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第二章 15、耀神・気狐は気高く慈愛に満ちて

 千恵は奥の棚に大切にしまってあった鮮やかな薄茶の反物(たんもの)を出すと、それで人数分の着物を作ると言った。


「でもこれ凄く高そうな感じですけど本当にいんですか?」


 栞菜は恐縮して上目遣いで訊ねた。


「いいのよ。せっかく未来から駆け付けてくれた栞菜ちゃん達の為だもの。この反物(たんもの)はね、特殊な縫製で作られた希少な品でね、神聖な気を帯びてるの。邪気を払い、あなた達を守ってくれるわ。そしてきっとあなた達の()を引き出してくれる着物になるわ」

「そんな凄い品を…………ありがとう! ()千恵さん!」



 2人はさながら姉妹のように和気藹々(わきあいあい)と鍛冶ガールが身にまとう衣類の制作に取り掛かった。

 途中鍛冶にちなんで職人が着る作業着のように作ろうと相談したり、一人ひとりの背丈・体型を充分に考慮しての製作であった。

 作業は夜通し行われ、何度か中断し休憩を挟んでまた没頭。

 そして明け方にまで及んだ作業は無事終了した。

 人数分となるとそれなりに時間が掛かる。だが栞菜の手伝いもあってか幾分早く完成したのだ。

 二人とも満足のゆく完成品を見ると疲れなど微塵(みじん)も感じないよであった。



 白々と(かすみ)がかった川原へ水を汲みに行った千恵を、清々しい表情で送り出した栞菜はふと文机の上にある帳面に気付いた。

 その帳面にはこれまでの地震やら天災の(ことごと)くが刻名に記されているようだった。

 当時の字が読めない栞菜でも何となく書いてある内容は理解できたし見覚えがあるように感じたのだ。


(どこかで見たような…………)


 栞菜は一度大きく伸びをして首をひねって考えたが思い出せなかった。

 目の前にある完成した鍛冶ガールのトレードマークとなるであろうお揃いの着物を見ると心が踊って、すぐにその事は忘れてしまった。


「栞菜ちゃんの助けもあって予想以上の出来に仕上がったわ。あなたいい職人になれるわよ!」


 戻って来た千恵はそう言って栞菜を誉めた。


「そんなぁ! でも嬉しい! お千恵さんこそ神の領域ですよ! あの手捌(てさば)きは!」


 二人はお互いを認め合い、千恵は栞菜を妹のように思い、栞菜は千恵を尊敬できる姉のように(した)った。


 千恵が()れてくれたお茶を飲みながらも、妖艶(ようえん)で美しい千恵がどうしてこんな川原の掘っ建て小屋にいるのか。しかも一人で生活していることが不思議で仕方なかった。

 聞きたいことは山ほどあったが極度の疲れが出てきたのか、湯呑みを両手で持ったままコクッコクッと微睡(まどろ)んでしまう栞菜。

 千恵に促され、(むしろ)を敷いた囲炉裏の側に寝かされた栞菜は、満足しきった子供のように円くなり、小さな寝息を立てて眠りについた。

 フカフカの布団ではなかったが、夢見心地は最高だったに違いない。



 深い眠りに入り、夢を見始める栞菜。

 漆黒の闇の中でぽぅっと光る生き物がこちらを見詰めている。


(………き、きつね? 狐だわ! それも銀色に輝く狐だなんで珍しい! おいで銀狐さん!)


 夢の中で手招きした栞菜は、こちらを見詰める狐の瞳に覚えがあるような気がした。


(なんでだろ? どこかで会ったことのある優しい目。温かく包み込んでくれるような…………)


 不意にコンッと鳴いた狐は、高く飛び跳ねると一瞬にして姿を(くら)まし、再びの漆黒の闇に意識が遠のいていった。


 睡眠はほんの数時間であったが、栞菜は爽快(そうかい)な面持ちで起き上がると、ついた寝癖を手で()でながら大きくあくびをした。

 クンクンと食欲を掻き立てる匂いに誘われて勝手場へと四つん這いで近寄ると、それに気付いた千恵が振り向き様にニコッと笑い、おはようと一声掛けてくれた。


 栞菜はハッとし、夢で見た銀狐のことを思い出した。あの優しい瞳と千恵の笑顔が重なった気がしたからだ。


「あっ…………おはようございます!」

「丁度、朝ごはんの支度が出来たわ。一緒に食べましょ」


 千恵は炊きたてのご飯と具が少なめの味噌汁。そこに沢庵(たくあん)を添えた質素なメニューだが、どれも五臓六腑(ごぞうろっぷ)に染み渡るほど美味しかった。

 そして栞菜と千恵は食べながら今後のことを話し始めた。


「栞菜ちゃん、これからどうするの?」

「う~ん…………そうですねぇ。まずは皆が無事か気掛かりなんで、一旦三条城に戻ってみようかと思います! お千恵さんにも話したけど、私達神様を5人も見付けないとならないし…………早くみんなと合流しなきゃ!」

「そう。それなら近所に舟を出せる知り合いがいるから話を通しておくわね。舟ならこの五十嵐川を降るだけでお城に着くじゃない?」

「そうか! なるほど。本当に何から何までありがとうございます! このお揃いの服もきっとみんな喜びます!」


 溌剌(はつらつ)とした栞菜に千恵は慈愛に満ちた表情をして頷くと、後片付けも早々に話を付けに出掛けて行った。



 しばらくすると千恵が男の人と連れ立って戻って来た。小六とゆう名で目尻(めじり)の下がったなんとも親切そうな人でだった。


 栞菜は急いで支度をすると、風呂敷に包まれた着物を千恵から受け取り、お互い向き合って笑った。

 背が高い千恵は栞菜の頭を柔らかく撫で、もう一方の手を優しく栞菜の肩においた。栞菜は荷物を川原に置くと両手で千恵の腰に触れた。


「栞菜、困ったらいつでもいらっしゃいね。きっとあなたの役に立てる()()だから」

「えっ? あ、はい! お千恵さんも元気でね!」


 と、短い言葉を交わすと抱き合った。


 栞菜はふらつきながら舟に乗ると直ぐに振り返り手を振って別れを惜しんだ。

 千恵は姿勢よく立ったまま片手をゆっくりと振りながらいつもの微笑で送り出してくれた。


「行って()()()!」


 舟は川の中腹に踊り出ると流れに任せてすいすいと進んでいく。湾曲し千恵の姿が見えなくなるまで栞菜は掘っ建て小屋の方角を見詰め続けた。

 そんな少女を珍しげに覗き見してい小六は、のんびりとした口調で栞菜に話し掛けた。


「あんたいつ()千恵さんのところへ?」

「おとといくらいですかね。色々と助けてもらいました!」

「そうかえ、あん人は困ってる人を見ると誰彼なしに手を差し伸べてくらっしゃる神様仏様のような方でなぁ。貧しいワシらにも時より小袖なんかを仕立てては無償でくださる親切な人らすけん」

「そうなんですね。でも、どうして一人で………家族とかはいないんですか?」


 そう問われた小六は、思い出すように(まば)らな髭を揉みながら空を見上げた。


「さぁてのぉ…………何年か前、丁度地震やらが起こり始めた頃だったかにフラりと現れてな。いつの間にかあそこに掘っ建て小屋を構えてなさったもんらすけん。おっそろしく美人で上品そうな感じらんだろも、人当たりが良くって気前のいいもんだぁ。最初はみんな狐に化かされちょるとかって噂しとったもんらて」

「えっ!? 狐?」


「んだよ。この辺は昔っから狐の神様が居られるって有名らすけん。気狐(きこ)って位の狐でのぉ。だがあんたも一晩だか一緒にいて分かったろがね? 無償の笑顔で接して下さる親切なお人なんじゃよ」

「そうなんですね」


 栞菜は一言返すと黙りこくった。夢枕に立った銀狐と千恵がまたも重なったからだ。


(あの銀色の狐が気狐ってゆう狐だったのかなぁ……)


 みんなと再開したら必ずもう一度会いに行こう。

 そう決心した栞菜は風呂敷を抱き締めつつ、進む先を紫の瞳で見据えるのであった。



(みんなは無事かしら? まこと……)



 次回 16、それぞれ ~まこと~ 上空より思いを馳せて


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