03
―― 神谷君、ちょっと。
今度は東海林部長からじきじきに呼び出しをくらった。
さすがに部長は、物かげに呼びだすなんていうことはしない。わざわざ小会議室をひとつ、予約してあったようだ。
座りたまえ、そう促してから部長はわざわざ真正面に座って、手短に問いただした。
「資料のデータ表記の件で、君からの説明を聞いておきたい」
隠すこともないので、事実だけを正直に話した。
説明が続く間、東海林部長はただ腕組をして、目をつぶって黙って耳を傾けていた。
ひと通りの話を終えた時、部長がおもむろに目を開いた。
「君は……」
―― そもそもこの会社には、中途入社だったと記憶するが、きっかけは確か……
神谷はゆっくりと息を整える。
入社試験の後に、社長、室長、営業部長、企画部長、それとこの実務部長の面接を受けたのだった。
「はい、両親揃ってゾンビ化して、この会社の実務の方々にお世話になったからです」
「ご両親はすみやかに……その」
「はい、苦しまずに処理を受けることができました」
「そうか」
東海林部長は組んでいた腕をほどいた。
彼は黒い縁の眼鏡をはずし、眉間を軽く揉んだ。
「うちの家内はね」
急に切り出されたことばに、先が読めず黙って神谷は続きを待った。
「買い物帰り、交差点で信号待ちの時、ゾンビに襲われてね」
初めて聞く話に、思わず神谷の背が伸びる。
「……心配かけまいと家まで帰ってきたは良かったが、私が仕事を終えて帰宅した時にはすでに手遅れだった。私は法律通りにすぐに当局に通報して、それから指定企業のマルヤマがやってきた……まだ、三ちゃん企業って頃だよ。社長がね、ひとりで汗を拭き拭きやって来てこう言ったんだ。『ほんとうに、お気の毒さまです。あとは、私が、責任をもって、その、なるべくどちらさまもお辛くないように』そこまで言って、急に堰を切ったように号泣したんだ。逆にこちらがあわてて訊くと、『うちのカミサンも先日やられまして』とね。本当に人の気持ちが分かる人だ、と。
私はそれから丸山社長についていく決心をしたんだ」
それからまた眼鏡をかけ直し、今度はまっすぐに菅野を見た。
「君は非常に有能な社員だと、僕は認識している。今後とも頑張ってくれたまえ」
帰っていい、という合図なのだろう、菅野は立ち上がり、軽く礼をして会議室が出て行った。
デスクでしばらく、呆然と書類を見つめる。
何をよりどころにすればいいのか。
権威か? 人脈か? 人情なのか?
白いA4用紙にびっしりと記された文字はただ目の先を滑ってどこか認識の届かぬあたりに漂っていくばかりだった。