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赤毛の姫の死

 

「起きなよ。いつまでそうしているつもり?」


 不機嫌な声に導かれて、目を開けるとあの日のようにカミサマがふよふよ浮いていた。怒っているのか目がつり上がっている。


「ほんと、嫌になる。水界の王は娘を人間界に留まらせるし。ったく、親ならバカ娘の凶行をとめろよ。はぁ……あいつは封印されていた箱を開けちゃうし。せっかく王族にならないように遠くにぶん投げてやったのに……ほんと、なんなの? くそったれ。僕まで創造主(原作者)の片棒を担いでいる展開じゃないか」


 苛立つ彼の話は全く理解できない。ぼんやりしていると、カミサマは言う。


「シルフェリア。奴らがこっちにくる。だけど、騙されるな。アイツは洗脳されているだけだ」


 一体、何のことだろうか。


「……きたか。いい? シルフェリア、騙されるなよ。アイツは──」


 そこでカミサマは言葉をきり呟いた。


「アイツは執念深い男だよ……」


 もの悲しい声を残してカミサマは消えた。


 捲し立てられ、訳がわからないシルフェリアはふらふらと塔の窓に近づいた。


 窓の外は、赤い薔薇が見える。塔全体を覆っているようだ。ハンスの顔がよぎり眉根をひそめる。雨が降ったのか窓は濡れていた。


「う、そ……」


 ふと、視線を下げるとそこには赤の王子にそっくりな男性がいた。血が騒ぐ。あれはあの人だ。

 彼の横にはオンディーヌがいて、腕を絡ませあっている。あきらかに二人は恋人同士のようだった。


(うそ、うそ、うそ、うそ、うそ、うそよ!!)


 ──ぞわり。


 シルフェリアの体から黒いうねりが飛び出す。自分を巡る赤い血は沸き立ち、髪は逆立ち、赤い目は嫉妬で見開いた。


「……誰にも渡さない。お兄様はわたくしのものよ!!」


 シルフェリアが叫ぶと塔が地響きを起こした。ひび割れ、絡み付いた赤い薔薇も粉々になっていく。轟音を響かせ、塔は崩壊した。


 巻き起こる粉塵の中から黒いうねりを纏い、シルフェリアが現れる。


 男はオンディーヌを庇うように立って、帯刀していた剣を抜き、切っ先を自分に向けた。


「あれが君の言っていた魔女か……」


 男がオンディーヌに話しかける。


「えぇ、そうよ。あいつがわたしを貶めた魔女よ。復讐して、愛しいあなた」

「わかった。シルフェリア」


 その一言にシルフェリアは息を飲んだ。


「お兄様に何をしたの……」


 オンディーヌはにたりと唇をつり上げる。


「ふふふっ。あなたが最も苦しむことをしただけよ! あははは! 彼はわたしこそ、本物のシルフェリアだと思っているわ! ざまぁみろ! あはははは!」


 逆立っていた白髪が静かに元に戻る。信じられなくて魂を振り絞るように叫んだ。


「お兄様! シルフェリアはわたくしです! わたくしがシルフェリアです!」


 彼は凍てつくような眼差しで自分を貫く。


「君の髪の毛は白じゃないか。どこがシルフェリアだと言うんだ。シルフェリアはここにいるだろう」


 彼はオンディーヌを見る。どうやら彼の目にはオンディーヌが赤毛、赤目の時の自分に見えているようだ。シルフェリアは瞠目し、ふらりと一歩後づさる。


「彼を殺す? できないわよねぇ。ふふっ。あははは! 偽物に成り果てて絶望しろ! あなたの恋は永遠に叶わないのよ!」


 彼が正気に戻ってもオンディーヌに心が奪われているなら、ブラントのように死ぬしかない。だけど、彼を殺す選択肢なんて初めからない。残っているのは──


 自分の滅びをカミサマは教えてくれた。


 〝シルフェリアを愛している〟


 自分に向かって彼が言えば魔女から人に戻って死ねる。


 それはシルフェリアにとって、甘美しかない。


 あの屍の山で自分は置いていかれ、彼の腕の中で目覚めることを望んだ。


 だから、彼の腕の中で死にたかった。

 その為だけに魔女になった。


 もう偽りの愛でいい。

 彼さえ生きていれば、ここは楽土だ。




 シルフェリアは泣きそうな顔をして笑う。


 願いを叶える黒い力が、彼の体に巻き付き拘束する。オンディーヌが高笑いをしているが、彼しか見えない。憎々しげに自分を見つめる彼に微笑み、一筋の涙を流した。


「ずっと、愛しておりました……」


 心臓を捧げるように胸の中から黒いフラスコをとりだす。色が違うということも気にせず唇をつける。フラスコは溶けて、黒いものは口の中へ。そして、褐色の頬に手を添えて彼に口づけをした。


 ──ガリッ


 抵抗され舌を噛まれる。二人の口の端から血と液体がもれ、それは流した涙とまじりあった。





 びくん──と、彼の体が大きく跳ねて動きがとまる。黒い力をとくと、彼は困惑の瞳で自分を見た。戸惑う彼を抱きしめる。


「お兄様……わたくしが憎いなら、名を呼んで愛してると言ってください。そうすれば魔女はいなくなります」


 シルフェリアは微笑む。


「わたくしは魔女です。どうぞ、その声で罰してください」


 そっと目を閉じて、死を待った。










「そんなに俺に殺されたいとはな──」


 低い甘い声が耳をかすめ、身を引き剥がされた。体が雨にぬかるんだ土に倒れる。身を起こして彼を見ると、凍てついた琥珀の瞳があった。


「いいわ、いいわ! そのまま魔女をズタボロにしちゃって!」


 興奮したオンディーヌの元に彼が近づく。そして、オンディーヌの首を片手で締め上げた。


「──がっ!」


 そのまま力を入れて彼女の手を持ち上げる。彼の体からは黒いうねりが出てきていた。シルフェリアは目を見張り、オンディーヌは空に浮かんだ足をバタバタさせた。


「な、ぜ……」

「俺のシルフェリアを欺くものを許せるはずない」


 オンディーヌが目を見開く。


「まさか……洗脳が……」


 彼は冷ややかな目で彼女を見た。


「今のお前の姿は濁った青だ。俺好みじゃない」


 首を折りそうな力で彼はオンディーヌを締め付ける。


「っ……お前……死ぬわ……よ……わたしの愛の呪いは絶対なんだから……」


 彼は不敵な笑みを見せる。


「やってみせろ。俺は魔女の心臓をくらい力を得た邪神だ。精霊ごときに滅ぼされるか」


 彼から出た黒いうねりがオンディーヌを包み込む。彼女は顔面を蒼白させた。


『──待て!』


 塔の近くにあった水たまりから、水しぶきが沸き上がる。全身水色の体をした水界の王が現れた。


『カミよ。娘の不始末は私にさせてくれ……』


 神妙な顔をした王にオンディーヌは半狂乱に叫ぶ。


「お父様! なぜ、人の味方などするのですか!!」

「黙らぬか! このままではお前はカミに消されるぞ! 水界にも戻れずこの世界から消滅する!」

「──な!」


 王は持っていた矛を振り上げる。雷鳴を轟かせながら光の裁きをオンディーヌに与えた。


「いやぁぁぁあ!」


 彼はオンディーヌから手を離した。彼女はのたうち回り、体から水分を飛ばした。残ったのは、骨と皮だけの老女だ。水界の王は低い声で言う。


『人にした。これで許してやってくれ』


 彼は興味なさげに言う。


「次に俺たちの前に現れたら、お前ごと消す」




 唖然と光景をみていたシルフェリアの元に彼がきて、手をとられる。


「あ……」


 立つように引き寄せられたが、糸が切れたように腰が立たない。彼は自分を横抱きにすると、無言で歩きだした。


 呼びかけても返事がない。シルフェリアは混乱しながらも、どこか夢見心地で彼の胸に額をあてた。



 ──バタン!



 つれてこられたのは護衛騎士の部屋だった。赤い小物で部屋が飾られている。彼の真意が分からず見上げると、ベッドに押し倒された。


「お兄様……?」


 見上げる琥珀の瞳は凍てついてたまま。自分の知る彼とずいぶん印象が違う。彼は本当にあの人なのだろうか?


 彼は自分を見下ろし白い髪に触れた。

 その指先が自分の輪郭をなぞり首筋まで流れる。くすぐったいようなたまらない感じがして、シルフェリアは頬を赤くして、吐息をもらした。


「……男を知ったんだな。相手は……青の騎士だろ?」


 低い声音に泣きそうになる。彼は汚れたこの身を蔑んでいる。でも、それでも。あぁ、どうしてだろう。触れられた箇所から喜びが広がる。


「……お兄様……」


 シルフェリアは大粒の涙を瞳にためながら、微笑む。


「わたくしが嫌いなら、死を与えてください。偽りでも愛してると言ってくれたらそれで──」

「そうだな。確かに魔女に相応しいのは清らかな愛じゃない」


 言葉を被せられ、唇を唇で塞がれた。息つく間もなく口の中をとかされ、シルフェリアは彼の服にすがりつく。


 長く短い歓喜のときを終え、彼は鋭い眼差しで自分を射ぬいた。


「君は赤毛ではなくなった。シルフェリアは死んだ。そして、彼女を愛する男も死んだ」


「だから、赤毛の姫を愛する者はもういない」


 そう言って、彼は少し泣きそうな顔をした。


「俺がお前を殺せるわけないだろ……」


 その言葉は魔女に生を与えた。


 そう望む彼の心に満ちているものはなんだろうか。名前をつけるとしたら、それは──


 シルフェリアは彼の強い眼差しから目をそらす。


「でも、わたくしは……」


 汚れたこの身が生かされることに罪悪感が募る。

 彼はふっと微笑んだ。


「清らかさはいらない。俺が欲しいのは(ただ)れた魔女だ」


 彼が自分の曲線をなぞっていく。


「……おにぃ……」

「ライザードだ。そう呼べ。ずっとそう呼ばれたかったんだからな……」


 彼に触れられると泣けてしょうがない。涙ごと飲み干して、彼は自分を決して離そうとしなかった。




「────、忘れるな。俺はお前の心臓だ。お前の死は俺の手の中にある。……もう置いていかないから……」



 新たな名前と共に一番の願いを言われて、シルフェリアは小さな子供のように泣きじゃくった。



 魔女はその日、最愛の人の逞しい腕に抱かれながら眠りについた。


 次の日も。その次の日も。次の次の日も。始まりを忘れるぐらいの時を重ねても。彼はそばにいた。

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