8話 追手
更新遅れました。
すいませんm(_ _)m
SIDE 千代子
私たちがこの世界に来てちょうど1週間。
事件は起きた。
昼食を済ませ、座学の授業のためにみんなで食堂から移動している途中、物陰でコソコソと何かを話している2人の貴族を見つけた。
いつもなら見ても気にせず、気付かないフリをして通り過ぎるだけだ。
話の内容を聞こうともしない。
だが今回は聞こえてしまった。
だが今回は聞き過ごせなかった。
「『【血】の勇者』はまだ見つからないのか?」
「攫ったのはあの『銀雷』だ。仕方あるまい……」
腕の中から筆記用具が全て滑り落ちた。
すぐに振り返り、2人の間に割り込む。
「あ、あ、『【間】の勇者』様……!?」
貴族が畏怖の視線を向けているけど、そんなことは気にしていられない。
身を乗り出し、問い詰める。
「どういうことですかそれ。
詳しく教えてください」
貴族2人は怯えていたが、目配せすると打ち合わせたかのように2人で逆方向に逃げ出した。
逃がすわけないじゃん。
「「は?」」
背を向けて逆方向に走ったはずの貴族2人が勢いよく正面衝突する。
尻もちをついて頭をさする2人へ近付く。
「い、今のは!?」
「空間魔法、『転移門』です」
スキル「空間魔法Lv5」に達することで使える魔法、「転移門」。
空間にねじれをうみ、2箇所を無理矢理繋げた門────空間の穴を作る。
今回はそれを利用して片方の貴族を転移させた。
いや、そんなことはどうでもいい。
「それで、ゆーくんはどうしたんですか?」
「ゆ、ゆーくん?」
もどかしい。
拳を握り締める。
「早く答えてください。
手荒なことはしたくありません」
「ひっ!
そ、そんな、我々の口からは……」
仕方ないか。
周りから「お、おい、委員長?」などと心配したような、怯えたような声が聞こえる。
他のクラスメイトがいることを忘れていた。
そういえば、こんな顔を見せたことは無かったな。
いや、そんなことはどうでもいい。
今は────
「ゆーくんに何かあったんですか?
答えないのなら……」
「そのくらいにしてやれ、委員長」
男の声が割り込んだ。
貴族が、助けを得たと表情を緩ませて声の方を見ている。
まったく誰なんだ。
もう少しでゆーくんの情報が聞けたというのに。
クラスメイトたちが騒いでいるのが聞こえる。
声の主を見るため振り返る。
そういえばこの声────
「久しぶりだな委員長」
そこにいたのは大剣を背負った体格のいい男。
顔にはいくつも傷があり、歴戦の風格を漂わせている。
だけど、なんだか見覚えが……。
いや、今はゆーくんのことが最優先だ。
「残念ながら、千脇は捕虜になっていた魔族に攫われた」
尻もちをついていた貴族が一目散に逃げ出す。
男が伝えた事実にクラスメイトたちがはっと息を呑んだのが聞こえる。
自分の頭に血が上って熱くなるのがわかった。
「ゆーくんは連れ去られて今はどこに?」
「王都を出て、西に向かって目撃情報が続いている」
「『転移門』」
王都壁外西部へ繋げた転移門を開ける。
飛び込もうとすると止められた。
「止めないで」
「どうする気だ」
大男は、私の肩に手を置いたまま見下ろす。
「助けに行く」
「お前はまだ訓練途中だ。
王城を出ることは許されない」
「でも!!」
ゆーくんが魔族に攫われてるのに!
すぐに助けに行かないと────
「安心しろよ委員長、俺らが行ってやるからさ」
その声は大男の後ろから聞こえた。
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SIDE ユウ
俺たちは今、デートの途中ということで雑貨屋に来ていた。
生活雑貨が棚いっぱいに陳列されていて、ショコラがそれを興味深そうに見て回っている。
レストランを出てから最初は服屋へ向かったのだが、なにせショコラは今日服を買ったばかりだ。
特に何も購入することなく、試着をして楽しむだけで終わった。
ショコラが何着か「可愛い」と言った服はあったが、節約のためって言って買わなかったしな。
というわけで今は雑貨をウィンドウショッピングしている。
金はあるが無駄遣いはできないからな。
それに、旅へ持っていくものは少ない方がいい。
「あっちも見てみようかな」
店内は半分に仕切られており、片方は生活雑貨、もう半分では様々な中古品が売られている。
中古品は店長が知り合いから適当に買い取っているそうだが、こういうところに掘り出し物があるものだ。
見ていこう。
カートの上にガラクタが山積みになっている。
中古品だからといって陳列も適当でいいわけではないと思うのだが。
まあ本業はあっちで、中古品の方は副業みたいなものらしいからな。
良いものがあったら店長が自分で持って行ってそうだし、元々あまり期待はしていない。
ガラクタの山を黙々と漁る。
今にも崩れそうなので慎重に。
「何かいいものはあった?」
「わっ!」
隣にいきなりナプキンをつけた小さな頭が飛び出てきた。
ショコラだ。
なんだかいい香りがする。
香水でもつけているのだろうか。
いや、そんなものを買う余裕は無いはずだ。
ということはこの香りは天然か。
人体、いや美少女の神秘だ。
「あ」
ショコラが手を口に当てる。
どうしたのかな、と思っていると、ガラガラという音が。
「あ」
中古品の山が雪崩を起こした。
俺が驚いて手を引き抜いたせいだ。
文字盤の薄れた懐中時計がカランカランと床で音を立てている。
「ああ〜、何やってるのよ」
ショコラが躊躇なくしゃがんで商品を拾いだす。
「山積みになってるのが悪いんだって」
俺もしゃがんで商品を拾う。
落ちて壊れたものは特に無いようで安心した。
カーペットが敷いてあるおかげかな。
近くを2人の婦人が通り過ぎる。
手伝ってくれないのかよ、と心の中で悪態をつきながらも黙々と拾う。
「『勇者』様が王都を出てこちらに向かっているんですって」
「あら、また戦争かしら。いやねぇ」
だがその会話は聞き過ごせなかった。
俺とショコラの手が止まる。
「いや、人探しをしているそうよ」
「へえ、いったい誰なんでしょうね?」
ショコラの表情が強ばるのが分かった。
俺は最後の商品を拾ってショコラに話しかける。
「……帰ろう」
「ん……」
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「追手、もう来たんだってな」
宿屋を出てすぐ、俺から話を切り出す。
「そうらしいわね。早くこの町も出なくちゃ」
ショコラは宿屋に戻るまでまでは驚いたままで、意識が無いかのようだったが、もう自分の中で消化できたらしい。
俺は連れ戻されるだけだが、ショコラの場合は次は捕虜ではなく殺されるかもしれない。
俺とは恐怖のレベルが違うだろうに、つくづくすごいやつだ。
「今日は馬車を借りて、夜に移動しましょ」
「うん」
そこからはまた2人とも無言になった。
てくてくと馬車組合に向かって歩き続ける。
少し気まずい雰囲気。
ズレた足音と歩幅だけが耳と目を占領する。
……黙っててどうする。
今日はデートを成功させるって決めただろ。
「よし」
「ん?」
唐突に声を出した俺に、ショコラが少しびっくりして目を向ける。
「渡したいものがあるんだ」
袋の中をごそごそと漁ってプレゼントを取り出した。
「これ……スカート?」
「と、スパッツもだな」
俺が買ったのはチェックのスカートとスパッツだ。
いつものショコラの装備に合わせた配色のスカートと、動きやすく短めにしたスカートの下に履くスパッツ。
今日ショコラが試着したセットの1つだな。
「俺、ショコラに助けてもらってばっかだっただろ?
だからせめてもの恩返し」
スカートなのは、試着した時に気に入っていたように見えたからだ。
あと、スカートを履いて欲しいという俺の私情も多分に含まれている。
ショコラは少しキョトンとした顔をした後に微笑んだ。
天使の笑顔がスカートを見た後に俺を見上げる。
「ありがと」
心臓がバクバクいっている。
プレゼントできて良かった……。
ショコラはスカートを袋の中にしまうと、左手にかけたバスケットに手を入れた。
「はい、私からもプレゼント」
ショコラが差し出したのは銀縁のモノクルだ。
確か、片眼鏡ともいうのだったか。
フレームの一部が太くなっていて、そこを持って使うようだ。
年季が入っているようで、レンズは少し曇り、銀のフレームにはところどころ錆が浮いている。
あの中古品店で買ったのだろうか。いつの間に。
「ありがとう……」
例を言っておく。
でも俺、別に片目だけ視力が悪かったりするわけじゃないんだよな。
プレゼントしてくれたことは嬉しいが、プレゼント自体は正直なところ微妙だ。
「ふふ、そのモノクルには付与がされていてね」
ショコラが笑顔で説明を始める。
付与というのは物体に「スキル」の力を与えることだ。
魔剣とか呼ばれるものはそうやって作られるらしい。
「それには『鑑定Lv1』が付与されていてね。
通して見てみるとスキル『鑑定Lv』のレベルが1つ上がるのよ」
「!」
言われた通りにモノクルを付け、自分の手を見て「鑑定」する。
〈名前〉チワキ・ユウ
〈Lv〉24
〈ステータス〉
HP‐3029/3471
MP‐1240/3550
攻撃力‐1834
防御力‐1757
魔出力‐1892
素早さ‐1983
「おおっ」
隣でショコラが「ふふっ」と笑う。
なんと、ステータスが全て表示された。
今の俺は「鑑定Lv4」だから、レンズを通すことで「鑑定Lv5」と同じ景色が見えているってことだな。
戦いにおいて、スキル「鑑定Lv」が使えるということは大きなアドバンテージになる。
相手の能力が分かれば戦い方も考えやすいからな。
こんな便利アイテム、高かったんじゃないだろうか。
「大丈夫よ、普通は『鑑定Lv』なんて取得しないからね。
『鑑定Lv1』だけじゃ使い物にならないし、売れ残ってたみたい」
安くしてもらえたらしい。
ならよかった。
ありがたくいただこう。
「ありがとう」
「どういたしまして」
受け取ったモノクルをそっと懐にしまう。
これは大切にしよう。
「今日は他に何か買ったの?」
「いや、何も」
スカートを買ったら財布がほぼ空になったとは言わない。
せめてもの強がりだ。
俺にも男の子のプライドがある。
「ふふ、私も今日買ったのはこれだけ。いっしょね!」
ショコラはそう言ってニコッと笑ってくれた。
俺もつられて微笑んでしまう。
それは反則だ。
また2人とも無言になる。
だけどこれはさっきみたいに気まずくない。
心地のいい静かな時間。
2人の足音だけが夕日で赤く染まった空気を揺らしている。
「ショコラ」
「ん?」
ショコラが俺を見上げる。
上目遣いにドキッとしたが言葉を続ける。
「絶対に魔族領に帰すから」
ショコラは今日2回目のキョトンとした顔をして……笑った。
「うん」
そして続けた。
「そのためにもまずは王国を出ないとね」
そう言うと、タッタッと走り出した。
「馬車出ちゃうわよー! 急いでー!」
振り返って、可愛く手を振りながら走るショコラ。
「わかったよ!」
俺も走り出す。
ステータスが上がったおかげで、もう置いてきぼりにされることはない。
すぐにショコラに追いついて追い抜かした。
ショコラが少し驚くのが目に入った。
もう、前とは違うのだ。
自分の成長を実感して嬉しくなる。
追手が向かって来ているが、俺たちならきっと大丈夫だ。
絶対に乗り越えて、この国を出る。
ショコラの背負っている荷物袋を受け取る。
やっぱこういうのは男が持たないとな。
たまにはカッコつけたい。
俺とショコラは沈む夕日の中を走る。
俺の胸中から不安は薄れ、期待が膨らんでいた。
ショコラと2人で行く旅が楽しくて、楽しみで堪らない。
後ろを向いてちゃダメだ、前を向いて、前向きに行こう。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
だから俺には後ろを走るショコラの顔は見えていなかった。
だから俺は知らない。
「まだ……大丈夫だよね……」
ショコラがそうちいさく呟いたことも。
ショコラが取り出したナイフをそっと隠したのも。
そのナイフが、新品だったのも。
その言葉に2つの意味が隠されていることも。