表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

67/116

第三章 19、続・三条を離れられない理由

 まことはとっくに飲み物を買って戻っていたのだが、やはり邪魔をしてはいけないと病室の外でしばらく待ち続けていた。

 聞く気はなかったのだが、静かな院内は声をよく通し、言葉を運んでくる。



理由(わけ)って何よ?」


 繭子の手を握ると紗南はすがるように詰問した。


「うちの旦那ね、今年の春に亡くなったの…………」


 衝撃的な告白に紗南は思わず息を飲み、廊下の壁に持たれて聞いていたまことも驚いたように目をむいた。


「ど、どうして……」

「事故に巻き込まれたの。飲酒運転で暴走する対向車を避けようとしたんだけど、ちょうど小学生の登校時間でね。避ければ大勢の小学生をはねると思ったのかな? そのまま直進してしまったそうよ…………」

「…………なんてことなの」


「呆気ないものよね。あんなに産まれてくる子を待ち望んでいたのにね。けれどあの人の優しさが出会(でくわ)した子供達を守ったんだって。その場に居合わせた目撃者の方がそう言っていたって……後で警察から聞かされてね。」


 繭子はまた外を向くと一言ポツリと言った。

 

「本当に優しい人だったから」


 あまりの出来事に紗南は返す言葉もなく、繭子の手を強く握った。



「それでね、お義父さんとお義母さんは一緒に暮らそうと言って下さったんだけど、彼が生前何度も言っていたことをやらなきゃって思って三条に残ったの。お義父さん達も三条に住んでるんだけど、今は市外に避難したんだけどね」


「さ、三条に残って何をしなきゃならないっていうのよ? その身体で!」


 紗南は繭子の体調とお腹の子供のことを考えると、そう言わずにはいられなかったに違いない。

 まこともうつむき加減で下唇を噛み、拳を握った。



「生前、彼がね。あたしの父親と一緒に暮らそうって言ってくれていて。だけど昔の父さんじゃなくなったのはあたしがよく知っていたし、大切な彼と彼の家族に迷惑はかけられないってずっと断ってたのね。だけど、彼が死んだことで、ふと父さんに会ってみようと思って、数年振りに訪ねてみたのよ」


(そうか! 刈谷って繭子の旧姓よね! ってことは)

「お父さん、元気だった!?」


  繭子は一度だけ首を横に振ると、お腹を見詰めた。


「末期のガンでね。あと少ししか生きれないんだって…………」


 きっとそれを聞いた紗南とまことは神様にすがるように願ったに違いない。



『どうか、どうかお救い下さい』



「父さん、みる影もないほどやつれててね。人が変わったかのように涙を浮かべてあたしに言ったわ」



「今まですまなかったな。お前がいてくれたから父さんも母さんも頑張れてたってのに…………」

「もういいのよ! それよりも見てよ! 赤ちゃんが産まれるんだよ! 父さん、初孫だよ!」


 父親は真っ青な顔色とくすんだ双眸(そうぼう)にみるみる生気が戻ってくるように笑顔を作り、それはそれは喜んだそうな。


 少し笑顔になった繭子は眉を下げて続けて言った。


「出産予定日が10月2日なんだけど、再会した時には父さんの寿命はあと半月くらいだろうって…………」


 運命のいたずらはどこまで残酷なのだろうか。

 無事に出産し、初孫との対面を果たすのが早いか、産まれる前に父親の精魂が尽きるのが早いか。

 みんな間違いなく前者を希望する。



「だから出産の時が来るまで、父さんの側にいようと思ってね。それに彼が眠っているんだもん。この土地に」


 まことは急な怒りを覚えた。

 動ける者は逃げることはできるが、動けない者はどうすればいいのかと。


(違う! 私達が全てを解決すればいいだけよ!)


 まことの取り留めもない怒りは沸々と沸き上がる使命感に変わった。

 それは奇しくもまこと達が、黒龍・無縁打倒の狼煙(のろし)をあげる日と重なったからでもあったか。



 紗南はそれからもずっと繭子の手を握り続け、繭子もそれに答えるように握り返し、紗南の掌をお腹に当てるのだった。


「ごめんね。連絡がないのは元気な証拠だって。勝手に思って過ごしてきていたわ……」


 紗南はポロポロと涙を流したが、弱々しくも笑顔を向ける繭子は気にすることないと手を握り返した。


「いいのよ。紗南がマルシェで頑張っているの人づてに聞いて知っていたし、元気でやってるなぁと思っていたし」


 2人は昔と変わらぬ友情を確認するかのように、共に涙をながし、共に生きる()を噛み締めた。



 まことは落ち着いた頃合いを見計らって、さもたった今戻ってきたかのように扉を開けると不自然なまでに明るく振る舞っていくのであった。



 次回 20、この思いよ届け!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ