1-5 父親による誕生日パーティーの前座
時刻は午後の8時。ユーマはあるベットの上で目を覚ました。あまり馴染みのない天井がぼんやりと見えていたが、数秒経ち目が冴えた。腹の痛みに少しウッとなりながらも、起き上がって周りを見渡すと青系統の色で揃えられた家具、そして賞状がいくつか壁に飾られていた。その光景は天井とは逆に彼には馴染みのあるものだった。
「ああ、ここ村長の部屋か」
どうやらユーマは気を失っている間に、村長の家に着いていたようだった。
ユーマは村長の部屋には小さいころによくレラと数人の幼なじみと遊びに来ていた。天井を見ていても馴染みがなかったのは、天井なんか見ることなどあまりなかったからだろう。
「ん、僕はいつの間に村長の家に? 確かレラに殴られて……気を失ったのか」
しかし、気を失ってしまう威力のパンチって。なぜ誕生日にそんなものをもらわなければならないのだ。とんだ誕生日プレゼントだ。
腹に少し違和感のようなものが残っていたものの動けないわけでもないので、ユーマはベットから出ようとした。すると少し老朽化していた扉がミシッという音をたてながら開いた。
「おお、起きたか。パーティーの準備はもうとっくの前にできてるぞ、村長も首を長くして待ってる」
ドアから出てきたのは、薄汚れた作業着でスラっとした長身の男性だった。
「……なんだ、父さんか」
テオ・ロイゼット。ユーマの父親であり、髪は黒色のさっぱりとした短髪。顔立ちは物腰の柔らかそうなたれ目に高くもないが低くもない鼻、少し長い耳が特徴的な人物である。顔立ちは完全に目以外はユーマに遺伝しているのぐらい目以外は似ている。そして、アージェルトから結婚記念に買ってもらったという伊達眼鏡をかけている。
背は190㎝ぐらいで、そこは完全にユーマに遺伝しなかったようだ。その点はユーマもかなり悲しがっている。
年齢は不詳。正確にはアージェルト以外には、であるが。そう、ユーマはテオの年齢を知らないのである。見た目では30代くらいとなんとなく想像はできそうだが、ユーマが周りに聞きだそうとしても、そういえば何歳なのかわからないという人たちばかり。アージェルトから聞き出そうとしても自分自身の年齢しか口にしない。なのでユーマが他人に親を紹介する時は、年齢に関して母と同い年ということにしている。
昔、冒険者をしていたらしく、ユーマの魔王プレゼンの時には、「魔王には良い奴もいるさ」とアージェルトを説得していた。
魔王志望に反対しないことに感謝しているが、家族なのに秘密にされるのは何かと癪だとユーマは思っている。
仕事は鍛冶師で周りからの評判が良く、特注で武器を作ってくれという村の外からの要望が少なくないらしい。
ユーマも剣や杖をオーダーメイドでテオに作ってもらっていた。
「しかし、聞いたぞユーマ。レラちゃんに殴られて気を失うとか、お父さんはそんな子に育てた覚えはないぞ?」
――おい父親よ、あんたもそんなことを言うか。今朝、あんたの妻にも同じようなことを言われたのだが。うちの両親は一体どうなっているんだ。
ユーマは呆れるようにテオをジトっと見ていた。これで今日は何回人に呆れたのであろうと思いながらも、ゆっくりとベットから出て立ち上がった。
「いやレラが強すぎるんだよ。父さんも知ってるでしょ」
テオはユーマの言葉を聞き、やれやれと手を横にしながら首を振った。更にため息をつきこう続けた。
「確かにレラちゃんは強いが、あんな可愛い女の子に負けたら男が廃るもんではないのか! ましてや未来の嫁に歯がたたないなんて……」
テオの女に負けたら男が廃るという概念にユーマはいまいち理解に苦しんだが、昔にはそういうものがあるんだとスルーすることにした。しかし、すぐにそれをやめた。テオの言葉に何か不自然な点があったからだ。
「ちょっと待った、未来の嫁ってなんだ」
ユーマは顔をしかめながらテオに尋ねた。テオは不思議そうにしながらも当然だろとでも言いたげな顔で答えた。
「ん? そりゃあ、あっちの両親も公認ならもう未来の嫁だろ。アインズさんも言ってたぞ、ユーマ君なら安心だって、良かったな!」
そう言いながら彼は強くユーマの肩を何度も叩く。しかしそれを素早くユーマは振り払った。
「いやいや何勝手に親で話進めてるんだよ! そもそもレラと僕はそんな関係じゃないって!」
ユーマは否定しているが、明らかに焦っている様子である。
テオはその様子をみると同時に追い打ちをかけた。
「何を言うか、息子よ。俺と風呂に入ったとき『ユーマね、レラとけっこんする! およめさんにもらうんだ!』とか言ってたじゃないか」
「いやそれ僕が6歳ぐらいの話だろ!?」
ユーマは顔を赤らめながらもテオの言葉を否定した。
確かにあの時は結婚というものを初めて知ったから……。そう、小さい子によくある好奇心なのだ、うん。
テオはユーマが自分に言い聞かせるかのように何度も無言でうなずいていたのを見て、何かをに気づき、ニヤリと詐欺師のような怪しい表情を作り、質問をした。
「なんだ、今はレラちゃんのこと好きじゃないのか?」
「ぐっ……」
「ほれほれどうした息子よ~、どうなんだ~」
――確かに僕はレラのことは好きだ。
しかし相手にあんなにおもちゃのようにされ、罵倒されているとなると告白をしたとしても結果は見えているとユーマは少し暗い表情を見せた。
「ぼ、僕が良くてもあっちはどうせ嫌に決まってる、だからそんな関係にはなれないよ」
するとテオが大きくため息をつきながら、首を振り誰かに話しかけるようにコソコソと話しだした。
「奥さん、私の息子はいつから罪な鈍感男に育ってしまったんでしょうねぇ。レラさんも振り回されて可哀想なこと」
ユーマはそういえば物理的に振り回されたことがあったなと、ふとあの時のことを思い出していた。水魔法を間違えてレラに当ててしまい、両足を持たれてぶん回されたのだ。あれは13歳の時である。
「俺は色々意中の女の子を仕留める方法を伝授した気がするんだがなぁ」
テオは顎をさすりながら、おかしいなと首を傾げる。
確かにユーマは6歳の時から女の子を口説く方法をテオから教わっていた。彼独自の方法だったが話を聞く限り、相当その方法で女の子を口説きは自分のものにしていたらしい。
「アイツはまた別だろ! 父さんの女の口説き方はレラには通じないよ! てか、ガキに何教えこんでるんだ、クソ親父!」
「そうか? レラちゃんにも通じると思ったんだけどな。ちなみにママには効いたぞ?」
テオの発言に、アージェルトに対して酷い返答をしてしまいそうになり、ぐっと口を紡いだ。
ひとまず彼は言っていい言葉を探しながら口を開いた。
「……あの脳内お花畑の人には通じるに決まってると思うよ」
アージェルトは息子にまでそういう行為を求める人物だ。テオの口説きにまんまと引っかかっても不思議ではないなとユーマは思った。
「それは……まあ、その通りだな、うん」
まさかの父公認。
「とにかくお前がレラちゃんのことをどう思っているのかが重要なんだ! さあ、今聞かせろ! 愛を叫ぶんだ!」
何やらどうしても言わないといけない空気をつくりだそうとテオは必死である。
「いや今じゃなくても、まず村長たち待たせてるし──」
「いーや、今言わなければだめなんだ! さあ! さあ!」
テオはニヤニヤしながらズンズンとユーマに迫った。ユーマの顔スレスレにまできたところでユーマは痺れを切らしたのか、観念して目を伏せていた。
そして、上を向くと同時にボリュームは大きくなくとも強く言葉を放った。
「そりゃあ……アイツのことは昔から好きだよ……ハイ」
ユーマの顔がみるみる紅潮していく。よく見ると顔には汗のようなものが一滴流れていた。
「へぇ~~~~」
その言葉を聞いた瞬間、テオがとてつもなくニヤニヤと顔を緩めて体をクネクネとし始めた。
気持ち悪いとユーマが顔をしかめたが、彼は気にせずクネクネしている。
「ああ、ママぁ! ユーマがついに色恋にちゃんと目覚めたよ! これは赤飯だ! 赤飯を炊こう!」
そう言いながらテオは速攻部屋を出て行った。謎の大きな音があった後、明らかに1人分ではないぐらいの足音がなっていた。しかしユーマはそれが聞こえないぐらい動揺していた。
体がふわふわする感じ。このままだとパーティーにまでこの調子を持ってってしまうと思い、彼は父親直伝の精神統一をした。この精神統一はかなり効くらしく、修行前にすると魔法のコントロールがとても安定するらしい。
テオはパーティーで謎のテンションなのだろうという理由でユーマは謎の愛の言葉の件を放っておくことにした。
「しかしなんであんなにしつこく聞いてきたんだ、あの父親は。話の流れ的にも別に好きだとか言わなくてもいい場面だったと思うのだが」
――まあ、いいか。
「さて、待たせちゃったよな……早くいかないと」
ユーマは急いで階段を下りて一階のリビングへと向かった。
村長の掛け声のもと盛大に誕生日パーティーは開かれた。がしかし、パーティー中ユーマはテオのせいでかなり上の空だった。