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婚約者を殺された赤毛の姫は、白髪の魔女になり復讐する  作者: りすこ
本編

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4/9

偽りの夜

 ハンスの胸に抱かれていると、二人の男女が部屋に入ってきた。

 一人は壮年の男性で、一人は異様に可愛らしい女性だった。


「あらぁ、その子は……」


 女性が片方の眉を上げて近づいてくる。ハンスは抱きしめていた手をゆるめ、自分を庇うように前に立った。


「母上……」

「ねぇ、ハンス。その子、赤毛のお姫様でしょ? 狂王の血を引くものを庇ってどういうつもり?」


 女性が顔をしかめる。


「彼女は我々と同じく赤の王に抑圧された方です。それなのに……彼女は赤毛であることを悔いて私に首を差し出してきたのです! 彼女に罪はありません! これ以上、彼女を追い詰めることは言わないでください!」


 己の正義をふりかざすハンスに女性は顔をひきつらせた。


「そのぐらいにしておきなさい」

「あなた……」


 壮年の男性が女性の肩に手をおく。あなた、ということはこの人はハンスの父親か。


「シルフェリア姫ですね」


 壮年の男性は腰を屈めて自分と目線を合わせてきた。


「私の名前はブラントと言います。妻のオンディーヌの言葉を許してやってください」


 この男がリーダーだろうか。殺意が心に満ちて黒い力がぞわぞわ巡る気がしたが、シルフェリアは儚げな顔を取り繕う。


「いいえ。オンディーヌ様の怒りも当然ですわ」


 弱々しくいうと、ハンスが心配そうに自分の手をとる。


「父上。姫をここに置くことを許してください」


 ブラントの瞳が厳しいものに変わる。ハンスは負けじと見返した。


「いいよ」


 ブラントは穏やかな声を出して離れていった。不満げなオンディーヌの隣にたつ。


「あなた……」

「大丈夫だよ。君の力があれば、我々は無敵だ。それにあんなに男の顔をしたハンスを私は見たことがないからね」


 軽快に笑ったブラントに、ハンスは嫌そうな顔をする。


「さぁ、気を取り直して宴を始めよう。我々の完全勝利だ。美酒に酔いしれようじゃないか」


 ブラントの一言に、緊迫していた周りの顔がゆるむ。

ざわめきが戻り、飲めや歌えやの無礼講が始まった。


「俺は自由になった!」

「ざまぁみろ、赤の王! 地獄の悪鬼に食われて魂ごと滅びてしまえ!」


 エールを頭から浴びながら男たちが騒ぎだす。濡れた男はシャツを脱ぎ捨て、笑いながら殴りあいまで始めた。

 あまりのお祭り騒ぎに言葉を失っていると、盛大な笑い声が聞こえた。


「わっはっはっは! 本当にオンディーヌ様の〝透明の波〟は奇跡の力ですな」


 酔っ払った老騎士がオンディーヌに話しかけていた。


「まぁね。わたしの力があれば人の子なんて一捻りよ」

「さすが、精霊様ですな」


 彼女は人ならざるものだったのか。秘密を知りたくなり、隣にいたハンスにおずおずと尋ねる。


「オンディーヌ様はすごい方なのですね……」


 ハンスは頬をかいて笑う。


「母は元々、水界に住む水の精霊だったのですよ。父に一目惚れして、地上にきたそうです」

「そうだったの……ですね。あの……透明の波と、聞こえたのですが」

「あぁ。あれは呪いの一種ですよ」


 あっけらかんと言われて、シルフェリアは薄く口を開く。


「透明の波に触れたものは、眠ると死ぬ呪いにかかるのです。正確には、意識して呼吸をしなければならないのです」


 首をかしげると、ハンスは優しく微笑む。


「我々は寝ているとき、無意識に呼吸をしていますね? だけど、透明の波に触れた者は意識しないと呼吸ができなくなります。眠ると意識は途切れるので、無呼吸症候群に陥って死に至ります」

「そう……なのですか……」


 返事をするのがやっとだった。眠れることが許されず戦ったあの人の苦しみが心に流れ、うまく呼吸ができない。


「赤の王とて人です。眠らずにいられないでしょう。サラマンダーの鎧に打ち勝つ方法は他にありませんでした」


 シルフェリアは奥歯を噛み締めた。笑顔を張り付けて、再び問いかける。


「それではオンディーヌ様に敵うものはいないですわね。精霊なら人より寿命が長いでしょうし……」

「そうですね……あぁ、でも……」


 ハンスが苦笑いをする。


「母は恋の制約が多いんです。母は父に出会う前に人の男に騙されましてね。水界の王に叱られたそうです。それから、恋した相手が浮気をすると、相手を殺さなければならなかったり、水の近くで罵られると水界に戻らないといけないそうですよ」


 ハンスは肩をすくめて前を見る。視線の先を追うと、オンディーヌがブラントに抱きつきキスをしていた。ブラントは照れながらも彼女の腰に手を回す。あまりにも奔放な彼女の行動に開いた口が塞がらない。


「あの通り。二人は恥ずかしいくらい愛し合っているので、心配ないと思いますが」


 ハンスが黙ると、辺りは異様な空気が漂いだす。二人に煽られて男たちが女を囲いだしていた。あまりの光景に目をそらす。


(……まるでケダモノだわ……)


 厳粛に育てられた自分には理解しがたい行動だ。吐き気がしそうで、指先が震えて氷のように冷たくなった。


「姫……顔色がすぐれないようですが……」


 心配そうな顔をされたが、彼の指先から耳を塞ぎたくなる情熱が流れてくる。おかしくて笑いだしそうだ。


(そう……わたくしの婚約者も家族も殺しておいて、あなたはわたくしと家族になりたいの……)


 失くしたものを補填しようとでもいうのか。人は遊具のように代わりのきくものではないのに。


 ハンスの青い瞳を見つめる。眩しいほどまっすぐで、己の正義に燃えた瞳だ。あの人の悲しみを称えた瞳とは違う色。


(シルフェリアは死んだ。わたくしは魔女……)


焦がれた視線を送ると、彼は首をふる。


「……っ。姫。いけません。このような場所で……」

「なら、どこでなら?」


 ハンスの喉仏が大きく上下に動いた。

 身を引きちぎられそうな嫌悪感はあったが、のまれまいと背筋を伸ばす。


 沈黙の後、ハンスは自分の手をとり、ぐいぐいと引っ張った。掴まれた手が痛い。そのまま部屋を後にした。



 ──バタン!


 別室の扉を開くと、ハンスは部屋の前で立ち止まった。欲と恐れが入り交じった青い瞳で射ぬかれる。


「姫……部屋に入ったら本当にご覚悟を。今宵、私はあなたを妻にします」


 覚悟を突きつけられ、心が揺れてしまった。死んだはずのシルフェリアが泣き叫んでいる。


(大丈夫よ……)


 慰めるように心で呟いて、震える指先を彼に差し出した。



 ──バタン。



 彼に抱きすくめられ扉が閉まる。薄明かりの部屋でみるハンスの青い瞳は仄暗くなっていた。


「……ずっと、あなたが欲しかった……」


 突然の告白にシルフェリアは目を見開く。彼は自分の髪の毛を何度も手ですくって、自嘲の笑みをもらす。


「あなたは月に一度だけ、王城から民衆に向けて手を振っていましたね。その時に、私もあなたに手を振っていたのですよ? あなたから見たら私など民衆の一人で、存在など気づきもしなかったでしょうけど」


 それは幸せだったときの話だ。権力の象徴を配下に見せるため、赤の王子と揃って民衆に顔をみせた。

 あの人の隣にいることが誇らしくて、満たされた気持ちで手をふった。


 幸せでとろけた顔をしていたと思う。それを目の前の男は見ていた。


(お兄様への気持ちをこの人は知っていた……?)


 ハンスが自分のドレスの紐を解いていく。シルフェリアは薄く口を開いたまま動けずにいた。


 ドレスが足に絡まりながら滑り落ちたとき、ようやく理解した。


(この人は最初からわたくしを……欲して……)


 だから、赤の王子は執拗に剣を刺されていたのか。



 ぞわりと冷たいものが背筋を這い上がった。ハンスは目を細め、自分の頬に手を添える。反射的に顔をそらす。顎をとらえられ、無理やり目が合う。


「──ご覚悟を……と、私は言いました」


 選んだのはあなた──と、責めるように唇を奪われた。知らない、慣れたくない感触がした。


 初な体は、血塗られた手によって開かれた。


 ハンスは女性の扱いに慣れていた。流れそうになるが、心だけは奪わせまいと枕に顔を押し付けて声を殺した。


 彼の侵入を許すのもすべてはあの人のため。彼には種馬になってもらうだけだ。



 カミサマは言った。


『──魂ってものは、巡るものなんだよ。一度、天に昇っても再び地に落ちてくる。落ちてくる条件がね、同じ容姿──(うつわ)が見つかったらなんだ』


 カミサマは指を上に向けた後、再び下に向けた。


『君がここで死ねば赤毛の一族は絶える。だけど、君が生き残り子を成せば、赤毛の一族は続くだろう。君の愛しい人が再び地におりる条件が作り上げられるよ』


 にたりとカミサマは笑う。


『君の愛しい人の器ができたら、赤の液体を飲ませるんだ。これは、君との思い出がつまった赤の王子の記憶。飲ませれば、君を思い出す。

 ボクらの言葉を使うなら、前世の記憶を思い出すってことなんだ。

 まぁ、記憶を与えたら、ちょっと混乱すると思うけど……大丈夫だよ。くくっ。元はひとつの魂だったんだ。前世と今の人格は、問題なくひとつにまとまるよ』


 カミサマは悪魔のように笑った。


『理屈は理解しなくていい。大事なのは君がどうしたいかだ。ねぇ、彼に────でしょ? なら、迷う必要ないんじゃない?』







「────────……!」



 口から呼べないあの人の名前がでる。女の声で被せて、ハンスから隠した。



 欲しいのは、種だけ。


 その種が芽吹いて、あの人の体を作る日を夢見ている。


 誰に理解されなくてもいい。


 自分はヒトを捨てた。


 狂った魔女なのだ。










「ぐっ……がっ…………」


 夜遅くシルフェリアはバルコニーに駆け込み、嘔吐していた。


 好きでもない男に体を暴かれた気持ち悪さが吐き気となっていた。


 いくら大丈夫だと気を張っていても、心が追いつかない。胃を空にすると、口元を乱暴にぬぐった。こんな野蛮なしぐさ、前の自分ならしなかった。


(わたくしは魔女になってやるのよ……)


 心の中で泣いている小さなシルフェリアから目をそらして、ハンスが眠る部屋に戻った。

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