第一章 7、過去からの告白
「どうして知っているのですか!?」
姫子は三度驚いた。
どうやらこの十八代目巌鉄斉と名乗った老爺は、自分やヤマヨシが何処から、なんの目的で来ているのかおおよその見当がついているのだと姫子は直感した。
和室内から見える小振りな庭。泉水からチョロチョロと水が流れる音だけが耳に入り、巌鉄斉の趣味であろうか、沓脱石の脇に据えられたいくつかの桶には様々なメダカが元気に泳いでいる。
長閑な風景の中、室内の柱に括られた古い掛け時計が、午後3時を知らせる音を響かせたところで姫子は我に帰った。
姫子は慌てて、話し掛けようとした時、兄を呼び付け戻ってきたまことと栞菜に遮られた。
中央奥に巌鉄斉、麦茶の盆をテーブルに置いたまことと栞菜がその右手に座り、左手に青貝の装飾がなされた文箱を持ったまことの兄・柊一が座り、姫子とヤマヨシと向かい合った。
一同が座ると巌鉄斉は姫子に事の経緯を話すよう促した。
姫子は意を決したように、夢中で話し始める。
「実は私達は過去からある人達を探しにこの時代に参りました。ある災いを鎮めるために、この時代の人々の力を借りにやって来たのです」
そこまで言って姫子は、喉の渇きを潤すために、頂きますと丁寧に言ってから麦茶を飲んだ。
そこでヤマヨシが代わりに話を続けた。
「左様、実は我々の時代は度重なる地震や天候不順による水害などが頻発し、領民の暮らしが立ち行かなくなる寸前なのです。領主として、なんとかこの難局を乗り切るため、この災厄の元凶と噂される下田は吉ケ平地区に生息するといわれる、伝説の大蛇退治を決行することになったのですが…………」
ヤマヨシの話では、越後守護(ヤマヨシの上司)に討伐の嘆願書を出し、全国に名が轟く鍛冶屋である巌鉄斉に武器の鍛造を願いに伺ったのだという。
だが、その巌鉄斉はこの災厄を鎮める為には五人の巫女の力が必要であると助言してくれたらしく、その巫女は遠い未来に存在するとも語ったのだとか。
輪廻の首飾りを与えられ、言われるがままに今こうしてここにいるのだと述べた。
姫子はその話を元々はヤマヨシと知り合いであった自分の父親から聞き、巌鉄斉の強い薦めで同行することに決めたのだとか。
出立の日、巌鉄斉から火花のイヤリングが書かれた懐紙を渡され、それを知っている者、または持っている者を見付け出し、協力を願うようにと助言されていたのだ。
その人物こそが巫女か巫女に関わる者であるという。
姫子とヤマヨシはそれがまことと栞菜であると熱い視線を二人に向け、なんとなく薄々は感じていたのだが、まことも栞菜もあまりのスケールの大きさに唖然としてしまっていた。
「まこと殿と栞菜殿には是非とも同道願い、我等の時代にて助力頂きたい!」
「あなた方の力が必要なのです! どうかお力をお貸し下さいませんか」
それは悲痛な叫びであり、切羽詰まった苦渋の表情であった。
重苦しい空気の中、口を開いたのは巌鉄斉だ。
巌鉄斉は実は姫子とヤマヨシが過去から来たことも、火花のイヤリングを持つ者が選ばれし巫女であることも知っているのだと嘯いた。
そして根付を作らせたのは自分であるとも言った。
それを聞いたまことは、どういうことなのかと当然質問したが、巌鉄斉はそれを制止し、姫子に本当に大蛇が原因で災いが起きているのか訊ねた。
「何を言われる巌鉄斉殿! 姫子殿は大蛇を代々祀ってきた家柄の巫女であり、姫子殿の父上であられる軒猿衆の棟梁と、大蛇が生息するといわれる雨生ケ池周辺の者達からの退治嘆願がワシに寄せられているのですぞ!」
「だまらっしゃい!!」
それは巌鉄斉の大喝だった。
巌鉄斉はあくまでも姫子に聞いているのだとヤマヨシを黙らせ、姫子が口を開くのを待った。
長い沈黙のあと、姫子が自分の思いを吐露し始めた。
「私は…………私は大蛇が諸悪の根源ではないと信じています! 姫小百合の郷の人達も、ずっと大蛇の御加護があって自分達の生活が成り立っているのを知っているはずなんです。ですが最近、郷の周辺で地震や山津波があったりして……それに呼応するかのように大蛇が雄叫びをあげたりしているから不安になっているだけなんです…………」
姫子の本心を聞いたヤマヨシは目を丸くして驚き、困った顔をしながら唸り、腕組みをして考え込んでしまった。
そんなヤマヨシを見ながら手を口に当てて小声でまことが栞菜に質問する。
「ねぇ、根付ってなんだっけ?」
「えっ、知らないの?! お祖父さんに根付を作れって言われたんじゃないの」
「根付のイヤリングを作れって言われたんだけど、根付が何か分からなかったから、その時イメージが湧いたイヤリングを作ってみたのよね……」
「それで? お祖父さん何も言わなかったの?」
「特には…………」
栞菜は得意気に根付のウンチクを始めた。
小物入れなんかを腰帯に吊るす金具であり、時代劇などで町娘がよく帯から鈴を垂らしてる物が根付であると説明。
江戸時代に流行ったはずであると付け加えた。
「でもイヤリング作っても何も言われなかったのなら大丈夫なんじゃない? てか懐紙の絵もイヤリングなんだし」
「そっ、そうね…………けどなんで昔の人がイヤリング知ってるのかしら」
「確かに! 疑問の連続だわね」
そんな小声の会話が終わった頃に、ヤマヨシがハッキリした口調で言ってのけた。
「ふぅ~む。わからぬ! 民の声も信じたいし、姫子殿の言葉も信じたい! が、巫女殿をお連れし、巌鉄斉殿に引き合わせれば解決するような気が致す。それまでは姫子殿の意見に従いますぞ」
自分を信じてくれたことに感謝した姫子は、嬉しそうな顔を浮かべてヤマヨシに笑顔を送った。
「ありがとうございます、ヤマヨシ様! 巫女様方をお連れしたらすぐに連れて参れと巌鉄斉様も仰っておられましたし」
「よしよし、これで姫子殿とヤマヨシ殿の話は大体わかった。さて、今度はまことと栞菜の見解を聞こうかの」
と、言って巌鉄斉はまことと栞菜を交互に見やるのであった。
次回 8、ネオ栞菜、咆哮!