3話 脱走
起承転結の結です
ガタガタと揺れる荷車の中。
周りにいるのは4人。
「【酔】の勇者」酒谷公一
「【脚】の勇者」日丸駿
「【柱】の勇者」川人仁江
「【茸】の勇者」宝来繭実
そして俺、「【血】の勇者」千脇夕。
全員、追放されかけた勇者だ。
俺たちは今馬車で移動中。
みんな、急展開が多くて疲れたらしく、いつもはうるさいメンバーだが、みんなまったく喋らず、馬車の中はとても静かだ。
俺たちが運ばれているのには訳がある。
あの王城でのことだ。
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「お待ちください、王よ」
「どうしたエイベル公爵よ」
「その『勇者』様方を今ここで手放すのは少し惜しいかと」
王へ意見した主は公爵らしい。
公爵は確か貴族位だと最高位だったか。
良い暮らしをしているのだろう。
少し太めの体型をしている。
「大司教殿が申された通り、かの『勇者』様方は何人もの生贄を持って召喚したのです。
このまま追放してしまってはすぐに野垂れ死んでしまうでしょう。
そうなれば生贄となった者共が報われません」
どうやら俺たちのことを庇ってくれるらしい。
どこにでも優しい人はいるもんだな。
「だが公爵よ。
我は戦力とならない者まで囲い込むことはできん。
我が今欲しているものは力なのだ」
「ならば彼らは私が引き取りましょう。
王の手を煩わせることはありませんからね」
救世主だ。
そう思った。
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というわけで俺たち5人は公爵の屋敷へ移動中だ。
まずは王都内の屋敷で何日か休息をとり、その後公爵領へ移動するらしい。
俺たちのことを気遣ってくれてありがたい。
「公爵様の屋敷までしばらくかかるぞー
しっかり休んどけよー」
馬車の御者のお言葉だ。
この人は俺たちに敬語を使わない。
宰相や公爵にも様づけられてたんだけどな俺たち。
極秘で運んでいるということだろうか。
「勇者」は国家の最高戦力らしいからな。
バレるといろいろあるのだろう。
とりあえず今はお言葉に甘えて寝ておこう。
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屋敷に着いた。
開いた口が塞がらない。
デカすぎる。
俺が寝たとき、窓の外には門が見えていた。
なにかの観光スポットかと思ったが、あれがこの屋敷の門だったらしい。
屋敷までしばらくかかるとは、庭を走るのにしばらくかかるということだったのだ。
庭がデカすぎる。
おかげでぐっすり寝れたけど。
そして庭だけでなく屋敷ももちろんデカい。
一目じゃ見渡せない大きさだ。
これで別荘のようなものだっていうのだから公爵領の本屋敷の方はいったいどうなっているのだろうか。
「皆様にはそれぞれ別の部屋で休んで頂きます。
それではチワキ様、こちらへどうぞ」
日は傾き始めてもう夕方だ。
俺は一人部屋へと通された。
ベッドと机、庭が見える窓が1つだけ付いていて飾り気の少ない質素な部屋だ。
机の上の花瓶に飾られた花を見る。
見たことの無い形だ。
まあ、そんなに花に詳しい訳じゃないが。
そのうち夕食が来るらしい。
それまで今日聞いたことを復習しておこう。
この世界には「祝福」と呼ばれる力がある。
これはこの世界の住人なら誰もが持つ力だ。
「ステータス」と「スキル」を、「Lv」を上げることで獲得できる。
そして異世界から召喚された「勇者」は常人より遥かに強い「祝福」を持っている。
俺の場合はハズレだったけどな!
だが、こうやって引き取ってはもらったものの、戦争が始まるとなれば俺たちも駆り出されるだろう。
やはり戦闘ができないというのでは生き残れないのではないだろうか。
戦闘系スキルがゼロというのはさすがに危ないだろう。
「なにか戦闘系の『スキル』を取得しておこうかな」
スキルの獲得にはスキルポイントというものを使用する。
これはレベルを1上げるごとに1獲得できるらしい。
俺は現在レベル1だが問題ない。
勇者は召喚時にそれぞれ100のスキルポイントを獲得している。
さすがチートだな勇者は。
これを使ってなにかスキルを手に入れよう。
と、思ってたら部屋の外から足音と話し声が。
夕食が運ばれてきたのだろうか。
椅子から立ち上がってドアの前で待つが一向にドアが開く様子はない。
夕食が来た訳では無いらしい。
誰かと誰かが部屋の前で話しているらしい。
あそこには大きな窓があったからな。
外でも見ているのだろうか。
……実験がてら、盗み聞きしようか。
人のいる部屋の前で話しているのが悪いのだ。
ドアや壁は薄く、防音性は低いらしい。
だが何を話しているかまでは聞き取れない。
しかし、なにか耳を良くするスキルでもあれば聞き取れるのではないだろうか。
例えば聴覚強化とかそんな感じの名前の────
《スキル「聴覚強化Lv1」をスキルポイント10を使用して獲得しますか?》
《はい/いいえ》
っしゃあビンゴ!
脳内に直接声が響いてきた。
少しびっくりはしたが不快感は無い。
そしてスキルポイント10とはなかなかお得だ。
ポイントを使って獲得できるスキルはS、A、B、Cと獲得難易度のランクが付いており、前者ほど難易度が高い。
上からスキルポイントが20、15、10、5必要だ。
この「聴覚強化Lv1」はBランクのスキルってことだ。
ちなみに「空間魔法Lv」はランクSで獲得に20ポイント必要な上に、まず獲得可能な人間が1000人に1人しかいない。
貴族や白装束たちが興奮してたのも納得だ。
「はい」
とりあえず「聴覚強化Lv1」を獲得する。
《スキル「聴覚強化Lv1」を獲得しました》
その声が脳内に響いた瞬間、耳の感覚が変わった。
なんて言えばいいのだろうか。
今まで曇ってたのがハッキリとしたとでも言おうか。
聞こえる範囲が広くなった。
これがスキルの力か。
これなら壁1枚くらい、わけないだろう。
ドアにそっと耳を当てて耳を澄ます。
「父さんも相変わらず変なの拾ってくるよなぁ」
「これで何人目だったかな。
まあ、役に立つのもいるしいいさ」
公爵の家族か。
さっきと違って会話がくっきりと聞こえる。
「だとしても『【血】の勇者』とかどうするんだ?」
お、俺の話か。
「『魔血Lv10』持ちらしいからな。
血を抜き取って使うんじゃないか?」
「ああ、血液タンクってことか」
へ?
「いざとなったら『還元』すればいいしな。
にしてもお前、声が大きいぞ。
ここ、『【血】の勇者』の部屋の前じゃないか。
聞こえたらどうするんだ」
は?
血液タンク?
嘘だろ、公爵は俺たちを助ける気は無かったってことか。
とりあえずここはやばい。
逃げなきゃ。
夕食に薬でも仕込んでおいて拘束するつもりだったのだろう。
夕食が来る前に逃げなくては。
ドアからは逃げられない。
すぐ部屋の前に2人がいる、
視界に小さな窓が入った。
「別に聞こえてもいいさ。
ここからは逃げられないんだから」
「そうは言ってもお前……」
その声は俺には届いていない。
俺は窓から逃げ出した。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
公爵家の庭をまっすぐに走る。
屋敷の表側と違い、裏側には木が多く走りづらい。
だがこれなら身を隠しながら逃げる事ができる。
時間も夜。
俺の真っ黒な学ランは夜闇に溶け込んでくれるだろう。
不幸中の幸いだ。
表でも馬車で数十分かかった。
どれほど走らなければならないかは分からない。
庭を抜けたとしても1文無しだ。
生きていけるか分からない。
だが見知らぬ土地に連れてこられたうえに血液タンクなんて絶対に嫌だ。
絶対に逃げ切る。
そして生きる。
疲れて立ち止まる。
全然出口が見えない。
月明かりのおかげで足元が見えるのがせめてもの救いだ。
この世界にも太陽や月はあるらしい。
ひと休みしようと木の根に腰を下ろそうとする。
遠吠えが聞こえた。
近所の犬が上げるようなものじゃない。
太く、こちらを威圧する遠吠えだ。
警戒しながら声の先に体を向ける。
木々の隙間から2つの赤い光が見える。
だが遠い。
大丈夫だ。
すぐに逃げれば何とか────
赤い光が直線を描く。
反射的に体をねじって避ける。
腕が掠ったが直撃は免れた。
赤光の正体がその姿を月明かりに晒した。
俺の胸ほどの高さもある体高。
耳は半分ほど欠けていて野性味を感じさせる。
真っ黒な毛が全身に生えて逆立っている。
触ったらケガしそうだ。
そして真っ赤な目が俺を真っ直ぐに捉えている。
犬、というより狼か。
黒狼がまたも突進してくる。
体を捻って全力で避ける。
が、さっきよりも近かったせいか腕に大きな衝撃。
「痛っっった!」
衝撃だけじゃない。
腕に焼けるような痛み、そして針が刺さったような痛み。
腕を見ると黒狼とぶつかった場所が赤く腫れ、火傷のようになっていた。
学ランの袖は大きく裂け、黒狼の体毛と思われるものが何本か刺さっている。
どう考えても地球の生き物じゃない。
本来ならもう腕を動かせないほどの大ケガだろう。
スキル「止血Lv5」のおかげか出血は全く無い。
だからまだ動く。
だけどどう逃げればいい?
こいつは速すぎる。
背を向けて逃げてしまえばもらなくお陀仏だろう。
かといって迎え撃つのも難しい。
触れば無事では済まない。
黒狼と目が合う。
獲物を見る目だ。
睨み返す。
いったい何なんだあいつは。
視界に文字が映った。
〈名前〉五三番
〈Lv〉16
〈ステータス〉
HP 976/1813
MP 523/2096
スキル「鑑定Lv3」が発動した。
俺たち勇者には召喚の際にスキル「鑑定Lv3」が与えられている。
鑑定はレベル3だとHPとMPまでしか見せてくれないらしい。
だが俺を絶望させるには十分だった。
「強すぎだろ……」
王城で圧倒的な力を見せた鶴城と衛のHPとMPは1000ちょっと。
だがこいつはどちらも2000前後だ。
他のステータスも同様に俺より高いのだろう。
かなり消耗しているようだが俺がトドメを刺せるとは思えない。
もう1回突進を受ければ避けられないだろう。
黒狼が体を屈めて突進の構えをとる。
ここまでか。
「てやぁぁぁっ!」
隣の林から影が飛び出した。
黒狼の体が弾き飛ばされ、木に衝突する。
木が大きく揺れ、黒狼の衝突した部分がその鋭い体毛と衝撃で大きく削り取られた。
黒狼が高温を纏っていたのだろうか。
木がだんだんパチパチと音を立てて燃え始める。
黒狼にはもう立ち上がる力も無いようで、荒く呼吸を続けながらこちらを睨んでいる。
木が限界に達して倒れた。
視界に映っていた黒狼のHPが急激に減少して0になる。
「“ブラックドッグ”の死体」
死ぬと鑑定結果も変わるらしい。
とりあえず一安心だ。
「やっぱり黒火犬なんか蹴飛ばすもんじゃないわね……」
声が聞こえてやっと気付いた。
俺よりも遥かに強い黒狼を倒した主。
すぐに逃げ出せるよう準備しながら素早く振り向く。
「あ」
────そこにいたのは天使だった。
着ているのはボロボロの布を無理矢理服の形に直したようなお粗末なもの。
髪はボサつき、葉や泥が絡んでいる。
だが、そのどれも彼女の魅力を貶めるには足りていない。
手足はすっと伸び、布越しに見えるボディラインは黄金比。
腕に嵌められた無骨な腕輪が彼女の腕の細さを強調している。
銀髪と呼べばいいのだろうか。
見慣れない色の髪が月明かりに照らされて、エンジェルリングを浮かべている。
そして鳶色の大きな目が、まるで宝石のように彼女の顔を芸術品のような美しさへと昇華させている。
天使だと思ったが羽は生えていないらしい。
残念、ただの絶世の美少女だ。
「君は誰? 何者?」
闇夜の冷たく澄んだ空気のような声。
鼓膜が歓喜に震える。
美少女が訝しげな目をこちらに向けた。
「お、俺は……」
美少女の足から煙が上がっていることに気付いた。
黒狼を蹴飛ばしたときの火傷だろうか。
「あ、足!」
「ん? ああ、これか」
警戒は解かずに美少女が自分の足に目を向けた。
瞬間、皮膚繊維のようなものが編まれ、傷口をまたたく間に塞いだ。
一瞬で火傷が治った。
「はぁっ!?」
頭が追いつかない。
あ、これも何かのスキルだろうか。
「そんな驚くこと?
ってもしかして……」
美少女が何かに気付いた様子でこちらを見つめる。
反射的に目を逸らした。
「目を逸らした……怪しいな」
違います……恥ずかしいだけです……。
俺と美少女の間に沈黙が流れる。
気まずい……。
ん? そういえばこの子いったい何者だ?
公爵家の庭になんで────
思考はそれ以上続かなかった。
木々から鳥たちがいっせいに飛び立つ。
「な、なに!?」
美少女が驚きの声を上げる。
そして木が倒れる音。
1本じゃない。
何本もの木が倒れる音が続く。
そしてその犯人が木をへし折って登場した。
高さは俺の2倍以上あってまるで小山のよう。
鼻は大きく突き出され、鼻息が木屑を吹き飛ばす。
全身の毛は逆立っていて硬そうだ。
そして大きな牙が2本、こちらを突き刺さんと伸びている。
動物園で見たゾウよりもずっと大きく鋭い牙だ。
そこにいたのは巨大な猪だった。
〈名前〉試作品A12
〈Lv〉34
〈ステータス〉
HP 5894/6470
MP 1480/2590
そこにいたのは化物だった。
次の話で本日の投稿はラストです。
※猪のMPがMAXになっているミスを修正(4/17)