5話 交渉と脱出計画
いよいよ出発です
目を覚ますと見覚えのない天井があった。
体を起こそうとすると脇腹が痛んだ。
服をめくって見ると、脇腹に真っ白な布があてられている。
全身の関節も全体的に少し痛くて、両足が筋肉痛を訴えている。
なんでこんなに体が…………?
そうだ。俺は異世界に来たんだ。
「勇者」を追い出されて、屋敷からは抜け出して。
それで猪に襲われて。
それで────
「あ、気が付いた?」
可憐な声が鼓膜を震わせた。
振り向くと絶世の美少女が座っていた。
「『止血Lv5』があって良かったわね。
傷は浅いとはいえ血が足りないでしょ」
美少女が俺に語りかけてくる。
そうだ。公爵の屋敷の庭でこの娘と出会ったのだ。
「私がいて良かったわね、あなた。
いなかったら死んでたわよ?」
あ、なにか喋らなければ。えっと……
「き、君は誰?」
「ん?」
怒気を含んだ声が返ってきた。
まずかっただろうか。
「もう名乗ったでしょ。
まさか忘れたの?」
あ、そうだ、えっと…………。
「ショコラ!」
「いきなり呼び捨て?」
思い出せても少女はまだご機嫌ナナメのようだ。
「えっと、ショコラ……さん?」
「ショコラでいいわよ、別に」
「あ、うん」
結局いいのかい。
「どれぐらい寝てた?」
「数時間しか経ってないわ。
日付は変わったけどね」
簡潔な答えが返ってくる。
まだ怒っているのだろうか。
にしてもこいつ、美少女すぎるな。怒っていても可愛いぞ。
そうだ、聞きたいことがあるのだ。
「なんでショコラはあんなとこにいたんだ?」
あんな魔物ひしめく庭になぜ彼女はいたのだろうか。
「捕まってたのよ、公爵家にね。それで昨日脱出したの」
「なんで捕まってたんだ?」
「言ったでしょ? 『吸血鬼』だって。
前の戦争で魔族だからって捕虜にされたの」
「吸血鬼」は魔族の一種らしい。
つまり、「勇者」の戦う相手なのか……。
「何年くらい捕まってたんだ?」
「前の戦争からだから1年くらいかしらね……って、
あなた、質問してばかりね」
「あ、ごめん」
また機嫌を損ねてしまう。えっと……
「私も質問するわ。
あなた、『勇者』ってホントなの?」
うーん、なんと答えよう。
この娘は命の恩人だ。
ケガの手当をしてくれたのも、ここに俺を運んで避難させてくれたのも、おそらく彼女だろう。
だが、彼女は「吸血鬼」。
俺たち「勇者」とは敵対関係なわけだ。
正体を明かした途端刺されたりはしないだろうか。
「黙ってないで答えなさいよ」
俯いて悩んでいるとショコラが上目遣いで覗き込んできた。
その姿勢は破壊力がエグいですって!
「あ、はい、そうです」
肯定してしまった。
「ふーん、『【血】の勇者』ねえ。
それであんなに血が美味しかったのか……」
そういえば彼女には血を吸われたのだ。
そう、キスをして。
顔が途端に熱くなる。
そうだ俺はこの娘とキスをしたんだ。
出会って間もなかったのに、初めての……。
「……何赤くなってんの」
「え、あ、いや、そうだ!
お腹空かない!? 血、飲む?」
ヤバい、テンパって変なこと言った。
「はぁ?…………!!!!」
ショコラの顔が首元から一気に赤くなる。
キスのことでも思い出したのだろうか。
「ば、馬鹿じゃないの!?
吸血鬼は血が主食とか人間の迷信だから!!」
普段は人間とそう変わらない食生活をするそうだ。
「『吸血』はあくまで回復手段だから!!
勘違いしないでよね!」
あー、HPとMPを回復するって言ってたもんな。
あれ、でも。
「昨日、めっちゃ吸いたがってなかったっけ?」
「あ、あれは……そうだ!
あなた、血に関係するスキルを持ってるんじゃない!?」
「うん、まあ」
血に関係するスキルは「吐血」「血盟」「魔血Lv10」「止血Lv5」と盛り沢山だ。
というか俺のスキルはこれくらいしかない。
「そう! 『魔血Lv10』、それのせいよ!」
「へ、へえ……」
ショコラが前のめりになって必死に言い訳している。
「魔力濃度の高い血は吸血鬼にとって最高の食料よ!
そんなのを口から流してるなんて……むしろ誘ってたのはあなたの方よ!!」
「いや後半は暴r……」
「いいから! そういうことなの!!」
つまり俺は吐血する度に吸血鬼に襲われる危険があるということか。
気を付けよう。
ショコラが顔をパタパタと手で仰いで冷ましている。
まだ質問させてもらおう。
「そういえばここは?」
「王都の端の方にある宿屋よ。
私たちみたいなワケありを泊めてくれるの」
まるで俺たちが悪人みたいな言い方だな。
顔が冷めきったらしい、
ショコラは深呼吸を1つおくとまた俺の方を向く。
「改めて聞くけど、あなたが『勇者』だってホントなのよね?
スキル『吐血』とか『血盟』とか聞いたことないしね」
「う、うん」
ショコラは口元に手を当てて何やら考え出す。
「5次勇者が召喚されるってホントだったのか……。
やっぱり早く戻らなきゃね……」
ん? ちょっと待て。
「『5次勇者』って?」
「また質問? ま、いいけど」
機嫌を損ねかけたがセーフ。
にしても「5次勇者」なんて初めて聞く単語だ。
「あなたが召喚されるまでに、勇者召喚は4回行われてる」
そういえば白ずくめが言ってたな、クラスメイトの半分は先に召喚したって。
「まったく……4次勇者召喚が1年前だったってのに……もう5次勇者を……」
「え、1年前?」
「そうよ。
3回目が3年前、2回目が6年前、1回目が10年前ね」
そんなに召喚にタイムラグがあったとは知らなかった。
「あなたたちは何人で召喚されたの?」
「えっと……」
確かクラスメイトの半分くらいがいっしょに召喚されたはずだ。
「だいたい20人くらいかな」
「一気に20人も!?」
ショコラが大声で驚いた。
「前回は8人だったのに…………!
人間たち、次で終わらせるつもりね……?」
椅子に座っていたショコラがすくっと立ち上がる。
「やっぱり早く戻らなきゃ」
「戻るってどこへ?」
「魔族領よ」
「戻るってどうやって?」
「あの邪猪の牙があるわ。
換金すれば当面の資金にはなるでしょ」
ショコラはそう言うと大きな白い牙を取り出して紐で縛ると担いだ。
「じゃあ私は行くから、あなたは自由にしていいわよ。
宿にお金は払ってあるから心配しないで」
あ、ちょ、
「ちょっと待って!」
「何?」
さっさと出て行こうとするショコラを呼び止める。
「俺も連れて行ってくれ!」
「はぁ?」
「何を言ってるんだこいつは」と言わんばかりの表情を浮かべるショコラ。
「あなた、『勇者』でしょ。
魔族といっしょにとか本気?」
「俺は『勇者』として扱われてない、追い出されたんだ!」
公爵家に戻っても血液タンクにされるだけだ。
絶対に戻りたくない。
「……連れては行けないわ」
くっ。
「邪猪から庇ってくれたことには感謝してる。
ありがとう」
ショコラは小さく丁寧に礼をした。
俺にはそれが拒絶されているように感じられた。
「でも魔族領までは遠い。足出まといは連れて行けないわ」
分かってはいたが実際に「足手まとい」とか、ハッキリ言われるのは辛いな……!
でも退けない!
「HPとMPを回復するのにも俺がいた方が便利だろ!」
「自動回復のスキルでなんとかなるわ」
あっさり論破されてしまった。
ほ、他に説得する材料は……そうだ!
「俺には『血盟』がある」
「!」
「効果は分かってるだろ?
無かったらあの猪に殺されるところだった」
「まぁ、そうね」
「お前は強いけど、これから先を安全に行くには、俺がいた方が安全なんじゃないか?」
ショコラが苦い顔をして考えている。
俺を連れていくことは戦力的にとても大きいのだろうからな。
なんたって、ステータス30%アップだ。
まぁ、こんな偉そうに言っても俺は支援しかできない訳だが。
「付いてきてどうするつもり?」
「それはまだ考えてない。
ただ、この国にはいられないんだ」
血液タンクは絶対に嫌だからな。
「……わかった。連れて行ってあげる」
「!! ありがとう!」
お許しが出た。ありがたい。
「じゃあ魔族領までの移動計画を話すわよ」
「わかった」
ショコラが懐から小さく畳んだ地図を取り出す。
俺が座っているベッドにそれを広げて説明を始める。
地図に書かれているのは2つの湖がある大陸だ。
南アメリカ大陸が太ったような形をしている。
「私たちが今いるのはロアルド王国の首都、王都ドルハラ」
そう言いながらショコラが地図上の二重丸を指差す。
東には王都から1つ町を挟んで海が、南には山脈がある。
死角が少なく南からは攻められず、海にも出やすい。
国家防衛には向いていからここが王都になっているのだろう。
「私たちは魔族領へ向けて西に進む。
でもまず考えないといけないのは王国の脱出方法よ」
ほうほう。
「今は邪猪の牙を売って当面の資金はあるけどそれもすぐに尽きるわ。
だからこのルートを通る」
ショコラの白い指が、山脈沿いの緑に塗られている場所の端をスーっとなぞる。
緑に塗られているところは森になっているようだ。
「森の近くでは魔物が出やすい。
その魔物を狩って資金を稼ぎながら進みましょう」
なるほど、理にかなっている。
しかも森沿いは東西に広がっていて、魔族領へはほぼ真っ直ぐに進んで行ける。
考えられる中で最適なルートだろう。
「わかったら荷物をまとめて。
日が出る前にここを出るわよ」
ショコラが手を振って急かす。
そうは言っても俺には荷物もほとんどない。
着の身着のままベッドから出てショコラについて行く。
ショコラは宿屋の主人と2言3言何か言葉を交わすと、裏路地をさっさと歩いて行った。
「まだ暗いのに出るのか?」
「夜だから、よ。
多分私たちが脱出したことはもうバレてる。
まずは庭を探すでしょうけど、時間が経てば王都内にも捜索をかけるわよ。
朝になる前に王都は脱出しておきたいわ」
「なるほど」
よく考えていらっしゃる。
可愛くて強くて頭も良い、3つ揃ってフルコンボだ。
そのままショコラと歩き続けると、あることに気付いた。
「なんだこれ……」
てっきり真っ暗で遠くが見えないのかと思ったら、王都は壁に囲まれていた。
ただの壁じゃない。
真っ暗で一番上はよく見えないが数十メートルの高さがある。
触ってみると表面はスベスベしていて、とても登ることはできそうにない。
まさに絶壁だ。
「これどうやって出るんだ?
門とかあるのか?」
「あるけど今の時間じゃ開いてないわ。
それにそれじゃすぐ見つかっちゃうじゃない」
確かにそうだ。
「じゃあどうするんだ?
穴でも開けるのか?」
「結界魔法と付与がかかってるから壊すのは無理よ」
「ならどうやって出るんだよ」
否定されてばかりで少しイライラしてきた。
だがそれなら八方手詰まりではないか。
「簡単よ。
あれ、見える?」
「え、どこ?」
ショコラが手を上げて壁を指差すが、真っ暗なせいで見えない。
「あそこに、壁を建設する時に作られた足場があるの。
壁の上まで均等に何個もね」
「へぇ」
明るいときに見てみたかったな、残念だ。
ん? ってことは……。
「じゃ行くわよ」
足を払われ、体を抱きとめられる。
ま、まさか────
「やぁっ!」
ショコラが跳躍した。
風圧が髪を煽る。
重力を無視した上昇力だ。
男子高校生1人抱えてこれなのだから、やはりステータスというのは凄い。
そのまま足場で止まると跳躍を繰り返し、ショコラはどんどん上昇していく。
急に体が浮遊感に包まれる。
「は!?」
ショコラが手を離したらしい。
空中に放り出される。
「ちょ、やばいやば────」
王都の夜景が目に入った。
前世のような明るさはなく、点々と松明の炎が点っているだけの弱い弱い明かり。
それが王都全域に広がり、神秘的な雰囲気を作り上げている。
目を奪われた。
だがその景色も壁に隠れてすぐに見えなくなる。
そうだ俺は今絶賛落下中だった!
やばいやばいやばいやばいこのままじゃ────
横からすっと手が伸びて来た。
嵌っている腕輪にアホ面を晒している男の顔が映っている。
顔を上げるとイタズラ大成功といった顔をした美少女がいた。
「よろしくね、ユウ!」
無邪気な笑顔を見せるショコラ。
「こちらこそ」
伸ばされた手をがっしりと掴む。
そのまま腕を強く引かれて俺は抱き抱えられ、ショコラは綺麗に着地した。
東の方の空が赤紫に変色し始める。
俺を降ろすと、ショコラが走り出す。
「さあ、行くわよ!」
ああ、これから大変そうだなと思うと同時にワクワクが止まらない。
「ちょ、待てよ!
ステータスが違いすぎるって!!」
俺は走り出した。
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