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短編・掌編

龍笛

作者: たびー

白鷺は、蓮の生い茂る池へと舞い降りる。今宵、白鷺は生まれ出る迦陵頻伽を見守る役目があるのだ。


狼子由さま主催の、描写力アップ企画へ提出したものを加筆修正しました。


夏の思い出。

 夜明け前、藍色の天にはまだ銀の星々が宿る。白鷺は翼を広げて蓮が生い茂る池のうえを弧を描きながら、ゆっくりと滑空した。

 数えられないほどの蕾をつけた長い茎が、夏の夜風にゆれている。葉のざわめきと(かわず)の声が重なり合う。

 白鷺は翼を大きく左右に張り一瞬からだを(くう)にとどめると、音もなく蓮の葉の上に降りた。薄い蓮の葉は、細い足に踏み抜かれることなく、白鷺を乗せた。

 白鷺は優美な首を空に向かってのばし、翼をたたんだ。すると見る間に鳥の姿から人の姿へと変わっていった。白髪の髪をそよがせる青年の姿になった白鷺は、ひときわ大きな葉に結んだ露へと首を伸ばして唇を寄せた。

 露を飲み終えた鷺に、蛙が声をかけた。

『今朝の見守りは、あんたかい? ご苦労様』

 白鷺はうなずくと、池を見回り始めた。

 なめらかな白絹の服は、(いにしえ)(から)の服に似ている。水音を立てずに白鷺が蓮の中を歩む。深いスリットが入った上衣から、ゆったりとした脚衣が覗き、薄手の布地は体の線にそって流れる。

 星たちが、わずかずつ動いて行く。真逆の季節の青い星が西の空に沈むころ、蓮の池には静かに楽の音が響き始めた。

 薄紅色の蕾が、ぼんやりと輝いている。小さな灯りをともしたように。

 音は蕾の中からだ。小さな楽人が、楽器を奏でる影がかすかに動く。手前勝手な音が散らばる。

迦陵頻伽(かりょうびんが)

 白鷺の声は独特で、彼の声を解するのは同族だけだ。

 迦陵頻伽は、人の体に鳥の足と翼をもつ小さな楽人だ。彼女たちの住む極楽浄土と蓮池は、夏の間だけいっとき繋がる。

 生まれ出るまえから、迦陵頻伽は楽器を鳴らす。蓮の花が開くのが待ちきれないのだ。

 琵琶(びわ)(しょう)篳篥(ひちりき)鞨鼓(かっこ)……。

 白鷺は音の茂みを回るついでに、眠っている魚を探した。足は水に濡れず、波をつくることなく、滑るように池のうえに歩を進める。

 高く伸びた茎を押し分けて進んでいると、白鷺は悲鳴を聞いた。

(たれ)ぞ、たすけてたも! 頭がつかえて……」

 右手から聞こえたような気がして、茎を押さえたまま、右へと視線を巡られた。

「このままでは、みなが浄土へ行けぬ。大事なお役目が果たせぬ」

 押さえた蓮の茎のなかに、蕾の手前でくびれたものがあった。茎の途中が朧げに輝いている。

「白鷺、白鷺、なにを突っ立っておる。我を助けよ」

 白鷺の存在に気付いたようだ。確かに白鷺は、迦陵頻伽の見守り役だ。けれど居丈高な声に、白鷺は眉のあいだに深く皴を寄せた。

(はよ)うせえ。夜が明けてしまう。我の龍笛(りゅうてき)なしに、誰一人として浄土へゆけぬ」

 白鷺は足を止めて彼方を見やった。さっきまで闇に紛れていた水平線が、わずかに白く線が引かれ始めた。

『……』

「なに? おぬしらは、ほんに奇妙な声をしておるの」

 白鷺の声を解することのない迦陵頻伽は、白鷺の声を鼻で笑った。白鷺はため息をつくと、茎のくびれた蓮を手に取った。

「な、なにをする!」

 白鷺は茎をめりめりと折り、茎に詰まった真紅の珠を手のひらに落とした。珠は掌でくるりと一回転した。

「あれぇ!」

 悲鳴をあげて、転がりながら珠はふわりとほどけた。小さな楽人は、腰から上は女官の姿だった。そして鳥の足と翼とがあり、笛を胸に抱えて青ざめている。

「狼藉をはたらくでない! 龍笛を損なうかと肝が冷えたわ!」

 頭のうえに結われた二つの(まげ)へ象牙の(こうがい)を飾り、鮮やかな錦と羽衣をふわりと纏う。赤と翠の羽は金色に縁取られ、小さく動かしただけで、白鷺の手から飛び立った。

「礼は言おうぞ。お陰で外へ出られた」

 そこへ、黄金の光が広がり始めた。蓮の葉が艷めき、蕾が小さな音を立てて次々と花開く。

「肩を借りるぞ」

 迦陵頻伽は白鷺の肩に止まると、笛に唇をあてた。鮮烈な高音が、ひんやりとした空気を揺らした。

 開いた蓮の花のうえには、それぞれに生まれたての迦陵頻伽がいた。

 朝日を浴び、窮屈な殻から出られた喜びを歌う。

 笛に続いて、鐘と鞨鼓が鳴る。追うように笙と篳篥、琵琶。肩の迦陵頻伽の笛は主旋律だ。

 迦陵頻伽の龍笛(りゅうてき)の響きは、まるで空に柱を建てるようだ。白鷺の脳裏には、浄土にある壮麗な宮殿が現れた。虹色の雲が湧きたち、雲の間を天女たちが楽に合わせて舞い踊るのだ。

 白鷺は目を細め、迦陵頻伽の笛に声を乗せた。華奢な体からは想像もつかないような、低く腹に響く歌声に迦陵頻伽が目を見開く。

 龍笛の凛とした高音に対して白鷺の声は楽を支える。重なる音は虹のように層をなした。迦陵頻伽は目を閉じ、小さな頭を傾け龍笛を吹き鳴らした。

 わずかの間、白鷺は迦陵頻伽たちに合わせて歌った。やがて西の空から細くたなびくように龍が飛んで来た。

 龍は、金の鱗を朝日にきらめかせ、池の上空を幾度もめぐった。龍がようやく動きを止めると、白鷺の肩から迦陵頻伽がふわりと下りた。小さな風が白鷺の頬に当たる。

「無事、迎えの龍を呼ぶことができた。感謝するぞ」

 それから、と迦陵頻伽は頭をさげた。

「そなたの声、とても美しかった。龍も喜んでおったのが分かったじゃろ。馬鹿になどしてすまぬ」

『……』

 白鷺は、一言応えて微笑んだ。

「相変わらず、分からぬがの」

 迦陵頻伽たちは、西の空へと戻る龍のあとについて飛び去っていく。

 わずかな煌めきはじきに消え、蛙と声と虻の羽音がした。

 迦陵頻伽を見送った白鷺は、またもとの鳥の姿へと戻っていた。

 蓮の花が、風に揺れた。


お盆休みに、宮城県栗原市の伊豆沼の「はすまつり」へ行きました。

とても幻想的でした。

ほとんど夏の思い出日記です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 早朝の草原の雰囲気が 良い感じに表現されていたと思います ……偉そうでスイマセン(^_^;) [一言] 早朝に流れる竜の笛の音(爽やかな風?)の描写が欲しかったです
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