第二章 10、咲良、覚醒!
未だ敵情を知らないまま、突然の戦いとなったのだ。
それは平和の世を生きる咲良達にとって経験したことのない驚愕と戦慄であったことは言うまでもない。
しかし戦いに巻き込まれ、咲良が持つ秘めたる不思議な力が開放されたのは単なる偶然ではあるまい。
鍛冶ガール達を囲む真っ赤に燃える聖なる盾は邪気を払い、敵の侵入を許さない。
馬から降り、伏せていた全員が咲良を見た。
咲良は煌々とした紅のオーラを身にまとい、黒い目は爛々と赤くなって黒鐵を両手で握っていた。
耳に付けた火花のイヤリングと両手で握った黒鐵までもが同色の輝きを放っている。
「さ、咲良さん?! 咲良さんがこの真っ赤な霊気を操っているのですか!?」
姫子は大声で叫ぶように咲良に問う。
「えっ? えっ? 何なに!?」
姫子の問いに、無意識のうちに不思議な力を発揮していた咲良は集中力が途切れ、炎の盾が消えかかる。
「ちょ、ちょっとちょっと! 今その結界みたいなのをとかないでよ!」
栞菜がまことにしがみ付きつつ、怯えてツッコむと、咲良はまたぞろ集中し、消えかかった盾は勢いを取り戻したか。
「な、なんとっ!? 見たこともない術じゃ! よう分からんがさすがは選ばれし巫女殿じゃ! よぉし、それっ! 一気に押し返せぃ! 越後武士の力をみせつけよーっ!!」
山吉の号令と咲良の不思議な力に、浮足立っていた兵らは体勢を立て直し、咲良達を守りながらの戦いから解放された山吉は孤軍奮闘。
そうなればどこよりも強い越後の長尾軍だ、瞬く間に盛り返すと敵を追い払い、一斉に勝鬨をあげるのであった。
丁度その頃、先行している影虎の軍列もまた謎の集団に襲われていた。こちらは総大将たる影虎が率いる精鋭である。咲良達がいた駄馬隊とは違い各々が的確に対処し猛攻を防いでいた。
「乱れるでないぞっ! 敵兵は大した数ではない、それ盛り返せいっ!」
影虎の叱咤激励に精鋭騎馬軍団は劣勢をはね除け、敵方を退けはじめた。しかし執拗な追撃は中々やまない。
おそらく大将景虎へ差し向けた軍勢は、駄馬隊に仕掛けた部隊よりも数も兵の強さも数段上だったに違いない。
苛立った影虎は激しく双眸を開いた。
「のけよっ下郎どもっ!!」
そう言って、思わず竜口を鞘ごと腰から抜き放ったその時だ。
竜口から紅蓮の炎が竜巻のように巻き起こり、影虎周辺を飲み込んだ。一瞬にして灼熱の炎が辺り一面を焼き尽くし、気付けば敵方は恐れをなしたか退却していた。
それは味方や自然には危害を加えない不思議な力であった。
前線から慌てて馬を駆って来た鬼小島は真っ赤に燃える影虎の姿を見て一瞬怯んだ。
「ムムッ? こ、これは!? 殿ッ、大事はありませぬか!?」
どうやら長尾軍はあちらこちらで強襲されたようだ。
戦上手の鬼小島も敵を撃退し、急いで影虎の隊まで下がってきたのだ。鬼小島に気付いた影虎の瞳は、潮が引いていくように元に戻っていった。
「おぉ鬼小島か。そちらはどうじゃ? 一掃したか?」
「はっ! こちらも最前線の柿崎殿も敵を蹴散らしてございます」
「ならばよし! 最後尾が気掛かりじゃ、急ぎ同盟者らを連れて参れ!」
影虎の命に従い、小島は急いで山吉の第三隊へ馬を向け、即座に鍛冶ガールらを連れて影虎の元へと連れて来た。
鍛冶ガール一行は突然の攻撃の応酬にたじろんだが、咲良の不思議な力に勇気を奮い立たせ、今は落ち着きを取り戻していた。
今をときめく美少女らの無事な姿を見ると影虎は一瞬ホッとした表情をしたが、すぐに顔を引き締めると語り出した。
「まずは無事で何よりじゃ! 報告によると咲良よ、そなた不思議な力を使って仲間だけでなく、我が軍をも守ったとか? 大義であったぞ!」
咲良は今まで使ったことのない集中力を使い果たして少し朦朧としていたがそれに答えた。
「ど、どってことないよ! 影虎君こそ竜口を振りかざして竜巻みたいな炎であの変な敵を追い払ったんだってね! スゴいじゃない」
「フンッ! 普段はあのような敵に苦戦はせなんだがの……咲良よ、よくわかったであろう? 大蛇を一目見に行こうとする我等の行軍を遮ってきおったのじゃ。あやつらはおそらくワシらと大蛇を会わせたくないようだ……そうは思わぬか? おぬしらの主命を果たす為にも雨生ヶ池の大蛇殿に会わねばならん。そう思わぬか」
少し考えた後、咲良は膝を叩いて言った。
「それだ! なんか胸騒ぎがしてたんだけど…………大蛇だよ大蛇! 姫ちゃん、大蛇と会ったことあるんでしょ!? 大蛇は災いの元なんかじゃなくって、もしかしたらあたし達の力になってくれる存在なんじゃないかなぁ!?」
「大蛇様はそれは聡明な方で、意思の疎通ももちろん出来ます! 姫は何度も会話をしてますもん! きっとそうに違いありません!」
姫子は嬉しさのあまり、前のめりに小さくガッツポーズして興奮気味にそう言った。
その姿がまた可愛かった。
まこと達は呆気にとられていたが、すぐに事の真意を飲み込むと、まだしがみついていた栞菜を振り払い、言葉を発した。
「でも、あの謎の敵は誰なんですか? 影虎さん、影虎さんはなんだか知っているような口振りですが……」
影虎は奇妙な咳払いをすると語り出す。
「きゃつらはおそらくは、叛乱党の一味であろうよ」
影虎の言葉に傍に控えていた三将らが驚きの表情で影虎の顔を見上げた。
「なっ叛乱党ですとっ!? あやつらが何故越後に……」
「ねぇ山吉さん、その叛乱党ってのは何なんすか? 敵なんだろうけどさ」
と、軍司は質問し、山吉は景虎、そして柿崎、小島の両者を順繰り見渡すと鍛冶ガールらに叛乱党について詳しく説明をし始めた。
「叛乱党とはな、群雄がひしめく全国にあって地方地方で実権を握る守護から豪族、有力者に至るまで幅広い権力者達に反旗を翻す輩のことじゃ。どこに本体がいるのやらさっぱり分からぬ。実に不気味な一団じゃ。他国での噂は聞き及んでおったが、まさか我が越後の地にまで潜伏しておるとは思わなんだ!」
「彼等の目的は何なんですか?」
まことが続けて訊ねる。
「権力への造反と官憲の転覆にあるじゃろうな」
山吉の説明が終わり、無言となったその場で、固く目を閉じ、腕組していた影虎は静かに口を開き、一同はそれに耳を傾ける。
「実はな、大蛇退治の最中で、真の敵が浮上してくるとの啓示もあったのじゃ。この一連の災禍に乗じて、越後を手中に納めんと叛乱党が暗躍しておることも含めてな。名目は退治としてはいたが、内実その気はワシには毛頭なかったのよ! あくまでも叛乱党をあぶり出すための口実じゃ」
それを聞いた山吉は困り顔で影虎に訴える。
「殿っ! 殿はいつも言葉が足りませぬぞっ! 初めからそう申して下さればよかったものを!」
「まぁそう怒るな! 敵を欺くにはまず味方からと申すではないか! じゃがなぁ、何故あやつら叛乱党どもがこの地に起こっている災禍を知っているかが重要じゃ」
影虎のその言葉に一同は大きく頷く。
聞けばこれまでその叛乱党と名乗る集団は越後の地を踏んでいなかったようだからだ。
大いなる災いの他に新たに叛乱党という得体の知れない集団までもが行く手を阻むということは、一層の苦難が待ち構えていることになる。
「嵐蔵よ、ワシの内意は分かったであろう! そなたらの郷で不穏な噂を流したのは奴等と思わぬか? 急ぎ方々に間者(敵の内情を探る者の意)を送り込むのじゃ! よいなぁ」
合点がいった表情をした嵐蔵は平伏すると即座に聞いたこともない指笛で配下の者を呼び集め、ヒソヒソと何事か話した。
そして話し合いが終わると、密命を受けた姫小百合・軒猿衆は方々に素早く散会したのだった。
「すっごーい! リアル忍者カッコいい!!」
「確かに! 確かにっ! こ、この目で見たわよ私はっ!」
朦朧とした意識を吹き飛ばした咲良と、それまで怯えていた栞菜は手のひら返しに感動し、他のメンバーは命令系統が確立さるた長尾軍の組織力に度肝を抜かされたか。
「よしよし、それでは鍛長同盟で雨生ヶ池の大蛇殿に会いに行くとするか!」
影虎は不適に笑ってそう言うと、すかさず行軍の命令を下し、隊列を組み直した長尾の軍勢は、強襲された面影など微塵も感じさせない、精強な軍そのものなのであった。
次回 11、雨生ヶ池の大蛇殿




