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第三章 8、鎮地盤の完成と影虎、独白

「よし、出来た」


 影虎はそう言うとたった今、書き終えたばかりの書状を乾かすための短い時間を使って素早く頭を回転させ、各家臣に様々問いただした。


「今現在、この三条地区の被害状況を知らせぃ! それと京へ卸している青苧(あおそ)(高級織物の原材料となる多年草)の交易の見直しを計る。よりよく効率的な集荷と海運での販路を増やす。直江津(なおえつ)出雲崎(いずもざき)、更に寺泊(てらどまり)! その際、新たにかかる人員はこちらで考えておく。よいな」


 

 この時代の越後は今日(こんにち)の名称である新潟と名のつくとおり、潟(湖や池)が無数に点在し、もちろん稲作はあったが現在のような収穫高もなく、青苧で国を立ち行かせていた。

 影虎が強く押し進めた青苧の商いは越後に豊かな暮らしを生み、軍費の大半も占めていた。

 米所となるのは明治以降である。


 暴風のような影虎と家臣団の質疑応答はなおも続いたが、大きな地震で一旦は止まった。


 ゴォォォォォォォーン


「むむ? この揺れは…………」

「またじゃ。昨晩と同じじゃ。しかしこれまでの地震とはまた違った揺れ方だが…………」

「小島! この揺れは昨晩からと申したな? それから何回このような揺れがあった」

「はっ! 昨晩、殿が巌鉄斉殿に連れられて参った少し前に一度、そしてたった今と計二回に御座ります!」


(この揺れは()()()の地震ではないことはワシがよう知っている。明らかにじじぃ逹が鎮地盤を築いた証だ。しかしまだ二つ目か…………少し時間がかかりそうだ)


「よし、嵐蔵! この書状を持って四季彩一族の長に渡して参れ! だいたいの居所は思案していような?」


 嵐蔵は影虎から命を受けた時からずっとその事を考えていた。直接戦火に巻き込まれず、だが合流するには遠すぎない場所を頭の中に地図を広げて考えていた。


「ははぁ!」

「よし、ワシの花押(かおう)(その武将独自のサイン)も押した。吉報を待っておるぞ! わかったら()け!」

「承知!」


 軒猿・嵐蔵は書簡を携えると疾風迅雷(しっぷうじんらい)、瞬く間に姿を消すと、風が煙を巻くようであった。


「殿! 我々はいかがいたしましょうや?」


 報告を終えた後はじっと静観していた山吉が間髪入れず質問した。


「先程も申した通りじゃ。この地域の被害状況を把握し、被災者には手を差し伸べ、急ぎ避難所を設ける! この城はもちろんのこと、各寺から庄屋宅など広い建物を借り受けて参れ。それと柿崎、その方は急ぎ春日山へ戻ってな、必要な兵糧(ひょうろう)を運搬致せ。避難民の食とする。目安は小島、そなたが指揮せよっ」


『ははぁ!!』


 そう言って柿崎と小島、諸将は急いで書院を後にした。

 長尾軍は再び指揮官からの指図に、水を得た魚のように目まぐるしく活動し始めた。そんな見事な采配を頼もしそうに見詰める山吉は言った。



「殿。殿が巨大な龍と知って皆驚いておりました。が、誰一人として離れる者もなく、殿の指示に従っております。一重に殿の人徳と心得ておりますが、如何(いかが)か?」


 その一言にニタリと笑った影虎は山吉にだけは少し本音を漏らした。


「ワシも変わらねばならぬて。これまでより一層性根を据えて越後の行く末を安泰のもとにしたいと考えておる。」

「ほう。何故ですかな?」

「な、何故じゃと!? またこやつは訳のわからぬことをぬかしくさる!」

「はぐらかしますかな?」

 

 山吉はなおも笑って質問をした。


「フン! ワ、ワシも咲良逹、鍛冶ガールと出会って、自分の運命は自分で切り開くべきと。そう思ったまでじゃ! もう迷ったり、虚脱に苛まれぬよう、義に(そむ)き恩を忘れる者共を誅滅(ちゅうめつ)する! ワシは一生、義に殉じて生きようぞ」



 山吉は以前から影虎の苦悩も何もかもを肌で感じて知っていた。いや、それはおそらく柿崎も小島もまた同様であったであろう。

 だからこそ三者三様の気配りで影虎と接してきたのだ。


(友と呼べる者もなく、おいたわしや…………)


 常々そう思ってきたのだが、鍛冶ガールの、特に咲良と仲良くなってからの影虎は明らかに人として成長し、感情もまた自然体な青年となった。

 山吉は嬉しかった。


(これで咲良殿を嫁御(よめご)にでも貰えれば重畳(ちょうじょう)なのだが…………)

 

「無駄話はもうよい! ここはそちの領地でもあろう! さっさと調べて参れ!」

「はっ!」


 山吉は満面の笑みで一礼すると書院を出ていった。


「助作! 格兵衛はおらぬか! 急ぎ三条をぐるりと巡って参るぞ! 馬を引けぃ!!」



 その後、1日毎に例の揺れが起き、3日後には遂に鎮地盤が完成することとなる。完成するや、堅く守るように神聖な霊気が三条地区一帯を覆い、悪霊や人に危害を加えるような妖怪は姿を消した。


 そのまた数日後には遂に叛乱党・四季彩が分隊を指揮し、三条城を目指して進軍を開始、長尾軍との小競合いが起こるようになる。

 

 そんな小競合いが始まり、避難場所と難民の受け入れをほぼ完了した頃、顔を泥と汗とで真っ黒にした嵐蔵が吉報を持って、そして一人の老人を伴って影虎の前に姿を現した。



 影虎は老人と会釈を交わすと、鋭い眼光で睨んだ。


(おさ)よ、万事(したた)めた通りじゃ。そなたら一族の行く末は長尾影虎が後見しようぞ」

「影虎様、(かたじけ)のうござる。四季彩神無(かんな)と一族から叛乱党に与した者共がこと、宜しくお願い致します」

 

 なんと嵐蔵は四季彩一族の長を連れて来たのだ。

 大分くたびれた感のある長を見るだけで、その一族がいかに()()を飲まされてきたかが伺われ、初老の長は深々と頭を下げ、影虎に全てを委ねた。


 ニコッと笑った影虎はウムと大きく頷くと、軍勢の指揮に取り掛かった。


()()()か。フフン、面白い! よし、各将に伝令! 一斉に兵を引き、手筈の位置にて防衛線を引けぃ! 何人(なんぴと)たりとも領地内へいれるでないぞっ」


 そしてサラサラと殴り書きの書面を巻くと、巌鉄斉の元へ小者を走らせた。


「期は熟した。待っておれよ、四季彩()()とやら」


 竜口(たつくち)を強く握ると、黄色くくすんだ空を見上げて一言発するのであった。




 次回 9、少数精鋭! ワシが長尾の影虎じゃ


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