第二章 6、離れ屋の会話と大書院の会話と
外から漏れ聴こえる鶯の鳴き声がいつの間にか2つになっていた。ケキョ、ホケケキョ。
番だろうか、なんの警戒もみせず陽気にうたう声は一室を和やかな気分にさせるものだ。
久々の再会をよそに、お互いに積もり積もった話が始まっていた。
「姫子、こんな世の中だからこそ、お前が未来へ行くという話を信じることが出来たんだよ。母さんも心配している、早く元気な姿を見せたいとこだ。すてみなさん、どうかこの地の難をお救い下さい。それにしても見れば見るほどなんだか奇妙な格好ですなぁ? ははは」
やはり格好を指摘された。茜は正座している自分の足をみてスカートをつまむと、そのまま来てしまったが動きやすい格好がよかったかと思い、その都度じろじろと見られるのはなんだか恥ずかしいと心の中で密かに思った。
「それにはまずは巌鉄斎様に会わなければならないのですが、まさかもう守護代様が到着されているとは思ってもいませんでした。あっそうだ、お父さんはなんで守護代様に?」
「そのことよ! 始め吉ヶ平地域や姫小百合の郷近辺の住民から大蛇が暴れている、この地震やらモノノケの類いの出現は大蛇が原因だと噂が立ち始めたのは知っているだろう? ワシはなんだかそこに違和感を覚えてな、我が軒猿衆を駆使して調査しとったんだよ。すると住民から始まった噂ではなく、素性の知れない余所者がもたらした噂であることが判明したのじゃ! 地元の者の嘆願はいわばその余所者に操られていたにすぎん。ワシはその事をお伝えせねばと思い三条の城に来たってわけだ」
「またわっかんないのが出てきた! のきざるしゅう?」
「あんた本当に何も分かんないんだね!」
「そうだぞ咲良、少しは自分で考えてみろ!」
「えーじゃあ茜と軍司は知ってるの??」
『え………………』
「なぁんだ知らないんじゃん! ぷぷ」
茜は少し赤面し、軍司は苦笑いする。
「ねぇ軒猿衆ってなんだったっけ?」
と、そんな会話の脇でまことがわざとらしく栞菜に質問する。
「おっほん! 軒猿衆ってゆうのはつまりは忍びの一族の総称ね。有名どころだと伊賀だの甲賀だのってことになるわよね。呼び名も地域でバラバラで下忍とかって名だったりなんだったりと様々なんだけど、新潟、つまりは越後地方では軒猿衆って呼称されていたとかいなかったとか!」
栞菜スタイルと栞菜ウンチクに思わず拍手が送られた。何故か知っているはずの姫子・助作に格兵衛、嵐蔵までが喝采を送る。
満足した栞菜はフフンと不適な笑みを浮かべたか。かなり満足なようだ。
「ご名答! いやはや、鍛冶ガールとはまた博識ですなぁ! ワシら軒猿衆は先の栃尾城の戦いの少し前から正式に長尾家の配下となりました」
「博識だってよ! 咲良」
「博識ぃ? そうだよね! えっ?」
「それでその報告を聞いて影虎さんはなんて言ってたんですか?」
おバカな咲良は捨て置き、まことは確信に迫る。
「それがのぉ急に黙り込んで暫く待たされておったところにおぬしらが来たのだよ」
「なんだろ? なんか心当たりでもあるのかしら?」
「なにはともあれだ、まずは影虎さんを説得して協力を得られればこんなに心強いことはないってわけだ!」
「そうですね! 守護代様は正義感の強いお方らしいですから」
そう言って軍司と姫子は頷き合った。
「山吉さんが上手く口説き落としてくれるといいけど」
「そうね」
栞菜とまことが話をまとめ、咲良と茜と嵐蔵、助・格は深々と何度も頷き合うのであった。
そしめ大書院では。
書院から見える中庭の松の古木を見据えながら、山吉の報告をじっと聞いていた影虎は話が終わると腕を組み静かに目を閉じ沈思し始めた。
こうなっては影虎から口を開かない限り何も耳に入らないことを山吉はよく知っている。
どれ程の時間が過ぎただろうか、ゆっくりと目を開けた影虎は言った。
「おことの言わっしゃること、よう分かった。あやつら鍛冶ガールとか申す者らへの助力は惜しまぬ。未来からこの時代へ危険を顧みずに助太刀に参るとはなかなかに天晴れな女子らよ。守護代たるワシが協力せぬわけにはいかんだろう」
「御理解頂き、有り難き幸せに存じ上げまする!」
山吉は身体を四角に頭を下げた。
「しかしだ。ワシにも気になることがあるのじゃ。まずはそれを解決してからになるの」
「気になることとはなんでござりましょうや?」
「フフン、無論大蛇退治に決まっておろうが!」
山吉は愕然とした。
「ですから嵐蔵殿の報告もありましたとおり……いやいや代々大蛇を守護してきている家柄の嵐蔵殿一族の、当代の巫女たる姫子殿の訴えは信用できるものであるとお伝えしたはず!」
影虎は必死の山吉をニタニタしながら見詰めながら気楽に言ってのけた。
「じゃからの、退治はとりやめる。だが大蛇を一目みてみたい! 物見じゃ! 遊山じゃ。その後であればワシも幾らでも手をかそうほどに」
山吉の焦りはたちまち額に脂汗を作り出した。納得していない様子の山吉を見て影虎は続ける。
「春日山(新潟県上越)を発つ前、毘沙門堂に籠ったと思え。するとな心の中に毘沙門天が降りよった」
「な、なんですと!?」
「まぁ聞け! 毘沙門天はな、姫小百合の郷のさらに奥深くに住まう大蛇退治に出陣致さば真の敵を知ることになるであろう。と、こう言わっしゃった。これは啓示じゃ! 他にもまだあるのじゃがまぁよい、まずはこの啓示を済ませんわけにはいかん!」
と、含みを持たせた言い方をした。
毘沙門天を信仰する影虎からもたらされたその内容にさしもの山吉も言葉を返すことができないでいた。山吉は苦渋の顔を影虎に向けると言った。
「ぐぬぬ。殿がそこまで仰せとあらば致し方ござらん! この上は鍛冶ガールら本人達と直に話して頂き、殿の御意志をお伝え下され」
「よしよし、ではあやつらを呼んで参れ! それと柿崎和泉に鬼小島も呼ばわれ」
即座に返事をし咲良ら鍛冶ガール一行を呼びに行く道すがら様々に考えを巡らせていた。
(まぁ大蛇退治は思いとどまられたのだし、この際巌鉄斉殿への面会はその後の事にしても支障はなかろう。それに殿の言われた真の敵とゆう言葉も気にかかる。ここは分散せずに一丸となってことにおよぶべし!)
と、状況を整理すると急ぎ足で離れ屋を目指すのだった。
長尾影虎こと上杉謙信は度々春日山城にあった毘沙門堂に籠っては戦術を練ったり、啓示を受けていたとされる。
また戦の前には戦勝祈願をした護摩堂などが存在し、仏教に傾倒していた影虎は中でも毘沙門天を深く敬愛し、後に自らを毘沙門天の化身であると豪語したとされている。
神仏の存在を深く信じていた影虎にとって、この時代の異変も未来から来た鍛冶ガールなる不思議な一団もあたかも当然のごとく感じたのではなかろうか。
とにもかくにも鍛冶ガール一行は軍神・上杉謙信との邂逅を経て、いよいよ世界救済の第一歩を踏み始めたのだった。
次回 6、鍛長同盟締結!




