7話 初デート
僕も人生で1回くらいデートしてみたいです……。
「あああああああああああっ!」
悲鳴をあげながら全力回避。
目の前で人犬の牙を空を切り、大きな音を鳴らした。
人犬は俺の腰くらいまでしかない小柄な人型の体に、犬の頭を持った魔物だ。
犬の頭は飾りではなく、その顎に捕まってしまえば骨くらいは軽く折れる。
「『黒幕』!」
五感を強化するスキルを使用不可にする黒魔法「黒幕」を人犬に放つ。
人犬のスキル「嗅覚強化Lv」が無効化された。
だが人犬の黒い瞳はすでに俺を捉えている。
そのまま顎を大きく開けて俺に噛み付────
人犬の頭の上半分が宙に舞う。
そこにいるのは剣を振り切ったポーズをしたショコラだ。
人犬は犬に似た魔物なだけあって、自分の嗅覚に絶対の自信を持っている。
そのため、風上に背を向ける習性がある。
風上に敵がいても、風に乗った匂いで気付くことができるからだ。
だが今回は俺が「嗅覚強化Lv」を無効化した。
だから背後からのショコラの奇襲が簡単に成立したのだ。
真正面から戦ってもいいが、噛み付かれれば大怪我だ。
できるだけさっさと倒したい、ということで、ショコラ提供の情報のもと、この作戦を行った。
結果的に俺がマークされて囮になってしまったが、なんとかなったのでよしとしよう。
「これで13匹ね。
これくらいにしておきましょうか」
「そうだな」
狩りは終了。
そして2人で黙々と人犬の皮を剥ぐ
今の季節は秋だ。
人犬は寒さに備えて毛が伸び始めている。
だから毛皮が防寒具の材料として高値で売れるので、これも小遣い稼ぎの一環だ。
狩ったらそれで終わり、ではないのだ。
こういうとこはゲームと違ってかなりめんどくさい。
素材だけドロップしてくれないかな……。
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初任務から2週間が過ぎた。
今では魔物狩りも慣れたものだ。
いつも通り討伐ギルドで換金する。
今日の稼ぎは520ラナーだ。
受付嬢が笑顔で報酬を渡してくれる。
「はい」
ショコラに手を差し出す。
話し合いの結果、狩りの分け前はそれぞれ4割ずつ、残り2割は貯金すると決めている。
初日みたいに揉めるのは面倒だからな。
「ん? ああ、今日は分けないわよ」
「え?」
また総取りする気だろうか。
「ほら、ここって商業が盛んでしょ?
午後から買い物に行こうと思って」
俺たちが今いる町、バビレークは通称“商業都市”。
商業と貿易が盛んで、観光名所も多い。
王都と国境のだいたい真ん中に位置し、陸路での貿易の中継点になっている。
ちなみに、討伐ギルドの支部は王国内ならだいたいの都市や町にあるらしい。
そんなに魔物が湧くのだろうか、この世界は。
「他の町で買うんじゃダメなのか?」
「ここが1番品揃えがいいわ。
必要なものを全部買ってしまいましょ」
というわけで1度宿に戻り、その後、昼食と買い物をしに出かけることになった。
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宿に入ってそれぞれの部屋へ別れる。
初めの頃は金が無かったので、同じ部屋に泊まったり、馬車の荷馬車で寝てたりしていたものだが、今では2つ部屋を借りれるようになった。
買い物の準備といっても俺の持ち物は少ない。
とりあえず剣を外し、鎧を脱ぐ。
「出かけるのに、シャツとパンツってわけにはいかないよな」
最近はずっと、外に出るのは狩りのときだけで、外では常に鎧を着用していた。
寝るときはシャツとパンツで、毛布をグルグルと巻き付けるようにして、くるまって寝ている。
そのため、普段着というものがない。
「あ、そうだ」
思い出した。
バッグを開けて中から黒く畳まれた服を取り出す。
俺が着ていた学ランだ。
黒火犬の体当たりで空いた穴は、黒い布を縫い当てて塞いである。
今日のところはこれを着て行こう。
とりあえず今日の買い物リストに服は入れとかないとだな。
後は特に買うものは思いつかない。
行ってから考えよう。
さっさと着替えて財布を持って宿を出る。
目指すのはバビレークの観光名所、「金の泉」。
その名の通り、金の装飾が多く施された噴水だ。
噴き出る水には商売繁盛のご利益があると言われている。
この場所を集合場所に指定したのはショコラだ。
何か他に用があり、それを済ませてから来るそうだ。
この噴水は中央通りにあるから商店街も近くてちょうどいいということで、ここで集まることになった。
この世界にはスマホもゲーム機も無い。
というわけで、集合場所に先に着いてしまってからは手持ち無沙汰だ。
時計はすぐそこに設置されているので、それをチラチラと見ながら待ち続ける。
ん?
この状況、何かに似ていないか。
時間を決めて女子と待ち合わせ……いっしょに昼食を食べて……そのあとはいっしょにショッピング…………!
こ、これは…………!?
ま、まさか…………!?
デートなのでは!?
今さら気付いた衝撃の事実。
そうだ、どこの世界も共通だ。
女子と待ち合わせをしてお出かけ……これは間違いなくデートだ!
俺は生まれてこの方、彼女がいたことは無い。
女子と出かけた経験も……あるにはあるが、2人きりでとなると記憶に無い。
ということはこれが俺の人生初デートだろうか。 やばい! プランも何も考えて来なかった!
くそ、俺はさっきまで何をしていたんだ!
せ、せめて、行く場所を考えよう。
え、エスコートしなければ……。
「やばい、緊張してきた……」
「何が?」
「うわぁっ!!」
だらだらの手汗を握りしめていると後ろから鈴の音のような可憐な声が。
あー……びっくりした……。
「ショコラ、驚かすなって…………!?」
そこにいたのはいつものショコラではなかった。
簡易的な鎧に身を包み、髪を簡単に縛ってまとめているだけのショコラではなかったのだ。
ただでさえ細い胴体にはコルセットが着けられ、その身体の繊細さをより強調している。
コルセットで締め付けられたせいで、胸のラインが浮き出ていて艶かしい。
美しい銀髪はナプキンでまとめられ、先の方は三つ編みになっている。
左手にはいつもの腕輪と、買い物のためのバスケット。
そして何より目を引いたのはふわっと広がったロングスカートだ。
ショコラのスカート姿を見るのは出会ってからはこれが初めてだ。
今までショコラは節約のために、少年用のサイズの小さいズボンを履いていたから。
さすが絶世の美少女。
女の子らしい格好をさせると化けるなんてもんじゃない。
可愛さが凶器になりつつある。
ところで、その地味な色でまとめられた装いはもしかして、
「町娘?」
「あ、ちゃんとそう見える? よかったわ」
ショコラの服装は、ファンタジーとかで見る町娘の格好そのものだ。
「私、こういう普通の服を持ってなかったでしょ?
だからさっき買って来たのよ!」
ショコラはそう言って1回転し、スカートをふわっとたなびかせる。
それはつまり、俺と出かけるためにオシャレしてくれたということか……?
俺とのデートのために……。
さすがに自惚れすぎだとは思ったが、1度考えてしまうと頭から離れなくなってしまった。
耳の辺りが熱くなる。
「どう? 似合ってる?」
気恥ずかしくて何も答えられなかった俺を許してください、誰か。
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「このお店、美味しいわね!」
「うん、そうだな」
昼食は普段より少し高めの店を選んだ。
出てきた料理は、地球でいうタンドリーチキンのようなものとスープ、パンだ。
貿易拠点になっているだけあって、香辛料の輸入が多いのか、チキンもスープもよくスパイスが効いていた。
口の中が辛くなる。
だけど止められない。
スパイスという発明はやはり偉大だ。
ショコラはデザートまで注文している。
やっぱり、辛いものには甘いもの。
「いいお店に入れてよかったわ!」
このレストランは個室に仕切られているという、この世界では珍しい形式のレストランだ。
灯りが暗いので、感覚的にはカラオケに近い。
防音設備も簡単にではあるけどしてあるようで、おかげで周りを気にせずに話せる。
「こんな店、いつ見つけたんだ?」
「服屋の店長さんが教えてくれたの。
あなたと待ち合わせしてるって言ったら、『いっしょに行ってきなさい』って」
100%デートだと思われているだろう。
ショコラは気付いていなのか、意に介していないのか……。
「そうだ、ユウ、話したいことがあるのよ」
「ん、何?」
ショコラが唐突に切り出した。
チキンをナイフで切っている途中だったのを、顔を上げて聞く。
「『血盟』についてよ」
なんだろう。
「『血盟』は今後、使わないようにしたいわ」
「え?」
それは危ないんじゃないだろうか。
パイアとの戦いなどはまさしく「血盟」の力で勝利したわけだし。
「確かに『血盟』は強力なスキルよ。
でも、強すぎるが故に依存してしまうわ」
「それは悪いことなのか?」
「『血盟』は発動時間がたったの6分よ。
そんな短時間だけステータスを上げるスキルに頼るようになるのは危険だわ」
うーん、言われてみればそうかもしれない。
強すぎる力は人をダメにするとかよく言うしな。
「わかった。しばらくはそうしてみよう」
「ありがとう」
スキル「血盟」には、ショコラが俺とHPを共有してしまうという欠点もあるしな。
俺が受けた攻撃がショコラにも影響を及ぼしてしまう。
共倒れを避けるためにも、俺が強くなるまでは使用を控えるべきだろう。
「あとは『勇者』のことよ」
「ん?」
久しぶりに聞いたなその単語。
「『勇者』について情報がほしいの」
って言われてもなあ……。
「あいつらと会ったのって2週間前だから、俺から情報聞き出しても大して意味は無いと思うぞ」
あのときは皆まだLvは1だった。
祝福の中身も全然違うものになっているだろう。
それぞれがどんな称号の「勇者」で、どんな特殊なスキルを持っているかは覚えているが────
「あ、違う違う」
ショコラがひらひらと片手を振って否定した。
「私が聞きたいのは『勇者』の能力じゃなくて……人となり、と言えばいいかしら?
『勇者』がどんな人間なのか、かつての学友で、同じ『勇者』のあなたの目から見た意見を聞きたいわ」
それなら話せるが……。
「聞いてどうするんだ?」
素直な疑問をぶつける。
ショコラは一瞬だけ下を向いて考えてから、まっすぐに俺の目を見て答えた。
「私って『魔族』な訳じゃない?
だからいつか『勇者』────あなたの同級生と戦わないといけないわ」
「……」
「でも最近迷ってるの」
「?」
「『勇者』と戦う、そのときに、ただ敵だからって理由だけで、命令に従って『勇者』を倒すのは嫌だなって」
「……!」
「『勇者』はあなたのように他の世界から連れて来られて、仕方なく戦ってるだけ。
そんな相手を倒していいのか、私はまだ決められない」
ショコラは手を握り締め、俺の目をまっすぐに見ていた。
「だから『勇者』について知りたい。
助けるべきなのか……答えを出したい」
ショコラの声はしっかりとしていて、震えさえも無かった。
固い意志をもった声だ。
「……次の店に行くまでだけな」
ショコラは一瞬キョトンとしてから薄く笑った。
「ありがと」
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そして、俺はショコラに、店を出てからずっと話し続けた。
「チ────飛間さんはすごいんだ。
成績優秀でクラス委員長もしてるしっかり者だ」
「鶴城もクラス委員長なんだけど、こいつも成績優秀、しかもスポーツ万能でイケメン。
俺とは大違いだよ」
「義信は頑張り屋でな。
毎日放課後になったら全力ダッシュで部活に1番に行くんだ」
「暖さんはコミュ力というかカリスマがすごくてさ。
クラスメイト全員と友達なんだよ、本当に」
「後はな────」
2週間会っていないクラスメイトたちだが、いざ話すとすらすらと出てくるものだ。
この世界での唯一の元の世界との繋がりだからな、忘れたくないって思いも強い。
一方的に話し続ける俺の話をショコラは相槌を打ちながら静かに聞き続けてくれている。
ちゃんと敵である「勇者」のことを考えて、俺のことも助けてくれて。
本当にすごいと思う。
俺には到底そんなことはできない。
さっきそれが証明された。
「勇者について教えてほしい」とショコラに言われたとき、俺は反射的に話してはダメだと思った。
ショコラは魔族だ。勇者の敵だ。
ショコラに勇者の戦力についての情報を渡してしまえば、クラスメイトたちがやられてしまうと、損な考えが頭をよぎったのだ。
「勇者」と戦うことを真剣に見つめていたショコラを。
敵である「勇者」の俺を現在進行形で助けてくれているショコラを。
俺は信じていなかったのだ。
人として恥ずべきことだ。
ショコラにクラスメイトの話をしている脳の裏側で、その思考ばかりがループする。
反省しよう。
俺はショコラを魔族領へ送り届ける。
「勇者」のことはその後でいい。
今は、助けてくれるショコラを信じて、ショコラを助ける。
それが今の俺にできる精一杯だ。
まずはこのデートのエスコートを成功させる!
やるぞぉぉおおおおお!
人を信じるのって難しいよね……。
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