第一章 3、かづほ屋#イチゴ大福#美味しい#おひとつどうぞ!
「ねぇ、かづほ屋寄ってかない?」
脈絡なく咲良が言う。
「いいわね。喉も渇いたし、かき氷なんて最高ね」
「でしょでしょ! じゃ、かづほ屋へGOー!」
かづほ屋とは三条市にある老舗和菓子店である。
咲良と茜は三条南高へ通う道すがらにあるこのかづほ屋へ度々足を運んでいるのだ。
放課後など、どちらともなく語り合って赴くことの多いかづほ屋の人気メニューといえばやはりイチゴ大福になろうか。
ガラガラっと入り口扉を元気よく開け、いつものように決まった席へ座る。
「あら、いらっしゃいな、咲良ちゃんに茜ちゃん!」
と、いつもの声がする。
声の主はここ、かづほ屋の女将のお富である。
「お富さん、いつものちょうだい! あと喉がカラカラだから、かき氷も! 今日はイチゴって気分かなー」
「お富さん、あたしも今日はかき氷も食べます。レモンがいいです!」
「はいはい、咲良ちゃんは、いつものやつとイチゴかき氷、茜ちゃんはいつものとレモンかき氷だね、おおきに!」
いつものやつとはいわずと知れたイチゴ大福に他ならない。
地元を代表する甘味イチゴ大福は、1日に何百個も売れる超が付く人気メニューなのだ。
適度にエアコンが利いた古い造りの店内はいつも照明が明るい。
塗装したてのような艶のある柱や梁、味のあるテーブルと椅子、幾年も年を跨いできたであろう年季の入った暖簾。
ほのかに漂う日本茶の匂い。
工芸品のような形と色彩で種類も豊富にショーケースの中いっぱいに陳列された和菓子たち。
そして店内をはんなりと淑やかに、そしてしっかりと切り盛りするお富は着物がよく似合っていた。
そんな空間が2人は好きなのだ。
「はい、お待ちどうさま、イチゴ大福とかき氷です」
日本の美を表現したような木皿に、モチモチしたきめ細かい餅に包まれたこし餡と、その中で存在感を放つ大きなイチゴが目の前にやって来た。
そして忘れてはいけない、この季節の風物詩ともいえるかき氷が清々しさを醸し出しつつ、横に控えていた。
「あんたイチゴ尽くしじゃない」
「本当だぁ! あははは」
他愛ない話をしながらも、また舌鼓を打つ2人。
一息ついてまた外のマルシェの風景に見いる。
「今日はマルシェに遊びに来たの?」
どうやら店内も一段落したのであろう、お富が話し掛けてくる時はいつもそうだと常連の2人にはわかる。
2人は鍛冶道場にボランティアに行った話や、そこで知り合った村上館長や鍛冶町まことの話。
つい先ほど出会った白石委員長の話などを面白おかしく、嬉しそうに交互に語り聞かせた。
「あらまぁそれは良かったねぇ! 咲良ちゃんと茜ちゃんらと歳もそう変わらないのに一端に鍛冶の講師が出来るなんて、よほど鍛冶が好きなのねぇ?」
「そうなの、何ていうのかな? なんか立ち居振るまいが大人びててカッコいいんだよねぇ!」
「そうそう! 綺麗だったよねぁ。そらに手作りのイヤリングなんて貰ったりね。だけど何処かで見たことあるのよね、まことさん」
「えっ、茜も? 実はあたしもなのよ。しかも何回も見たことがある気がしてたんだよなぁ~」
「あらあら。そうなの? 意外と近しい人なのかもねぇ」
考え込む2人を笑顔で見ながらお富はそう言った。
「ねぇお富さん、白石委員長の情熱は凄いなぁって素直に思ったんだけどぉ、みんな一生懸命で三条マルシェって凄いね!」
「あはは、そうねぇみんなこの町が好きで盛り上げたいって思っているのよ」
「あたし達もなんかできたらいんだけどなぁ……」
「そうね。だけど私達はただの女子高生だし、何ができるか…………」
どれ程の時間が過ぎたのだろうか、日は大きく陰り始め、外はすっかり人影もまばらになってきた。
ヒグラシが鳴きはじめている、もう夕方に近いようだ。
「あたしやるよ! 頑張っちゃうよ!!」
突然、決意した咲良を茜もお富も目を点にして見詰めていた。
そして当然、疑念が湧く。
「なにを??」
「えっ? だからぁ三条の歴史を守っていったり、地域を活性化させる為に頑張るんだってばぁ!」
「だからなにを??」
「茜さぁ、ちゃんと話聞いてた? 大丈夫??」
苛立ってきた茜は反論した。
「あんたはナニを頑張るのよ? 守るとか残したいって気持ちは私だって一緒に決まってるじゃない! 問題は何をどうしたら守って残して、活性化させられるかってことでしょ」
お富は静かに頷くと店の奥に姿を消した。
じっとしたまま眉間に皺を寄せ難しい顔をしていた咲良であったが遂に音を上げた。
「わっかんない! 何をどうしたらいんだろ、あたしはっ!?」
それを見て溜め息をつく茜。
確かに何をどうしたらどうなるかなんて、どうにかした人間にしか分かり得ないのかもしれない。
電気のスイッチを入れれば灯りが点るような、そんな単純な問題ではなかったのだ。
要領を得ない会話にすっかり黙り込んだ2人。
2人は心身共に疲れていた。
思えば朝から不馴れなボランティアをこなし、味わったことのない刺激を受け、これまで感じたことのない問題に直面してしまっていたのだ。
どこかのアニソンのように、思考回路はショート寸前であったろう。
「今日はこの辺にして、お開きにしなさいよー? もう帰る時間だよー」
と、奥からお富さんの声がし、店を後にした。
2人は最後に難題を抱えたまま帰路に立たされたことになる。
夕方、五十嵐川の土手をいつもよりゆっくりと歩きながらの2人は、暮れなずむ夕陽を追いかけるようになおもトボトボ歩く。
「なにをどうしたらいんだろう………」
咲良は呟くように小さく言ってまた黙り込むのであった。
カンッカンッと鉄が打ち合う音がする。
殺伐とした空間に、白髪で長い髭を蓄えた翁が鋭い眼光で鍛えている獲物を睨んでいた。
「ただいま帰りました」
ここは鍛冶町まことの自宅兼鍛冶場である。
まことは長い廊下を渡りながら、咲良と茜のことを考えていた。
(あっそうだ、お祖父様に報告しなければ)
自室に戻る途中でふとそう思い、踵を返すと鍛冶場へ向かう。この時間はまだ作業中であるとまことは知っていたからだ。
「お祖父様、只今帰りました」
まことは礼儀正しく一礼すると、お祖父様と呼ばれた翁が鍛えている獲物に思わず目が行く。
自ら報告に出向いたにも関わらず、まことはついつい鉄を打つ時に舞う火花に気を取られてしまっていたのだ。
「出逢ったな?」
しわがれ声の翁がいつの間にかまことを注視していた。
「は、はい! 例のイヤリングを一発で火花と感じることのできる女の子達2人に……」
「そうか……」
翁は腕組みをしながら煙管に刻み煙草を詰めると炉で起用に火をつけ燻らせると一言、呟いた。
少しの無言の後、まことは質問する。
「お祖父様の言われた通り、あのイヤリングを火花と見える人と出会いました。ですが連絡先も何も聞きませんでした……これでよかったのですか?」
コンッと上がり框の角で土間に灰を落とした翁は不敵な笑みを浮かべた。
「運命の歯車は動き出した、おぬしらはいずれ再び会うことになる。いずれな…………」
「……そうですか………わかりました。では部屋に戻ります」
まことは釈然としなかったが、そう言うと自室に向かって歩きはじめた。
階段を上がって自室に戻ると一息つき、夕闇からポチポチと輝き出した星を、出窓に肘を置いて見上げながら、いずれっていつだろうと考えながらも、いつの間にかまた2人のことを考えていた。
笑顔で元気な咲良、優しく礼儀正しい茜。
(2人とも可愛かったなぁ…………)
蛙の鳴き声は少なく、晩夏になりつつある。
すると秋に向かっていつの間にか虫のすだく音が聞こえてくる。秋が来るとあっという間に冬の到来である。新潟特有の季節の巡り方だ。
まことは、漠然とではあったが、そう遠くない日に再会できる気がし、咲良達との時間を回想しながらクスッと笑った。
「お腹減ったぁ! ご飯まだぁ?」
部屋を飛び出ると、童心に返ったように声を弾ませるのだった。
次回 4、栞奈と歴史資料館と