第一章 1、越後三条 鍛冶道場で会いまして!
嵐川橋の上から見るいつもの景色にワクワクドキドキが止まらない。
五十嵐川と信濃川が合流する地点に運がいいと蜃気楼が見える。
今朝はかなり鮮明だ。
なんだろう。なにか大きな建物、昔のお屋敷のように思える。
考えても、いつも答えは出ない。一度その何かが見えるその場所まで行ってみたことがあったが、やはり建物はなかった。
「おはよう咲良! 早いねー待った?」
冒頭のように考え込む少女の耳に、息せき切った言葉が入ってくる。
「あっおはよう、茜! 今日も見えるよアレ!」
「ほんとだぁ、今日はまた一段と鮮やかに見えるわねぇ」
彼女たちの名前は一ノ門咲良と大町茜。共に市内の三条南高校に通う幼なじみである。
いつの頃からか、2人でこの謎の蜃気楼を見るようになっていた。
ここ数年のことのようであるが、他の友達には見えないらしい。
そしていつの間にか2人だけが共有する謎になっていた。
そしてこの日、2人が嵐川橋で待ち合わせしていたのには理由がある。
高校2年生の夏休みのこの日、彼女たちはあるイベントにボランティアで参加するのだ。
三条マルシェ。
ここ新潟県三条市の地域活性化と三条の歴史の紹介や特産品を出品したり、地元の企業や有志が参加し、三条の良いところを全国に発信しているイベントである。
「んで今日はボランティアだったよね? 私達はなんのお手伝いをするんだっけ?」
「えー!? ちゃんと話したでしょー、私達は今日は鍛冶道場のお手伝いよ!」
「あっそうだったっけ? エヘヘ、ごめん! 鍛冶道場かぁ知ってるけど1回も行ったことないなぁ」
「私もよ。だからなんだかワクワクしない!?」
「ウム。確かに! いざ出陣ッ!!」
高2、17歳の2人は意気揚々と嵐川橋を元町方面へ歩き出したのだった。
「はぁ~これが鍛冶道場ー? なかなか立派な建物じゃない!」
「そうね、さぁ行きましょ! 咲良」
外観はまだ真新しさを残しつつも古き時代の歴史を思わせる趣のある建物だ。
一頻り外観の感想を述べ合った2人は入り口を入ってすぐ右手にある受付けのおばさんに訊ねた。
「あのすいません、あたし達、三条マルシェのイベントスタッフとして来ました。今日ここで鍛冶道場のお手伝いをすることになりまして」
「あきゃまぁ愛しげな子ららねっか!」
「ハハハっ、よく言われるんですぅ」
「もう咲良ったら! 冗談はよしなさいよ」
「そしたらねぇ、そこの通路をずぅ~と行ったら、ちょび髭の小柄なおじいさんがいるからね。その人がここの館長で村上さんてゆう人らすけん!」
方言丸出しのおばさんに言われるがままに、2人は通路を奥へ向かって行く。
壁には三条の鍛冶の歴史やら実際に造った工具などがズラリと並ぶ。
「へぇ~なかなか色々とあるんじゃん! これ何? 何に使うの?? 武器かなぁ?」
好奇心旺盛な咲良は、様々な見たこともない鉄製の製品に釘付けだ。
そんな2人に興味を持ったのか、ある老人が話しかけてきた。
「そこな元気な娘さん、そりゃのぉ鑿じゃよ、柱の穴あけや、彫り物の削りなんかに使うんじゃよ。まぁ彫刻刀の親分てとこじゃろうかのぉ」
「だってさ、咲良! おじいさん、お詳しいですね! ここへはよく来られるんですか? 今日は体験教室ですか? でしたら多分この奥ですよ。一緒に行きましょう!」
「ふぉっふぉっふぉっ! こっちはまた親切な娘さんじゃの。2人とも美人さんじゃ! さぁさ参ろうか」
通路を抜けると大きな広場に行き着く。天井が高く、幾種類の機械が整然と並んでいた。
「おはようございます、館長!」
「館長、今日はいっぺ人が来るといいですねぇ!」
無骨で年齢層が高めな人達がずらっと並んで一緒に歩いて来たおじいさんにそれぞれ話かけている。
「ってことは、おじいちゃんがここの館長さんですか?」
「そう、ワシがここ鍛冶道場の館長をやっとる村上茂男じゃ」
「今日は鍛冶道場のお手伝いに来ました、私が大町茜でこっちが一ノ門咲良です、よろしくお願いします!」
「何も分かんないですけど頑張ります!」
無骨な男達は予想外の可愛いボランティアの2人に色めき立った。
「ふぉっふぉっふぉっ! 元気があって礼儀正しくて宜しい! 頼んだぞ!」
ここ鍛冶道場では常習講座として
・五寸釘を使ったペーパーナイフ作り
・包丁研ぎ体験
・和釘作り体験
この3つがある。
今日は三条マルシェとのコラボということで主にペーパーナイフ作りを体験してもらうということになっていた。
「へぇ~この釘がペーパーナイフになるの? スゴッ!!」
「確かに、想像もつかないねぇ」
「じゃあまだ時間もあるすけ、2人にも体験してもらいますかい? ねぇ館長」
「そりゃええ、百聞は一見にしかずじゃて」
「じゃあ俺が手取り足取り教えますすけ!」
職人の一人がそう言うと館長は即座に止めた。
「馬鹿者! お前のような下心がある奴に任せられるか! まことはおらんのか? おーい、まことぉー!」
しょんぼりして下がって行った職人の脇を、長い髪をひとつに結んだ長身の女性が颯爽と歩き、その姿を現した。
「何でしょうか? 館長」
「まこと、この2人は今日限定で手伝ってくれる一ノ門さんと大町さんじゃ。ペーパーナイフ作りを体験させてやってくれぬか」
「……わかりました、すぐに準備をします」
「やったぁ! やりたいやりたい!」
「で出来るかしら? 私に……」
「まぁそう肩肘張らずにリラックスしなせぇ。おい、準備じゃ」
『へい!!!!』
2人は鍛冶をするための装備を身に付けた。
厚手のエプロン、ゴム手袋、そしてゴーグルだ。エプロンをした茜はボディラインが露になり、そのスタイルの良さが際立ち、咲良は形の良いお尻が見る者の目を惹き付けたか。
「うぉー! カッコいい、あたし職人になったって感じしない!?」
「ふざけないの! ちゃんとしなさい、ちゃんと」
「ではな、まことが左右自在に回って手取り足取りで一緒に加工していくでな!」
「準備はいいかしら? じゃあ始めましょうか!」
(まことさんだっけ? 近くで見るとおっきいオッパイ! うらやましいなぁ……)
自身の胸に自信のない咲良は密かに羨ましそうに、まことの胸元をチラ見した。
「? 一ノ門さん準備はいい? 集中しないと火傷するわよ」
「あっ、はい! オッケーです!!」
まずは、熱してオレンジ色に変わった五寸釘を掴み箸で挟んで、頭の丸い部分を勢いよく半円状になるまで鎚で数回叩く。
次は半円状になった付け根辺りを叩き、平らにする。
その打ち伸ばした部分をプライヤーでねじりにねじってペーパーナイフの握りの部分にする。
その後もう一度熱した後、釘の尖っている側を叩いて伸ばしていく。
伸ばした面を綺麗に整えるように、刃になる側を強めに、峰になる側は軽く叩いていく。
ざっとペーパーナイフの形の出来上がりである。
次に刃になる部分を研磨して形状を作っていく。
握り部分のねじりもそうだが、ここで人それぞれの個性豊かな形に決まる。
次に研磨剤で表面を綺麗にする。
そして最後に、この鍛冶道場オリジナルの越後三条 鍛冶道場の刻印を打って完成だ。
作業時間はほんの10分程度であった。
一連の動作を終えた2人は呆然としていた。
そして次の瞬間には感動に変わっていた。
「スゴい! スゴい!! スゴいっ! こんな短時間で、こんなカッコいいナイフが出来ちゃった!! あたしってば才能あるんじゃない!?」
「これが鍛冶の力なのね! 必要な道具を一から作り出すなんて、なんて素晴らしいの!!」
「超感動! 特に釘を打つときにでる火花? あれに吸い寄せられる感じなんだよね!」
「わかるわ! 線香花火みたいに惹きつけられるよね!」
「そうね、初めてにしては力の入れ方がうまかったわよ!」
微笑みながら興奮する2人を見たまことはそれぞれをそう誉めた。
「ふぉっふぉっふぉっ! これでお主らも立派な三条の鍛冶職人じゃな! そう、惹き付けて吸い寄せてくるもの、それが即ち鍛冶! ほれ、それぞれに個性があるじゃろ?」
「確かに! 私のは真っ直ぐで直刀って感じで、咲良のは……なんだか山賊が持っていそうな反りの強い形をしているわ!」
「なななんでよ! あたしのをオチに使わないでよ! 反っててカッコいいじゃん! それにしても奥が深いなぁ。っていうか、まことさんは職人なんですか?」
「そうそう、私も気になってた、大人っぽいですけど、よく見ると私達とそこまで歳はかわらないような……」
咲良と茜の質問に答えたのは館長であった。
何でも三条で老舗中の老舗である鍛冶屋の娘であり、職人らの間では鍛冶小町と呼ばれるほどの器量良しで通っているのだとか。
「鍛冶町まことよ。小さい頃から家の手伝いをしていてね、それでたまに道場の方も手伝っているのよ」
「へぇ~そうなんですね、高校生ですか?」
「えぇ高校3年生よ。よろしくね咲良ちゃんと茜ちゃん!」
『はいっ!!』
2人は新たな出会いと感動の余韻に浸りながらも、来場者でごった返す道場内を案内したり作業の補助をしたりして手伝った。
そんなワイワイガヤガヤしている来場者の中に萬と書かれたポロシャツを着たおじさん3人組がいた。
一人はサンド○ッチマンの富○っぽい冴えないおじさん。
一人はオタクっぽいゴツゴツしたおじさん。
一人はいちいち大声を上げてはしゃぐ髭のおじさん。
そんなおじさん達は珍しげにニヤニヤしながら咲良と茜に近寄って来た。
「へぇ~女子高生がボランティアねぇ! へぇ~へぇ~」
「なかなかよいですぞ! なかなかもってよいですぞぉ!」
「何事も臆することなく励むべし!」
そんな不思議な萬なおじさん達を最後に見送り、本日のボランティアが無事終了したのである。
村上館長は上機嫌でボランティアをこなした2人を労った。
「今日は誠に善き日じゃったわい! 可愛いギャルがおると人も来るもんじゃ! お主らもお疲れさんじゃったのぉ! そうそう、そのナイフに打たれた刻印、【越後三条 鍛冶道場】は当道場オリジナルじゃからの、他で売っていたりする物にはないからの、記念になるじゃろ!? ふぉっふぉっふぉっ!」
「今日は本当にありがとうございました! 色々勉強にもなりましたし、いい記念品が出来ました」
「マジで楽しかったよ、じいちゃん。あんがとね! 絶対また遊びに来るね。まことさん、その時はまた会えるといいな! 元気でね」
「えぇこちらこそ……あっそうだ、ちょっと待ってて! 2人に渡したいものがあるの」
そう言うとまことは控え室に走っていった。
「なんだろ?」
「さぁ……」
「これ、2人にあげるわ! 私が鍛えて作ったイヤリングなの」
しばらくして戻ってきたまことは、その手製のイヤリングを2人に渡し、受け取った2人はそのイヤリングをつまむと、それはカランと鳴りながら光り輝いて見えた。
イヤリングを凝視していた咲良が突然叫びだした。
「火花だ! これって火花ですよね!?」
「本当だ、確かに火花に見えるわね! これを貰ってもいいんですか?」
「やっぱりわかる? そうだと思ったのよ。あなた達は……」
まことは一瞬ハッとしたように驚きつつも、笑顔で謎めいた事を言うと言葉を切った。
「えっ? あたし達がなんですかぁ」
「な、なんでもないの、是非もらってちょうだい!」
咲良の問いをはぐらかすようにイヤリングを2人の胸元に押し込んだまことは、目に焼き付けるように2人を見ていた。
『ありがとうございます!!』
釈然としなかった2人ではあったが、ボランティアも終わり、最後には何度も手を振りながら別れを惜しみつつ、鍛冶道場を後にした。
「なーんか刺激的な体験だったねぇ! 館長もまことさんも個性が強い人達だったよねー」
「そうね、本当に楽しかったわ! それにしても最後まことさん変だったね……どういう意味なんだろ?」
「そういえば……なんだろ? 何がそうだと思ったんだろ? まぁ考えてもわかんないしー、ねぇ! 早く一ノ木戸商店街に行こう!? マルシェ終わっちゃうよぉ」
「そうね、考えてみても仕方ないわね、急ぎましょ咲良!」
無事にボランティアを終えた2人は、再び意気揚々と元町を一ノ木戸方面へ歩き出したのだった。
人物紹介1 咲良&茜
次回 2、三条マルシェはフェスティバル!
ゆっくりではありますが、読みやすくなるように再編集しております!
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また物語を書く原動力、励みになりますので、萬しくお願い致します!!