再生

　3年ぶりに顔パックをやってみた。

　有効成分がふんだんに含まれた美容液に浸された顔型のシートを、直接顔の上に貼り付けるタイプのものだ。

　寝る前にやるのが効果的とあったが、貼り付けたまま眠ってしまう可能性があるので、入浴中に使う事にした。

　このところ、自分の肌ケアに費やす時間も資金も余裕がなくて、ここ2,3年は化粧水も乳液も使っていない。

　せいぜいお風呂に入って石鹸で顔を洗う程度の、ケアとかけ離れた生活にどっぷり漬かっていた老いた肌は、実に貪欲に顔パックの成分を吸収した。

　パックをした翌日の、顔の潤いが、まるで違ったのである。

　朝起きて顔を洗うとき、いつもガサガサしていた肌がもちもちしている。

　口の周りの、ひび割れる様な乾燥感がなくなっている。

　心なしか、笑うときに皮膚が滑らかにのびているように感じる。

　大喜びで、2枚目の顔パックを使った。

　1日やってこの効果なのだ。

　2日連続でやったら、卵の殻が剥けるように、顔全体がつるりと生まれ変わるのではないか。

　明らかに、皮膚が喜んでいる。

　今まで放置されていた皮膚が、美容液という褒美を受け賜り、輝いている。

　与えてもらったものを、全て受け取り、使い切り、皮膚という組織をこの上なく輝かせている。

　ああ、私は、こんなにも与えればキッチリと返してくれる、健気な皮膚をほったらかしにして…なんという仕打ちを。

　今後は……、毎日、気にかけて、きちんと糧を与えて差し上げねばなるまい。

　2日目の朝、皮膚は美容液の恩恵を受け、さらに輝いていた。

　明らかに皮膚に張りが出ている。

　明らかに小じわが伸びている。

　明らかに頬がふっくらとして輝いている。

　3日目も、パックを使ったなら、どれほどの効果があるというのだろう？

　もしや、顔だけ10年前にタイムスリップしたかのように若返ることになってしまうのではあるまいか。

　そしたらしまい込んである、若向きの服を着てもいいなあ……。

　そうだ、ちょっと明るめのワンピース買っちゃおうかなあ……。

　期待と欲が交差する、3日目の夜。

　顔パックをすることは叶わなかった。

　家族が使ってしまったのである。

　怒りを爆発させたところで、顔パックは戻ってこない。

　私は、顔パックがない事実を受け止め、普段通りに顔を洗って、何もせず、就寝した。

　翌朝、私の顔は…いくぶん潤いを無くしていた。

　だが、肌表面はすべすべとしており、通常のガサガサした様相は見受けられなかった。

　……恐るべし、顔パック。

　その効果は、日を跨いでも続いていたのだ。

　その顔パックの力に、私は…甘えてしまったのだ。

　顔パックの効果が、延々続くと、勘違いしてしまったのだ。

　次の日の朝、顔を洗うと、いくぶん顔の表面が突っ張るような感じがした。

　その次の朝、顔を洗うと、ずいぶん顔の表面が乾いているような気がした。

　夕方、買い物に出かけた時に、スーパーのお手洗いに寄った。

　そこで、手を洗うついでに、何の気なしに…鏡を、見た。

　何やら、眉間のあたりに…ホコリが。

　いや、顔全体に…うん？

　ちょ！！！

　顔、顔の皮膚が！！！！

　細かくめくれて、全体的に粉を吹いたみたいになっとるがな！！！！！！！

　顔の表面を指でこすると、ぱらぱらと…皮膚の粉が落ちてくる！！！

　ちょ！！！

　これ、あかんやつや！！！

　あわてて水で顔をざぶざぶと洗うと…ぽろぽろと取れる、顔、顔の皮膚の欠片――――！！！

　……どうやら、ほったらかされていた皮膚の皆さんは、美容液を受け賜り、新たな皮膚たちに顔の表面を任せ…、自らは撤退を決めたようだった。

　私の顔の皮膚は、新しく再生されたのだ。

　くたびれきって、くすんで、からっからに干からびていた肌はほんのり艶やかさを増し…、年相応の見た目と手触りを保っている。

　このままの状態を保つためには、皮膚に美容液を与えなければならないのだ、おそらく。

　たかだか2日間の美容液の授与で、皮膚は次世代に張りと艶を託して剥がれ落ちた。

　……このまま、何も与えなければ、また、私は。

　おばあちゃん今日は天気がいいですねえと声を掛けられる羽目に！

　お母さん、奥さんはご在宅ですかと聞かれる羽目に！！！

　年下の旦那さん、良いですねえと言われる羽目に！！！

　ああ、ちょっといい美容液と化粧水、買いに行くか……。

　私は、へそくりの入っている古本に、手を伸ばしたので、あった。