第二章 1、1544年、栃尾城の戦い
栃尾城の天守に真新しい甲冑を着込み鋭い目付きで唐松方面を見据える若武者が一人。
「ご注進申し上げます! 只今、敵陣は唐松付近に陣取った模様! その数、およそ一千!」
注進を聞いた若武者はフンッと吐き捨てるように返事をすると唐松のさらに先を見詰めだした。
そして不意にその若武者は大声で喚いた。
「誰かおらぬかっ柿崎和泉を呼べ!」
家臣の1人が返事をし、どこかへ飛んで行き、まもなく柿崎和泉とおぼしき武将が武骨な面を見せた。
「お召しで!」
「そなたと小島弥太郎の二隊で先陣を務めよ!」
「はっ!」
「まもなく山吉信濃の一隊が搦め手から攻める、その際、狼煙を上げる手筈じゃ! 敵は背後からの強襲に必ず浮き足立つ! そして逃げ場を求めて森を脱しこちらに向かって来るであろう。後のことはわかっていような?」
「御意!」
「ならばよし! 行けっ! 抜かるなよっ」
性急な若武者の下知により軍が動き出す。城門前に整列した一軍はどれも屈強な武者であり、士気も充分。
「狼煙が見えたぞー! それ太鼓を鳴らせー!」
合図の戦太鼓に呼応して二隊が各々大将の命令に従い、唐松の森から喚声が鳴り響く。
若武者の予言通り、搦め手からの強襲に慌てた敵の軍勢が這う這うの体で唐松の森からぽつぽつと姿を現した始めた時だ。
『放てーっ!』
柿崎・小島の両将の合図で一斉に矢が放物線を描き、敵陣を容赦なく襲う。
「四連射の後、弓隊は後退! 続いて槍隊敵陣中央に風穴を開ける! 槍隊、我に続けよっ! 一番槍で誉れをみせよっ」
柿崎・小島の各百五十騎の二隊はほぼ同時に両将を先頭に敵陣へ切り込む。中央突破した後、柿崎隊は右翼へ、小島隊は左翼へ転回し、後方を山吉隊が詰めたことにより、敵軍は三方をコの字に囲まれた形となった。
そして最後に鍛え上げられた悍馬に跨がった若武者が精鋭百騎を引き連れ猛然と敵陣へと進軍。
「進めいっ! 勢いそのままに敵陣を踏み潰せーいっ!」
若武者の軍が敵勢を踏みしだき、分断していく。
それは戦というよりは鎮圧というべきであった。
それは敵軍は壊滅状態であったが、若武者の軍はほぼ無傷であったからだ。
「勝鬨じゃ! 勝鬨をあげろー!」
『うぉーーー!!! エイッエイッオーー! エイッエイッオーーー!!』
大勝利にそれぞれの隊が勝鬨を上げ、若武者は当然の如く涼しい顔を中天に向けると、ゆっくりと動く雲を見つめ続けていた。
「愚か者め…………」
と、静かに呟くのだった。
次回 2、刈谷田川の疾走