第二章 18、それぞれ ~姫子~ 娘の涙と母の涙と
(大丈夫かい?)
(えっ?)
(君が長尾の軍勢と行動を共にしているとは思わなかった)
(白夜様! 今までどこにいたの? 大きな地震があったあの日からずっとずっと探していたのに…………)
(ごめんよ、僕も君を守るために戦っていたんだ。だけどそれももう終わる…………)
(どういうこと!? 白夜様!)
姫子は夢の中で白夜と呼ばれた青白い青年と会話をしていた。恐ろしいほど鼻筋の通った眉目秀麗な青年だったが、どこか影のある。そんな若者である。
「白夜様っ!」
姫子はぐっしょりと汗をかき、苦しそうな表情をして眠っていたが突然そう叫ぶとガバッと起き上がった。
慌てて周りを見渡すと見覚えのある懐かしい風景が不意に姫子の涙腺を刺激し、滂沱の涙が出た。
姫子が寝かされていたのは自分の家の自分の部屋であった。協力者を求めて山吉と未来へ旅立った日からこのかた故郷へも帰ってはいなかったし、ましてや自室で眠ることなど想像すらしていなかった。
自宅へ戻れた安心感からか、それとも白夜と呼ばれた青年との邂逅を果たしたからなのか。
とにかく、姫子はその可愛らしい顔をクシャクシャにして泣き続けた。
「姫子? やっと起きたのね! 良かった、このまま目覚めないんじゃないかってずっと心配してたのよ」
姫子の意識が戻ったのに気付いて慌ててやって来たのは姫子の母・葵だった。可愛らしい姫子とよく似ていたが、落ち着きのあるその容姿は優しさで満ち溢れていた。おそらく咲良達が葵を見たら姫子は母親似であると納得したのではなかろうか。
「お母さん! 私、どうしてここに…………?」
涙は流してはいたが元気そうな姫子の姿を見ると安堵の表情を浮かべ姫子の問いに答えた。
「お父さんがね、傷付いたあなたをおぶって来たのよ。母さんも驚いたけど、お父さんね、ずっとあなたを探して山々を駆け巡っていたのよ」
「……そうだったんだ。大蛇様が助けてくれたんだよ…………」
「そうだってねぇ。お父さんから話は聞いたわ。あのお優しい大蛇様が人々を苦しめるなんて母さんも信じてはいなかったわ」
当代の大蛇鎮守の巫女は姫子であったが、先代は葵が努めていた。姫子の父であり、姫小百合・軒猿衆の棟梁であった嵐蔵と恋仲になり結ばれ姫子を産み、その役目を姫子に託すまで葵が大蛇と密接に関わっていたのだ。
よからぬ噂から大蛇が数多の地震を起こした災いの元凶であると郷の者達が騒ぎ立てても頑なに大蛇を信仰していたのだ。
「お父様にお礼を言わなくっちゃ…………」
「お父さんは出掛けてるわよ。方々に散っていた探索隊が続々と報告に来てねぇ。休む間もなく出ていったわ」
「そうなんだ……お母さん、私ね夢の中で白夜様に会ったの」
「白夜様って姫子がよく会っていたっていう初恋の人? だけどあの大地震があった頃から姿が見えなくなったんでしょ?」
「そうなんだけど。あの瞬間、大蛇様が白夜様に見えたの……」
「えぇ? 母さんがお仕えしていた時にはそんなことは1度もなかったけれど……あなたは私なんかより巫女の素質があって、昔から霊力が強かったからかもしれないねぇ」
優しい母の言葉に白夜との思い出が蘇る。
(小さい頃、崖から落ちて足を怪我してしまって。身動きが取れなくなった時に初めて白夜様と出会ったんだっけ。初対面なのに凄く親切で。それから幾度となく雨生ヶ池の手前にある雨生神社で待ち合わせしたんだ。そういえばあの頃から白夜様は見た目が全然変わってなかった!)
何事か真剣に考えている姫子の頭を葵は軽く撫でると静かに部屋を出て行った。
(そうだわ! 大蛇様と白夜様は同一人物だよ! あの水色の小袖だって、雰囲気だって似てるもん! 会いたい……会いに行かなきゃ)
そう思い立った姫子は寝床から出ると葵を探して部屋を出た。
「お母さーん! どこー? 姫子はこれから出掛けるから!」
慌ただしく家中を走り回りながら葵を探した。すると一室から葵の声がした。
「姫子、ここよ。入りなさい」
姫子は言われるがまま襖を開け中へ入って驚いた。葵は姿勢良く正座して姫子を見詰め、着替え用の小袖と姫子の腰袋、黒鐵とイヤリング。全てを揃えて待っていた。
葵は眦を下げ穏やかな表情で手招きして姫子を座らせると淡々と話し始めたか。
「姫子、雨生ヶ池には悲しい伝説があってね、その昔大蛇と村の娘が恋に落ちたのだけれど、周囲の反対もあって結局は結ばれず離れ離れになってしまうっていう切ない話なの……大蛇様が白夜って男の人に見えたってあなたから聞かされた時に、あなたもこの伝説をなぞるんじゃないかって思ったわ……けれどね、あなたは引っ込み思案だけど芯の強い子よ。あなたなら悲しい伝説なんて跳ね除けてきっと想いを遂げられるって信じてるわ!」
「お母さん……ありがとう! 私、雨生神社に行って来る! そしたらお友達になった人達の安否が知りたいから1度三条城に行ってみる!」
姫子は目蓋に溢れんばかりの涙を溜めて言ったが、一滴も流さなかった。その気丈な姿が母には愛おしくもあり、よくここまで立派に成長してくれたと葵は今にも抱きしめたい気持ちになった。
「行ってきなさい! それにせっかく出来た素晴らしいお仲間の方達と力を合わせて絶対この世界を救ってね! 母さんはこの郷からそうなるように祈ってるわ! ずっとずっと…………」
逆に葵が泣いてしまっていた。無力な自分が歯痒く、愛娘を危険に晒さなくてはならない無情さがそうさせたに違いない。
だがこれは娘に与えられた試練であり、今後強く生きて行く為の得難い糧となると信じて笑顔で送り出すつもりなのだ。
「うん!」
元気一杯に返事をした姫子は葵が用意してくれた淡い桃色の小袖に着替え、腰袋を装着し帯にみんなとお揃いの火花のイヤリングを付けると、決意も新たに雨生神社目指して出発したのであった。
「行ってきます!!」
途中、何度も首に提げた輪廻の首飾りに手を当てては、何度も誓うのであった。
(絶対この災いを阻止してみせるもん!)
次回 19、瑞神・大蛇様に恋い焦がれてます!




