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04

 部長に呼びだされたという話はすぐに社内に広まったらしい。

 翌日にはまた、

「神谷君」

 物かげから花村が手招きしていた。


「部長からどんな話があったんだって?」

 多分どこかからざっくりした内容は聞いていたのだろう、それでもしつこく、このように本人に確認してみなければ収まらないのだろう。

 こちらも隠すことはないので、身の上話を除いた他の部分は正直に事実のみを話すと、花村は大げさにのけぞってみせた。


「なんだ、それじゃキミは面と向かって室長に歯向かうってコトなんだね」


「いえ、そういうことではなく」

 そう言うと、花村はまるで異星人を前にしたような、どこか無表情な目で彼を見つめた。


「では君は」

 平板な口調で花村は問う。声音はゾンビよりも感情を持たなかった。


「室長への報告にも異を唱える、しかし社長や東海林部長にもつかない、ということなのか?」


 反論する前に、あ、と花村は何かに呼ばれたように目をそらし、自分のデスクに足早に戻っていった。


 神谷がどちらの陣営になったのか、社内のあちらこちらで噂が立ち始めたようだ。

 いちばん同期に近い新卒入社の宮下が、心配そうに声をかけてきた。

「神谷さーん、どっちにつくのかみんな気にしてるよー」


 ちなみに宮下は、すっかり花村におごってもらったせいか室長派に傾きつつあるようだった。


「もう梅雨のシーズンだしね、傘はちゃんとしたのを選んだ方がいいんじゃないの?」

「そうかもな」


 神谷は本日のゾンビ討伐の支度を整えながら、あやふやな返答をしていた。しかし宮下はさらに喰い下がってくる。


「それとも、有能な社員だから新しくハバツ作っちゃったりして?」

「なんだよそれ」


 彼は窓の外をみやる。空には重苦しく黒雲がたちこめ、いつ降り出してもおかしくはなさそうだ。


 彼は下の引き出しから、黒い折りたたみ傘を取り出した。

 珍しく、気難しい父がずっと昔に彼にくれたもので、物が良いのか少しのほつれもくたびれもなく、ずっと現役で活躍していた。


 生きている時、ゾンビになる前の両親は、彼がまだ子どもだった頃からケンカが絶えなかった。

 不機嫌な父の脇で、母が眉間にしわを寄せてよく訊いてきたものだ。


「ねえ、タツヒコ。いったいどっちの味方なの? パパの? それともママ?」

 どちらにつくべきか、子どもの頃からそればかり、気にしていた。

 ようやく自らの意思決定ができるという時になって、両親はともに、ゾンビ化した。

 珍しくふたりで買い物に出かけたデパートでの出来事だった。


 神谷達彦は、折り畳み傘を目の前にかざし、宮下にはっきりとこう言った。


「俺には自分の傘があるから、どんな雨でもひとりでしのいで行くさ」

 あっけにとられた宮下をおいて、彼は出動する。


 まずは今日は、多々良みずほのアパートを訪ねてみよう、

 そして彼女が苦しまないよう、一気に片をつけよう、


 そう心に誓い、もう一度、手にした折りたたみ傘をしっかりと握りしめた。



 


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