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第二章 13、雷神・天馬は空を駆ける

 (ほこら)に程近い位置に古くから井戸があった。

 天文の時代よりもっと後の時代、正保(しょうほう)年間(1644年~)に天然ガスが吹き出る井戸が発見され、火井(かせい)の地と呼ばれるようになる。北越奇談(1811年出版)に葛飾北斎(かつしかほくさい)の挿絵付きで紹介され、越後七不思議の1つとされる。


 現在は埋められてはいるが、天然ガスの利用が記録された最初の場所とされる。

 この時代はどうだったのだろうか。

 それはさておき。



 軍司はおんぶ(ひも)でも借りて来ればよかったなと思いながらもしっかりと茜を背負って力強く歩を進める。

 背に抱かれた茜の足はむき出しになり、ちぎれたスカートがスリットのように妙な色気を出していたが額には玉の時をかく軍司にはそれは見えず、折差す日に反射して汗が光っていた。


 茜はやや難しい顔をしながらも周囲に気を配りつつ、軍司の木刀を握った手をもう一方の手でしっかり掴んで落ちないように軍司に(すが)る。

 細い一本道を進んでいくと例の祠が見えた。茜はゆっくりと降ろしてもらい肩をかりて祠に近付き細部に渡って調べ始めた。

 見たところ板葺(いたぶき)屋根のなんの変哲もない祠のように思えたが、裏手に回ると天馬が描かれている。



 茜は腰の黒鐵をギュッと握ると溜め息をついた。咲良は突発的とはいえ、選ばれし巫女の片鱗(へんりん)を見せ始めている。

 それは足首の激痛と(あい)まって茜に焦りを感じさせていたのだ。


「ただの祠だな。大蛇ん時みたいなゾクゾクッて感じはしねーなぁ…………」


 軍司は(きょう)を削がれたかのように手頃な岩を見つけて腰を降ろして一息ついた。(こけ)むしていたのだろう、湿気を吸った岩から水分がズボンを浸し、ひゃっこいとか一人で騒いでいた。


 そんな軍司を尻目に茜は注意深く天馬の絵を調べていると急に大地が鳴動し、見上げた空が萌黄(もえぎ)色に変わった。

 茜は視線を絵に戻すと、なんと天馬の瞳が黄金に輝いて見えた。


「軍司、ちょっと来て! ここに描かれてる天馬の目が金色に光ってるわ!」

「なにぃ!?」


 慌てて駆け寄って見てみると茜の言った通り、軍司にも輝いて見える。


「おい、茜! これはひょっとすると…………」

「ひょっとするわね!」


 サクサクサクっとカブトムシのような小粒の妖怪が祠の脇を歩いていたが2人はそれどころではなかった。


(何か起きる!)


 そう思って相当な時間茜と軍司は待ち続けたが遂に天馬は現れることもなく、いつの間にか不思議な現象はなくなっていた。


(どうして? 何かの手掛かりになると思ったのに…………)


「なんだぁ? 結局なんも起こらねぇな。一瞬なんか強い力を感じた気がしたんだけどな」


 頭をポリポリかいて呑気にもそう述べる軍司とは対象的に、歯を食い縛って祠を見詰める茜はまたしても深い溜め息を付いてしまった。


「よぉ茜、取りあえず寺で馬でも借りて一旦三条城に戻ろうぜ?」

「…………そうね。みんなが無事か心配だしね」


 戻ることに決めた2人は祠を背に、来た道を戻りかけたその時だ。

 茜の心に何かが語り駆ける。



(お嬢さん、心の迷いを晴らしたらまた来なさいね。その時はきっと力になれると思うわ)


 それは淑女(しゅくじょ)の声のように透き通った声であった。茜は驚き振り替えると、今度は祠全体が神々しいオーラを放っていた。


「うぉ! やっぱなんかあるな、この祠! どうする? もうちょっと調べてみっか?」


 軍司は茜に(ゆだ)ねたが、茜は沈痛な面持ちで首を横に振って言った。


「今の私じゃダメみたい…………」


 一言そう言うと軍司を(うなが)して寺へと戻って行くのであった。


 祠の真上の晴天の空には雷を帯びた美しい天馬が空を泳ぐように疾駆していたが、今の茜にはみ見えなかったのだった。



 次回 14、それぞれ ~栞奈~ かりそめの裁縫致します!

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