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 第三章 7、悲しき侵略者と影虎思案

 ピーヒュルルーピーヒュルルルー。

 (とび)長閑(のどか)な鳴き声に意識を取り戻した影虎は、三条城に帰還したことを悟ると、天井を一点に見詰め、咲良のことを考えていた。


(あやつは元気であろうか…………)



 思えば自分の人生を自分自身で決めたことは一度もなかった。幼少のみぎりに寺へと預けられ、修行に励んだ時期もあった。

 しかし、お家の勝手で俗世へと戻ると、十四歳で元服(げんぷく)(成人した証)し、それからは各地を転戦し続けてきた。


 数多の勝利に初めは言い表せぬ高揚感(こうようかん)を抱いたが、あまりにも無益な戦いの数々に、次第にそれは色褪(いろあ)せ、虚脱感が多くを占めるようになっていた。


(人は何故、戦うのか? 領地を守るためか? はたまた家族か、大切な誰かが為か………)


 答えの出ない問答にいつも嫌気がさした。


(では、侵略する側はどうか? 領地を広げなんとする? (かし)こくも天子(てんし)(天皇)様がおわす()(もと)で、政治を任された征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)が存在し、現に室町幕府という舵取りがいるではないか? なのに切り取り上等の世の中が何故おさまらぬのか…………)



 影虎はムシャクシャすると、決まって愛馬にまたがり、心行くまで駆け巡った。何も考えないで駆けている時だけが、渦巻く疑問を忘れられる唯一の行為だったのだ。


 しかしそれでも逃げる訳にはいかなかった。自分は国を守る守護代という立場であり、誰かに自分の下駄(げた)を預けられるほど従順な人間でもなかった。

 ただ、無慈悲に摘まれる民草の涙と悲しみだけはなくしたいと思い、今までも、そしてこれからも自分は()のためだけに戦場を駆け巡るのであろうと、漠然(ばくぜん)と思っていた。



 家臣の前ではいつも才気(みなぎ)英邁(えいまい)な姿を見せる影虎は、内心ではそう感じて生きていた。

 そんな昨今、一人の少女と出会った。

 人生になんの躊躇(ちゅうちょ)もせず、ただただ自身のやるべきことだけに邁進(まいしん)する溌剌(はつらつ)さは見ていて爽快だったし、羨ましくもあった。


 女性を女性として見る余裕がなかった影虎に、始めて恋という感覚を与えてくれた、その天真爛漫(てんしんらんまん)な少女と共に、何かを成し得たい。


 今の影虎はそんなふうに、個人的な意思も併せ持つ人間へと成長していた。

 またぼんやりと少女の顔を浮かべてみる。


(影虎!)


 不意に咲良が影虎の心へ語りかけた気がした。


「おぉそちか。待っておれ、今ワシらも頑張っておるところじゃ。共に手を携えてなぁ。いつか必ず…………」


 影虎はそう言うと、フフッと笑った。



 夜半に気絶した状態で搬送された影虎を心配し、寝室外の廊下で控えていた山吉(やまよし)は偶々、その独り言を聞いてしまって、声を掛けるタイミングを失いかけたが、事態は切迫していることもあり、意を決して話し掛けてみた。


「と、殿。お目覚めでござるか?」


 その声にビックリした影虎は慌てて起き上がると顔を真っ赤にした。


「な、なんじゃ()ったのかっ! す、すぐに支度致すゆえ、皆を書院に集めておけっ」


 影虎の脳裏から咲良はフッと消え、今まで(めぐ)らせてきた思案を物凄いスピードで順を追ってまとめあげると、衣服をただし、皆が集まる書院へといつもの性急な足取りで向かった。



「皆のもの、面を上げよ。各々(おのおの)、報告があるであろう。順番に、仔細に申せ。まずは柿崎!」


 いつものことだが、余計な手間は省き、ビシッと本題に入る影虎だ。

 一同にピリリと緊張感と威圧感がのしかかった。


 柿崎、小島、山吉の三将の報告は叛乱党の分隊の居所であり、影虎にとってそれほど重要なことではなかった。


「よし、次! 軒猿! 報告せよっ」


 今や遅しとじっと順番を待っていた軒猿・嵐蔵(らんぞう)は片膝立ちになると、冷静に、そして淡々と見てきたものを仔細に述べ始める。


 今回の一件の張本人であり、神々を束ねる神龍族の中にあって、絶大な力を持つ八龍神の一人、黒龍・無縁の存在を事前に聞かされていた影虎は眉ひとつ動かさず聞き入っているが、他の者には動揺が走った。


 なおも語り続ける嵐蔵の話に、自分の思案が当てはまる糸口をじっと待つように聞き耳を立てる影虎。


「その黒ずくめの男との会話の中ででありますが、叛乱党を率いる女部隊長は、四季彩(しきさい)というまだ若い()()()でありまして。どうやら遠く越前の出身だとか」


 そこまで聞いて突然、影虎が口を開いた。


「何!? 越前じゃと? ワシはてっきり越中(現在の富山県)か信濃(長野県)あたりの部隊と思っていたが。何故、遠い越前のその四季彩という女が部隊を指揮しておるのだっ」


「はっ、どうやら越前にて戦か何かに巻き込まれ、一族郎党焼け出された模様。流れ流れ叛乱党に組織されたのだと会話から推察致します。越後の地を奪い、新たな住みかを得て、何処かに残してきた一族を迎えたいと。そのようなことを言っておりました」

「それだ!」


 そう大声で言うと立ち上がり、己の思案と結び付いた女部隊長・四季彩をもっと詳しく話せと急かした。


「現状ではそこまでにございます!」

「よし、ならばそやつの一族郎党が仮の住みかとする場所を見つけ出し、一族の(おさ)に我が書状を渡して参れ! 今すぐ(したた)めるゆえ!」

「はっ! かしこまりました」


 影虎はサラサラと何事かを書き連ねている最中に、固唾(かたず)を飲んで見守る家臣らに一言呟いた。


「上手くいけば大きな戦はせんですむかもしれぬぞ」


(待っておれよ、戦乱の犠牲者よ。ワシが必ず救ってみせようぞ)



 考えの及ばない家臣団、柿崎と小島は顔を見合い首を傾げるしかないのであった。



 次回 8、鎮地盤の完成と影虎、独白。

読んで頂きありがとうございます。

まだまだ続きますが、ご意見やご感想がありましたらお寄せください。

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