつら頭イッてんじゃねえのか?ヤンキーだし、やっぱり危ない薬とかしてるんだ絶対そうだそうに決まってる……
そんな思考がぐるぐるしていると、唐突に背後に何かがいる気配がした。ただ、なんとなくしただけだったが、後ろを振り向いた。
そこには、どんな色よりも白い髪の少女が、いた。そのあまりにも現実離れしすぎた可憐さ、空気、雰囲気にどうしても見とれてしまう。
そんな見つめ合うこと約数秒。わなわなと震えながら彼女は暮人の顔を指差し、そのガラスのような声を出した。
「あなた、私達が見えているの……?」
その質問の意図を考えて、冗談だと笑い捨てて、でも、そうなのかと問い返した。
「お前、幽霊なのか?」
彼女は暮人の問いに、ひとつ息を吐いて、頷いた。
「ええ、私達は、幽霊よ。5年前にここで死んだ、幽霊達よ」
やっぱりと思う反面、それでも未だに信じられない暮人は、彼女に尋ねた。
「……その証拠は、あるのか?」
彼女は小さく頷くと、右足を軽く下げ、握り拳を作り、それを暮人の顔面目掛けて放った。咄嗟に目を瞑る。しかし、一向に打撃の感触がしない。恐る恐る瞼を開けると、そこには彼女の右腕があった。
ただし、拳ではなく、手首が。
彼女は右腕から力を抜くと、暮人の体を透き通って振り下ろされた。
暮人は物理法則やらを無視した出来事に信じられていないと、彼女は得意げに笑い、右腕を横に振った。そこには、何も持っていなかったはずの手に禍々しい、大きな漆黒の鎌が握られていた。
同じように左腕も振ると、全く同じ装飾の鎌が、出現していた。
その禍々しさに暮人は腰を抜かした。その様子を見た彼女は得意げに微笑むと、両手の鎌をどこかに消し去り暮人に手を差し伸べた。
「これで信じてもらえた?幽霊だからあなたの体は透けるし、幽霊は関係ないけど、さっきみたいな鎌も呼び出せる。ね?正真正銘幽霊でしょ」
笑顔で告げる彼女に、暮人は頷かざるを得なかった。彼女は笑顔で笑うと、まっすぐに暮人の目を見た。
「君、本当に私達が見えているのね。私の名前は、そうね、死神とでも呼んでくれる?」
彼女――死神はその名前に似合わない天使のような笑顔で微笑むと、「君の名前は?」と暮人に質問した。
「ああ、俺の名前は立花暮人だ。えっと、死神。このヤンキー達も幽霊なのか?」
「うん、みっちゃん達も私と同じ元人間のクラスメイトだよ」
「み、みっちゃん?」
ヤンキーに似合わない可愛い名前が出てきたことに動揺する。疑いの眼差しで振り向くと、ヤンキー達は大きな声で自己紹介をした。
「そうだ!俺がみっちゃんこと、帝王院京弥である!そして!」
『俺達は京弥様の側近です!』
「ってことで、以後よろしくっす、暮人の兄貴!」
ヤンキー達の息ぴったりな自己紹介に死神は「なにそれ、いつ練習したのw」と笑っていたが、暮人は最後の自分の呼び方に突っかかった。
「ちょ、なんだよ暮人の兄貴って!俺がいつお前らの兄貴になった!」
暮人の言葉に京弥は嬉しそうに笑いながら答えた。
「そんなの決まってるじゃないですか!生前俺達が屯していたこの思い出深いこの場所をキレイに掃除してくれたからっすよ!」
「そんなことで俺は兄貴呼ばりされるのか?」
「暮人、そんなことって言ったって私達は幽霊だから箒も持てないし自分じゃ何も出来ないのよ」
死神が補足した言葉を聞いて、暮人は納得した。確かに、思い出の場所が汚れて、廃れていく光景にどうすることも出来ない中、自分達に変わって隅までキレイに掃除してくれた人がいたら、その人を兄貴と呼んで慕って敬したくもなる。まあそれでも兄貴呼びは流石にしないが。
「ってことで、改めて有難う御座いました!暮人の兄貴。なんか困ったことがあったら、是非こき使ってください!命を賭けて完遂致します!もう死んでますが」
『あっはっはっはっは』
そんな笑えない死人ジョークに、暮人は苦笑いするしかなかった。死神は暮人に振り向くと、「さて」っと切り出した。
「みーちゃんの自己紹介も終わったし、暮人に少しお願いをしようかな」
「お願い?何をするんだ?」
「私達は皆、5年前にこの学校で死んでるんだよね。一人二人ぐらいじゃなくて、クラスが丸々1つ、全員」
「は…?」
クラス、全員?いくら人と話さない自分でも、40人ほどが一斉に死亡するなんて事件はニュースでも聞いたことがなかった。どういうことなのかっという視線を死神に送ると、彼女は少し俯いた。
「何でかは知らないけれど、私達が死んだこと、ううん、それどころか存在自体が消されているの」
「存在、ごと?消されている?嘘だ。そんなことできるはずがない!そもそも、なんで一斉に死んだんだ?」
「……その記憶も、ないんだ。気がついたら、全員で体育館に立っていた。廊下で教師に話を聞こうとしても、一切反応しない。その時に気付いたの。誰も私達が見えていないんだって……」
その死神の顔を見て、暮人はその時の悲しみがどれほどのものだったか計り知れなかった。でも、自分が何か助けられるとも思った。
「それで、俺は何を手伝えば良いんだ?」
「暮人、私の助手として、私達の死因、存在が消された理由を見つける、その手伝いをして欲しい。私は幽霊だから、さっきも言ったようにものに触れられないの。だから、私の代わりにこの謎を解いて欲しいの。お願い、手伝ってくれる?」
死神の申し出に暮人は大きく頷いた。
「ああ、死神。お前の相棒として一緒にその謎を解いてやるよ。よろしくな、死神」
そう言って暮人は笑顔で手を差し伸べた。その手を見て、死神は嬉しそうに笑った。
「私幽霊だから握手出来ないよ」
「あ、そうじゃん」
死神はまた笑うと、手を重ねた。
「ありがとう、これからよろしくね。暮人!」
暮人の右手に死神の右手が透けて重なる。実際には触れていないが、この時、世にも奇妙なボッチ男子と死神幽霊少女のコンビが、誕生した。
「ああ、よろしくな!死神!」