1-2 魔王志望者の母、登場
「ユーマー! お母さん村長の家に行ってくるからー」
魔物の召喚魔法についての本をだらだらと読んでいると下の階から女性の声が聞こえた。元気な雰囲気でもとても優しい声質の声、ユーマにとっては何百、何千も聞いた心地よい声だ。
ユーマは久々に見送ってやるかと思い、欠伸を1つもらすと階段を下りて一階へと向かった。
階段を下りてすぐそこにある玄関の前には、手提げかばんを大胆に広げて持ち物の確認をしている軽くおめかしをしたユーマの母親がいた。
ユーマの母親は彼の存在に気付くと、数回大げさに瞬きをし、すぐさま嬉しそうに口を開いた。
「あら、見送ってくれるのー? 珍しいじゃない」
彼女は若々しい笑顔で、ユーマを見つめる。
「まあ、なんというか僕も18になったわけだし……」
ユーマは少し照れ臭そうにしているが、もうそろそろこの家を出ていくのだ。親の顔を少しでも見ておきたいと急に思ってしまうのは仕方がないことだろう。
「ふふふ、それなら最愛の母にいってらっしゃいのハグとかないのー? あ、キスでもいいよ?」
そういってユーマの母親は両腕を大きく開き、目は閉じながらキスをしたいがのごとく思いっきり口をとがらせていた。
「するわけないじゃん……」
母の名はアージェルト・ロイゼット。
もうすぐ38歳になるのだがどう見ても20代前半並みの見た目をしている。オレンジ色の髪に大きくぱっちりとした黒く澄んでいる目、子持ちとは思えないルックスの良さである。
ブライ村は小さいので村の人たちには、ユーマとアージェルトを息子と母と認識出来るのだが、街に出たら明らかに姉弟と間違われてもおかしくない。
とにかく明るい性格なのでそれが若作りに直結してるのだろう。当の本人は若作りしたいと思ってしてるのではなく、なぜか老けないみたいな感覚を持っている。
「ブ―、ユーマのケチ~、お母さん的にはもうちょっと可愛い性格に育ってほしかったな」
アージェルトは腰に手を当てて、大きく頬を膨らませている。それに対してユーマは呆れたように目線を斜め下にして、皮肉を言った。
「それはきっと母さんたちの教育方針が間違ってたんだろうね」
「あら、口の減らない子ね、そんな口はこの唇でふさいでやりましょうか」
そう言いながらアージェルトは、ピンク色の口紅を塗った自分の唇を指で軽くトントンと叩いた。ユーマはそれをみて、またもや呆れたように「どんだけ息子にキスしたいんだよ……気持ち悪い」と言い放った。
「あらまひどい、冗談にそこまで言う?」
ユーマはこの言葉に対して冗談とは思えない気持ちがあった。
彼女には、前科がある。
それは約2か月前のこと。魔王になるべく、彼が親に了承を得るためにプレゼンをした日があった。
アージェルトはユーマが魔王になりたいと言ったときには猛反対した人物である。
それも当然だろう。魔王というのは、残念ながら悪いヤツらの代表という印象が世界共通といっても過言ではない。息子が悪いヤツらの頂点に立ちたい、と言ったら反対しない人はほぼいない。しかし、2時間以上の魔王についての熱いプレゼンをした結果、彼の父親の説得もあったのかさすがに反対できなくなり、今は黙って息子の夢を応援している。
そして、その日の夜。彼女はユーマが寝ている時にベットに潜り込み、くっつきまくっていた。ユーマはそれをはねのけようとしたが、魔法によって彼の体は拘束されていた。
さすがに魔法をぶっ放すわけにもいかなく、そのまま朝を迎えていた。
このこと以外にも普段から息子への過度なスキンシップがあったので、さっきの言葉はユーマからしてみれば、本気で言っているようにしか聞こえないのである。
「それは置いといて、お父さんも仕事からまっすぐ村長さんのところにいくみたいだから家出るとき、戸締りよろしくね」
アージェルトは先ほどのスキンシップを取ろうとした好意的な様子から、けろっと冷静になり必要事項をユーマに話していた。
「はいはい」
「いってきまーす!」
バタンと勢いよくドアを開けアージェルトは家をとびだしていった。ウキウキしながら家を出ていった光景が彼には少しくすぐったいような感じがして、首から背中にかけてムズムズしていた。
もうすぐ息子が家を出ていくというのにあんな振る舞いをするのも母さんらしい、とそんな風にユーマは思ったのだった。