愉快な家族
僕は目覚めた。僕は夢を見ていた気がする。
遠い昔とても大切な人を目の前で失う夢だ。
包み込んでくれたのはいったい何だったのか、僕には分からない。
僕は物を組み合わせ始めた。
* * * *
俺たちは河原家に着いた。
「ただいまです、お母さん」
「はーい。おかえりなさい真波、坂野さん」
少し遠くから笑顔の香奈さんの返事が聞こえてきた。
少し気恥ずかしいのを堪えて返事をした。
「ただいまっす。オッサンは仕事っすか?」
その恥ずかしさを紛らわすためにすぐに話題を変えたのだが、特に藤也が恥ずかしがっているのは気づいていなかった。
「はい。午後六時ぐらいには帰ってくると思いますよ」
「じゃあ、ご飯まで時間をどう潰したものか……」
「居間でくつろいでいてください」
「そうっすね」
特に他にすることもないので素直に従う事にした。
居間で寝ていると、すでに時間は午後六時になっていた。すると玄関が開く音がしたのと同時に声。
「香奈、帰ったぞ」
その声が聞こえて来たらすぐに香奈さんは玄関に向かっていった。
「おかえりなさい。今日の夜ご飯はお客さんがきていますよ」
「何? そいつはどこの馬の骨だ?」
どうやら既に察しがついているらしく、嘲っていた。
なんなことはお構いなしに玄関に足を運んだ。
一応こっちはご飯を食べさせてもらう立場なので丁寧に挨拶するか。
「おかえりなさい、オッサン」
まあ、オッサン呼びは変わらないが一応頭も下げておく。
「テメェがおかえりなさいなんて丁寧に言うと気持ち悪りぃな」
訝しげな様子で言われた。
「オッサンのために言ってやったんだよ」
「あぁ? そんなこと頼んでねえ」
そこを突かれると弱いな。
「いいよ。これからは帰ったかって軽く言ってやるから」
こうして、オッサンに対しての敬いが一つ消えた。
きっと遅かれ早かれきっとそうなっていたのだろう。
「さあ、少し早いですが夕ご飯にしましょう」
居間にオッサンと戻ると、改めてとてもいい匂いがしてきた。
すでにちゃぶ台の上にご飯の準備が整っていた。
今日の献立はおでんとご飯らしい。
中には、大根、焼きちくわ、昆布、餅巾着、卵、厚揚げと思い当たるものは入っている。
まだ春も浅く少し冷え込むのでこの季節に合っている。
みんなで一斉にいただきますを言って食べ始める。
どれも出汁が染みていてとてもおいしい。
と、ここで疑問を思い出した。
何故俺はオッサンに呼ばれたのか。
俺が悩んでいるとオッサンが俺の考えている顔に気づいたのか、話かけてきた。
「なに顰めっ面してんだ? 小僧のくせに香奈の料理を食べないとは猪口才な……仕方ないから俺様がお前のぶんも食ってやるよ」
そう嘲笑しながら俺の小皿の中の大根を取っていった。
「なっ、おい、それは俺が最後に残して置いた大根! 返せ!」
「はっ、もう遅い」
オッサンが得意げに笑いながら一口で食べた。
どっちが小僧だか……。
「それで小僧、お前何でうちに来た?」
「いや、オッサンが来いって言ったんだろ?」
「あ〜そんなことも言ったっけな」
「忘れんなよ、もうオッサンも歳か」
「なっ!? んなわけねぇだろ! 俺様はまだ……」
ちゃぶ台をバンッと叩いて少し乗り出し、何かを言おうとして止まった。
「………」
なんて言うとしたんだろうか。大体予想はつくがここで言うことではない。
俺は咳払いを一つした。
「なあオッサン、今日俺をここに呼んだ理由を聞いていいか?」
「あ、私もそれ気になってましたっ」
さっきまで一生懸命食べていた真波もよほど気になることなのだろうか、食事を中断して話に入って来た。
さっきまでの浮かれた空気が一瞬にして消えた。
「いいだろう、実はな──娘の入る部活を一緒に探して欲しいんだよ」
場の空気が変わって真剣な空気になったと言うのに話題がそんなものだなんて……。なんて思う暇もないほどに一瞬理解できなかった。
部活。その言葉が引っかかっていた。
しばらくの沈黙を経て真波が自分に指を指しながら反応した。
「えっ? 私の……部活ですか?」
「ああ」
「ちょと待てよ。何で河原の部活を俺が一緒に探さなきゃいけないんだよ」
真波が反応をしてようやく藤也も会話ができるようになった。
「お前、まさか食べるだけ食べて帰るわけないよな?」
「うっ」
まさか、このおでんはそのための物だったなんて。
そのことはきっと香奈さんには言っていないのだろう。
もし聞かれたら……考えないようにしよう。
しかし、ここで断れば俺はタダで飯を食って帰っていった最悪なやつというレッテルを貼られてしまう。
それは避けなくてはならない。それにオッサンの顔はふざけている様子は一切なく真剣だった。
仕方がない。
「……分かったよ。で、河原は何か入りたい部活はあるのか?」
「………」
「無いのか…」
「すみません。で、でもたくさん体験入部して、決めたいと思っていますっ」
「それが一番無難か」
「つぅ訳でお前は明日から真波と一緒に学校でも部活を探してやってくれ」
「分かったよ」
「言っとくがデートじゃないからな」
今日一番の剣幕な表情で言われた。
「なんでその思考に至るんだよっ」
なんだかんだしているうちに、居間の壁にかけられている時計は、午後九時を過ぎたあたりだった。
今から帰ればちょうど半ほどには家に着くだろうと考えながらその場を立った。
「じゃ、今日はそろそろ帰るわ」
「え? 泊まっていかないんですか?」
「ええっ!? いつの間に、泊まっていく予定になってたんすか?」
「え? 違ったんですか?」
香奈さんの目が、少し涙目になっていた。
「おい小僧。テメェはやっちゃあいけねぇ事をしたな」
オッサンは今にも襲って来そうだ。
まずい。このままでは強制的に泊まることになってしまいそうだ。
傍から見れば、とても羨ましがられるがもしれないが年頃の男が女の家に泊まるなんてとても意識してしまうに違いないっ。というかもうしている。
何か理由をつけて帰らせてもらおう。
そうしなければ俺の精神が持たない。くそっ。悔しいが……仕方ない。何かやらかしてしまい出禁にされるよりは何倍もマシだ!
「俺、泊まるための物何も持っていないので無理っ少しね──!」
俺はこの言葉を言った直後に言葉にならない声を上げて後悔した。この家族ならじゃあまた別の日ですねと普通に言ってきそうだし、もしかしたらオッサンが、なら俺様のお古を貸してやろうとか言いそうだ。
「ではまた明日ですね」
「今日じゃ無いのか!」
てっきりオッサンがお古をやると言ってくると思っていたので突っ込んでしまった。
「え? 今日がいいですか?」
「いえ、あ、明日でいいです──かはぁ!」
なぜ自分で予定を決めてしまったのだ!!
「何だか坂野さんあまり嬉しそうじゃ無いです。やっぱり迷惑ですよね……」
とても申し訳なさそうに上目遣いで真波は精神攻撃を仕掛けて来た。
「いや、そんなこと…」
「小僧、嬉しいよなー?」
「お、おう」
オッサンが途中で入って肩を組んで笑顔を近づけてきた。
この家族には一生勝てない気がしてきた。
「じゃあ、今日は俺帰ります」
「あ、送っていきます」
「いや、いいよ」
「いえ、せめて玄関先までは送ります」
俺は玄関まで来ると香奈さんが俺の耳に口を近づけてきた。
「亮さんも真波の事を心配しているんですよ。どうか真波のこと、学校でよろしくお願いします」
「こ、こちらこそっ」
いきなりの事で焦ってしまった。
「それじゃまた」
「はい、また明日」
「さぁ、帰った帰った」
「それでは坂野さん、また明日」
俺はみんなに背を向けて歩きだした。
…………そうか。俺はまた明日も行くのか。決して嫌ではないが俺みたいな奴が行って向こうに迷惑ではないかと心配になる。
しばらく歩いてそこで俺はふと思い出した。河原が探し物をしていた事を。
何を落としたのか真剣に考えてみる。
やはり無難なのは貴重品類、お金かなんかだろうか。
しかし、お金を無くして気づかないことがあるか?
常に俺は財布の中身を把握しているからな、一円でも無くなったら気づく自信がある。
でなければ誰か知らない人に貰った怪しい物とか……真波ならありそうと思ってしまった俺はすでにおかしいのか?
そんな事を考えながら家に帰ってきた。
家の時計を見ると、すでに午後十時を回っていた。
いろいろとあったせいで遅れたらしい。
食卓を見ると──どうやら今日は夜ご飯のない日だったらしい。
おでんでお腹いっぱいなのに、ここから入るわけがないのでよかった。
すぐに風呂に入り布団に入った。
やっと一日が終わる。
すぐに眠りについた。