1-3 幼馴染
今朝のことを思い出していると、思ったより時間が経っていることにユーマは気が付いた。
「おっと、そろそろ家をでないと遅れちゃうよな。意外に家から村長の家まで距離あるし」
村長の家は村の端にあり、高めの丘の上に建っている。いくら村が大きくないとはいえ、歩くと時間がかかる。遅れると失礼にあたるし、なによりアイツがうるさくなるからとユーマはすぐに支度をすることにした。
さすがに部屋着でパーティーに出席するわけにもいかないので、まずは服を着替えようと自分の背丈より少し大きいクローゼットを開けた。中にはこの時のために特注したというタキシードが一際目立って存在していた。
そのタキシードはファタルシアの中では2番目に大きく、商業が発展している国『オルカ』という国でアージェルトが発注してきたものだ。
ブライ村からオルカはかなり距離があり、歩けば1週間はかかる。「あの母親どうやって行ったんだ?」とユーマは疑問を抱いたが、あの元気の塊からしたら意外に行けるのかと謎に納得してしまった。
かなり高価そうな雰囲気を醸しだしていて、うちってそんな特注できるほどお金があるのかという疑問も彼の中には出てきたが、せっかく用意してもらった物なのでと気にしないことにした。
ユーマはさっそくタキシードを手に取り、着替えてみる。普段はこういうかっちりとした恰好をしないからか、上手く腕が袖に入れられなかったりしたが、なんとか着替え終わり、ユーマはふと窓を見た。すると、なんだか少し大人びてみえた自分自身の姿が写っていた。
ちょっと大人びた自分を見て、ユーマは反射的に背伸びをしたくなって少しだけつま先立ちをした。普段は背伸びだけしても大人だろうという見栄にしかならないが、こうやって服装もちゃんとしているとなんだか本当に大人に見えてきてちょっと誇らしく彼は感じていた。次は表情を──なんて思っていると、玄関のドアが数回ノックされる音が聞こえた。
「ユーマ~、迎えにきたよー」
「あれ、この声は……」
昔から聞き慣れている可愛らしい声が外から聞こえてきた。
「3分以内に出てこないと服破り捨ててしばきあげるわよー」
「なに悪魔みたいなこと言ってるんだ、アイツは……」
ほんの少しして出かける準備も終えたので靴の紐をしっかりと結び直し、ドアを開けた。ユーマの目の前には毛先が少し上をむいている金髪のボブで、薄いピンク色の月の光によって神々しさが際立っているドレスを身に纏った女性が堂々と立っていた。
「なんだ2分46秒か……、つまらないの」
金髪の彼女は手に持っている金色の懐中時計を見ながら、つまらなそうに言った。
「本当に服を破るつもりだったのかよ……」
「私が冗談を言う女だと思ってた?」
彼女はフンと鼻を鳴らし、小馬鹿にするような細目でユーマを見る。
「いえ、まず間違いなく言いませんね、断言できる」
この強気でドSそうな女性の名前はレラ・アーサーロッド。
この村を支えているといっても過言ではない唯一の名家のお嬢様であり、ユーマと同じ歳の18歳である。
彼女の住んでいる家は、有名な剣士を多く排出している名家であり、彼女もまた将来有望視されている剣士の一人である。
16歳から戦闘に駆り出され、周りの熟練者に劣らず実力を発揮し、金色に輝くその髪と俊敏かつ凄まじい連撃と無駄のない敵の仕留め方から、『金色の舞姫』と巷では呼ばれている。
「全く……もう少し言動も女の子らしくしたらいいのにな」
「何か言った?」
彼女はこちらを軽くにらみつけた後、くるりとユーマにドレス姿見せびらかせるように一回転半回って、逆を向くとユーマの答えを聞かずにそのまま歩き始めた。それに数歩遅れてユーマも歩き始める。
ユーマとレラは幼なじみであり、昔からよく会っては遊んだりしていた。レラの家の人たちにも公認で仲の良い二人と認識されている。
しかし最近は会ってはレラがほぼ一方的に彼のことを無駄になじっていることが多い。さらにレラは他の人たちにはそんな姿を見せないため自分を嫌っているのかとユーマは思うときもあったそうだ。
レラの両親からは照れ隠しのつもりだからと言われたので、流石にご両親の言葉は疑ってはいけないと思い割り切ってはいるが、ユーマはそれでも彼女から自分がおもちゃにしか見えていないと思っている。
ユーマの家を出て少しの沈黙の後、レラはユーマに尋ねた。
「あ、あのさ、ユーマ。やっぱり、この村を出ていくの?」
レラはうつむいているからなのか、ぎりぎりユーマに聞こえるかのようなかすり声で尋ねた。
「ん?それはもちろん、僕の夢の第一歩だし」
ユーマは何をいまさらと不思議そうに答えた。
「そっか……残る気はないのね……」
そう言いながら彼女は下を向いたまま歩いていた。表情はかなり複雑そうにしていて、そんな表情はユーマからも視認出来ていた。
その表情をみていると、彼の頭の中に誰からか言われた一言がふと浮かんだ。
「女の子が弱い部分を見せたら攻めていけ! そしたら大抵落ちる! ──」
ユーマは誰の言葉かは思い出せなかったが、あることを思いついた。
別に落とすつもりはない。しかし、これはおもちゃと思われているのを払拭できるチャンスだとふと思ったらしい。
そして、ユーマはこの場において自身で渾身の一言をレラにぶつけた。
「なに、寂しいの?」
その言葉を聞いたレラは急にユーマの方に振り向き、頬を赤く染めながら口をパクパクし始めた。
「バッ……んな訳ないじゃない! 誰がアンタみたいなやつがいなくなって寂しくなるものですか! なに自分が大切な存在だと思い込んで調子いいこと抜かしてるのよ! この妄想うじ虫! ちょっとかっこいいからってホントに調子のるんじゃないわよ! バーカ、バーカ!」
予想外の答えにユーマはポカンとする。
「え、そこまで言う?」
彼は頭を掻きながらごまかすように半笑いをしたが、レラの歩くスピードが速くなりそそくさと行ってしまった。
彼にとっては結構自信のあったサラッとした口説き文句だったのだが、これはちょっと考えなきゃならないなと思っていた。
そういえば、あの言葉は父さんに言われたのだと思い出したと同時に、あの言葉の後に小さく何か付け足していたようなと考え込んでいた。
しかし、少し考え込んだ後にユーマは膝をがっくり落とした。先ほどレラに発した言葉を悔いているのだろう。
──調子いいこといっちゃったのか?でもあんな怒るとは思わないじゃん……。僕はやっぱりレラには好かれない運命なのだろうか。
彼はいわゆるツンデレという属性を知らなかった。いや、単純に鈍いということもあるだろうが。
この2人の関係は思いやられるばかりである。
そしてパーティーが終わり、家に帰ってから1人で1時間近くの反省会を開いたのはまた別の話。