第二章 16、それぞれ ~まこと~ 上空より思いを馳せて
それは風を泳ぐが如くであった。
ふわりふわりと中空を自在に飛び回る鳥のようでもあった。
まことはそれに抱き抱えられ、まさに大空を飛んでいた。
「ん、んん…………!? わわわわぁー! な、何なにぃー!?」
意識を取り戻したまことは突然の空中遊泳に驚き慌てふためいた。
「これこれ! そう暴れるでない。落っこちたら一貫の終わりぞ」
抱かれているまことは声のヌシの顔を見てまたも驚いたか。
信じられないくらい鼻が長い。達磨筆のような顎髭は途中でキュッと結ばれ白髪を風になびかせている。
烏帽子をかむり、派手な直垂姿であった。
脚には脚絆を巻き、恐ろしく長い一本歯の下駄を履いていて、背中には羽が生えている。
「あなたは…………て、天狗……様?」
「ほっほっほっ。おぬしらの時代にもワシはおるか?」
「はい! あっいいえ、天狗様のように風を自在に操ったりはしませんが…………」
まことは三条祭りの大名行列を思い返すとそう答えた。
毎年5月に行われる三条祭りは、文政年間(1822~)、三条周辺は村上藩(新潟県村上市)に属していた事もあり、六代藩主・内藤信敦が京都所司代の任につくと、御輿渡御に伴う大名行列が祝宴として行われ、現在もなお続いている。
家格は5万石であったが、行列の格式は10万石あったとかなかったとか。
まことが想像した天狗はこの行列と共に練り歩く天狗に扮した者のことである。長さ60センチもある一本歯の下駄で歩くため、当然左右に補助の人間がついていた。
(歩く速度もかなり遅くて、万が一天狗がバランスを崩して転倒した時は、その方角に火事だったかが起こるって言われてたっけ?)
と、回想していた。
天狗は顎に指を当て考え込むまことの顔を見ると磊落に笑った。
「おぬしらのことは巌鉄斉の爺から聞いておる。あの爺の話ではそなたら真っ先に爺の元へ行くのではなかったか?」
「……そうなんですけど…………色々と事情がありましてって、えっ?! 天狗様は初代・巌鉄斉様とお知り合いなのですか!?」
「ほっほっ。まぁな。吉ヶ平周辺の雲行きが怪しかったでな、気になって付近まで飛んでみたのよ。そしたらなんとそなたが飛ばされて来おったのじゃ」
「そうなんですね。……それはありがとうございました! それであの、色々とお話したいことがあるのですが…………」
「わかっておる。ゆっくり聞く為に今八幡に向かっとる。もう少し待て。今少し空からの越後を堪能するがよい」
話を中断されたまことは大空から三条を見渡した。予想以上に湿地がそこここにあり、そして予想外に田んぼが少なかった。
現在でこそ立地の良さそうな場所にある田んぼは軒並み埋め立てられ、整地された後で分譲され、新築の住宅が毎年のように立っていた。
つまり年々田んぼは減っているということだが、それに比べても天文の時代は田んぼが少ない。まことは昔から米所として有名だと勝手に思い込んで生きてきたが、どうやら実際は大きな隔たりがあるようだと感じた。
(もっともっと三条の歴史を知らなくっちゃ!)
そう思い改めたまことの脳裏にチラッと栞菜の顔が浮かんだ。
(そうだわ、みんな無事かしら? まずはそれが先だわ!)
そんなことを考えていると不意に鴉の黒い群が天狗を包むように包囲していたか。
「おい八幡の宮天狗! その人間はなんだ!? 取って食っちまうのかい? それだったら俺達もおこぼれに預かりたいもんだ!」
「かっ、鴉がしゃべってる!!」
「阿呆共が! さっさと行けぃ」
「ケッ! 偉そうに! 行こうぜみんな」
そう言うと鴉の群は離れていった。
まことはビックリしたが、天狗には話し掛けはしなかった。
超高速の得体の知れない影のような妖怪が天狗に挨拶して去ったり、雀達が天狗の周りでチュンチュンと囀ずったりしていた。
「なんとも騒がしいことよ」
辟易したようにボソッと呟いたが、表情は柔らかくなっていた。
「鴉も妖怪も雀も……みんな天狗さんと会話をしていたの? 信じられない…………」
ボソッと呟いたまことの言葉にまたも笑った天狗はこう言った。
「小さい小さい。万物は人間の常識に非ず。人間の思い込みこそ思い上がりよ。自分達を過信し、酩酊してはいけないということじゃ。さぁ着いたぞ、ワシの塒じゃ」
ピタッと停まったその真下に八幡宮が建っていた。
ゆっくりと下降していく天狗に、しがみつくようにまことは固くなって着陸を待つのであった。
次回 17、翠神・天狗はまことを気に入りまして!




