第二章 3、到着、天文十七年は怖い恐い!
チチチッ。
赤門の瓦屋根で雀が長閑に囀ずっている。
曇っているわけではないのに何故か太陽が霞んで見える。そのせいで辺り一面薄いオレンジ色で統一されたかのような、ある種陰鬱な雰囲気を醸し出していた。
そんな不思議な世界で静かに咲良に語り掛ける声。
(起きろ。早く使命を果たすのだ)
咲良達、鍛冶ガール一行は無事に天文十七年へタイムスリップし、全員が意識を失って赤門付近に倒れ込んでいた。
気絶する咲良の脳裏に先程と同じ声が聞こえてくる。
(さっさと起きろ、この小娘がっ!)
咲良は、ハッと驚いて飛び起きると、キョロキョロと辺りを見渡したが、心に語り掛けたその声の主はどこにもいなかった。
「なんか聞こえたきがしたんだけどなぁ?」
咲良はすぐ側で制服のスカートから伸びる太ももが妙に艶かしい茜を見つけると、激しく揺さぶって起こしにかかった。
「茜ー! 茜ってばぁ! 起きてよっ起きてー!」
安らかな顔をして心地良い眠りについていた茜だったが、突然の激しい揺さぶりに顔を曇らせ、起きると同時に咲良をひっぱたいた。
「なにすんのよっ! 人がせっかく気持ちよく寝てたっていうのに!」
「うえーん……何もぶつことないっしょ! 見てよ見てよ! ここ本成寺の赤門だけど、なんか雰囲気ちがくない!?」
そう言われて四つん這いになった茜は辺りを見渡した。そして顔を強張らせた。
「た、確かに……なんか妖しいオーラを感じるわね……」
茜は咲良をぶったことなど忘れたかのように神経を集中して周りをグルグルと見渡した。
立ち上がった2人は用心深く連れ立って、残りのメンバーが気掛かりで付近を探索する。すると赤門を隔ててちょうど反対側から大きな怒声が聞こえてきた。
「なんだぁ!? 俺に指図すんじゃねーよ!」
「なんだと!? 貴様、益々怪しい! おい助作、コヤツを引っ捕らえるぞ! おかしな格好じゃ! 危険な妖怪やもしれぬ!」
「はぁ……しかしコヤツ強そうらすけん…………」
「ば馬鹿者っ! こっちは二人じゃ!」
喚き散らす男と助作と呼ばれた男は言うことを聞かないコヤツを取り囲むようににじり寄った。
「はん! てめぇら雑兵ごときが、俺に敵うと思ってんのかよ!」
コヤツはそう言うと赤樫の太い木刀をヒュッと取り出すと、片手で2、3度素振りをくれた。柄にあたる握り部分には古城館と刻印が打たれている。
取り囲んだはいいが、及び腰の2人は突棒を前に伸ばしたままたじろんでいる。
「おらさっさとかかってこいや!」
咲良と茜はそれが軍司だとすぐに分かると、両者を止めたことはいうまでもない。
「おぉ茜、咲良。無事だったか? 他の人はどこいったんだよ!」
「わっかんない! うちらも今さっき意識を取り戻したとこなんだよね」
「それより何いきなり揉め事起こしてんのよ!」
2人に注意された軍司は、足軽風情を無視して他のメンバーを探すようにウロウロしだした。
足軽2名はどうしたものかと顔を見合っている。そのうち助作と呼ばれた男が、人の良さそうな顔を突き出して訪ねる。
「おめぇたちどっから来たんだ? 他にも誰か連れがいんのけ?」
「あぁ俺らの他に4人来てるはずなんだよな……」
「探すしかないわね!」
「ウム。近くにいるはずだよね」
「しっかしあんたらそんげんふしだらな格好で恥ずかしくはねぇだか? いい年頃の娘がそんげん足さだして」
咲良達は全員制服のまま天文の時代へ来ていたのだ。当然この時代にはこのような衣服などあろうはずもなく、そして女性はむやみに肌を露出しない。助作は普段はあまり見ることのない若い娘の生足を食い入るように見詰めた。
「あぁそうか、この時代じゃ珍しいのか。気にしないで下さい!」
茜は形の良い胸を突き出し腰に両手を当てて拘りなく答える。
「なんだぁ? 茜の太ももみてんじゃねーよ!」
軍司はさも自分のもののように怒る。
「ううっ……か、格兵衛どん、なんか困っとるようらすけん、一緒に人探しを手伝うべーよ!」
一歩下がった助作は茜の太ももからさらりと視線を移し、話題をかえた。助作の申し入れに一つ溜め息をついた格兵衛という名の足軽は、頭をポリポリかいたか。
「なんだか調子が狂っちまっただ……他の連れは男か女か?」
と、咲良達に協力の意思をみせてきた。元来お人好しの2人らしい。
そんな2人に咲良が答える。
「えーとね、女の子3人と山吉さんって大柄な人です」
山吉と聞いた格兵衛と助作は顔を見合わせると驚いた。
「そりゃ三条城の城主の山吉信濃守様のことでねーか!?」
「えっ? あっそうだっけ?」
「間違いないわ! 確かそんなへんちくりんな名前だったわよね!」
「違いねぇ! 城主だったよな、山さん!」
3人は微かな記憶を蘇らせ、山吉がこの時代、三条周辺を治める城主であることを思い出した。
「格兵衛どん、変に粗相せんでよかったの……山吉様の連れの方々に無礼をせんで」
「あぁよかったべや。ささ! ワシらも捜すすけさ」
咲良達3人は異様な天気と言葉に表せぬ一種の妖気漂う天文の世界を観察しながらの捜索であった。
令和にはない、どこか雰囲気の違ったこの世界に強烈な違和感を覚えていた。
足軽の2名は突棒で草むらなどを洗いながら不思議な格好をした咲良達を妖怪か何かの類いではないかと考えながらも、ついつい助力してしまっている自分達をつくづく貧乏くじを引く性分なのだと諦めた。
「咲良さーん! こっちこっち! 上ですよ上ー」
複雑な心境の捜索隊に突然、姫子の声が耳に入った。
見上げると赤門の二階から姫子、まこと、栞菜、山吉がひょっこりと顔を出して笑っていた。
栞菜のスカートは長めだったから良かったものの、まことはパンツまで見えそうな際どい角度だったが軍司は何も言わずチラ見してやり過ごした。
「そんなところにいたのねー! でも無事でよかったわ!」
茜の言葉に頷いた一同は二階から降りてきて全員集合となった。
「格兵衛、助作、おぬしら手を出さずに正解であったな。軍司殿の力量をみる良い切っ掛けではあったが」
足軽の2人は城主の前でひれ伏し、頭を地面に擦り付けた。無論経緯を全て二階から見ていた面々はこの両者が気の良い2人であることを既に承知していたが。
「もう! そこにいるんなら最初っから言ってよー! メッチャ心配したんだから!」
「そうだぜ! 俺なんかいきなりこの2人に絡まれてもうちょいでシメるとこだったぜ」
咲良が憤慨し、軍司が息巻いたが、それをまことが軽くいなし、この世界は何かおかしくないかと同調を求めたのは栞菜だ。
「はいはい、わかったから。何回起こしてもあなた達3人は起きなかったのよ」
「さっきから山吉さんと話していたんだけれど、何か感じない? なんだかただならぬ妖気みたいな………そんな感覚」
「そうそう。何かにずっと見られているような。そんな気持ち悪い気分なのよね。それにこのヘンテコな天気とか。なんなの? 天文十七年って……」
咲良と茜、軍司も表現出来ない悪寒のようなものを感じるとまことと栞菜に同意した。
そして小さくなった姫子が申し訳なさそうに語り出す。
「あえて令和の時代ではお話しなかったのですが、実は私達のこの天文の時代には魑魅魍魎が跋扈しているんです……」
「左様、満月が近付くと特に色濃くそれら妖怪共がくっきり見えるようになるのじゃ。悪さをする輩はもちろん成敗致すが、存外無害の輩もいての。まぁなんとか上手いこと共存しておる。ほれ赤門にも仁王様が二体おられるではないか!」
咲良と茜、軍司は門内に屹立する二体の鬼を見てギョッとした。
「やっと起きたか、この小娘!」
それは赤門を守護している持国天と毘沙門天であった。令和の世界ではもちろん動きもしなければ話しもしない木像であるのだが。
しかし天文の世界では実際に動き会話をしている。
「に、日本語ぉぉ!?」
「えっ? そこ!?」
驚く咲良にメガネを押さえて栞菜が鋭いツッコミを入れた。
「四年も前になるかの。突然この地域に大地震が起きてな…………それ以来、大小の地震が多発するようになりおった。その辺りからじゃ妖怪やらが現れるようになったのは。驚くことに、高等の妖怪や神様とは会話ができ、意思の疎通ができるようなのだ」
事前に知らされていなかった鍛冶ガールの面々は驚きおののいた。
「こ、こんなことがあるんだな……で、でもよぉ、そうでなくっちゃ五体の神様なんて信じられねーよよ!」
軍司の言葉に一同はコクりと頷き、山吉と姫子を見た。なんせこちらの世界では右も左も分からない。
三門内に立つ二体の仁王に挨拶をすると、気を改めて行動し始める。
「それでは巌鉄斉殿のところへ参ろうか!」
「行きましょ!」
誘おうとする2人を足軽2名が引き止めた。
「山吉様! 昨夕、守護代様が到着されております! まずは城へ行った方がよろしいのでは?」
「そうですだ。守護代様は今日にも大蛇退治に吉ヶ平に出陣するっちゅう話らすけん!」
(しまった! ワシらが未来へ出立してからかなりの日数が過ぎておるようじゃ……景虎様はまだことの次第を知ってはいない。まずいぞ、このままでは退治のため出陣されてしまう…………)
それはものの数秒だったが、目まぐるしく思考を整理すると突然山吉は皆を振り返った。
「すまぬ、先ずは三条城へ行ってもよいか? 殿に話をつけておかぬと後々面倒な事になる…………」
突然の予定変更に茫然と立ち尽くすしかない鍛冶ガール達であった。
次回 3、三条城に越後の龍がおられます!




