1-1 「18」の誕生日の朝
闇の世界と光の世界に挟まれて位置する中立の世界、その名も『ファタルシア』という。そのファタルシアに存在する小さな村が主人公の育った場所である。
生い茂った森林と、そこまで高くなくほぼ一定の標高で連なっている山々に囲まれた平原の真ん中にぽつりとある小さな村、ブライ村。
この村は、ある理由で周りの町村がほとんど撤退し、山を越えなければ食料や衣料などを十分調達できない状態にある。
民家よりも風車が多く、その風車の数を見に観光客がたまに来たりするがあとは有名な剣士の名家が1つあるだけで特に素晴らしい特徴もない、そんな村。
「家から出たい……」
空に雲も無く、穏やかに鳥が鳴いている春の日。そんな日に村のとある木造の一軒家に赤紫色の少しクセっ毛な髪で、額に少し目立つような傷跡を付けている青年がいた。その青年は、口を尖らせながら、自室の窓の外を眺めながらそわそわしている。
ユーマ・ロイゼット。ある日を境に魔王を志すようになったとある鍛冶屋の一人息子である。
彼はそこで18歳の誕生日を迎えた。
しかし誕生日というおめでたい日に、何故彼が部屋で家から出たがっている飼い犬のようになっているのか。
今日は村長の家で誕生日パーティーをするから迎えがくるまでは家から一歩も出るな、と3日前から母親に口酸っぱく言われていたため、彼は3日も家から出ていないのである。
ちょっと厳すぎると感じる部分はあるが、この外出禁止令にはちゃんと訳がある。
数日前、ユーマは3時間だけ魔法の修行をしてくるといって、3日も家に帰らなかったのだ。さすがにそれには彼の母親も堪忍ならず、家から出られないという結果になっている。
「でも今日で僕は18歳になったんだ。母さんに旅の許可をもらって本格的に魔王の修行をするんだ……!」
この世の中では18歳になると大人とは認められなくとも、独り立ちは許されるようになる歳である。実際に18歳になった者は、その歳になったとほぼ同時期に旅に出ていく人が多い。
ユーマもまた然りだ。彼は旅というものに一際興味、いや興味というよりは執着心みたいなものを抱いていた。
彼が村を出ていきたい気持ちがあるのは、魔王になりたいというのは一番にあるがそれ以外にも彼の願望の1つと、彼自身住んでいるブライ村の環境の影響があった。
魔王ならば配下や手下というものがいる。あくまでも王、王とは誰かの上に立つ存在。手下や配下は不可欠だと彼は師匠に叩き込まれていた。
そのため、彼は手下に出来る魔物を探すために、10歳のときには無断で村の外に出ていた。恐怖が無かったわけではないが、魔王になるためには必要なことだと思い込み外出していた。しかし、この村の周りにはとある理由で魔物がほとんど住みついていなく、会う機会はほぼ無かった。
毎日村の外に出たのにも関わらず、彼が魔物に出会ったのは一度だけだった。
「あの時はまさか牙竜が出てくるとは、流石に死んだと思ったなぁ。今は負けない自信あるけど」
牙竜とは竜の一種で、竜種の中では珍しく飛行が出来ないが、まるで飛行しているかのような高いジャンプをすることができる脚と特徴的な大きな牙を持つ。強さは竜種の中でも5本の指に入る種類で新人の冒険者ではまったく歯がたたないようなヤツにユーマは出会ってしまった。
普段は人前に出現しない魔物なのだが、たまたま迷い込んでしまったらしく、そこに偶然居合わせてしまったのだ。
当時10歳のユーマは魔王になりたいという気概はあったものの、戦闘経験なんて当時はほぼ皆無。牙竜の威圧に当然怯えてしまい、動くこともできずそのまま気を失ってしまった。
目を覚ますと村の病院のベットの上で、近くにいた女性の冒険者から大げさに心配をされた。
たまたま仲間と共にこの村に寄っていたらしく、その人に少し大きめの手鏡を渡され自分の顔を見てみると、額にかすり傷、そして大きなガーゼが貼られていた。
女性の冒険者によると、牙竜から額に小さく1本、右腕に大きく3本の爪痕を残されたらしい。そしてユーマは、村の医者から腕の爪痕に関しては生涯付き合っていくかもしれないと言われた。
どうやらその牙竜は魔法で自分の爪を強化していたらしく、思ったより深く爪が入ってしまいえぐられるようにやられていた。
ユーマは冒険者の女性が「無傷で助けてあげられなくてごめんね」としつこいぐらい何度も謝っていたのは印象に残っているが、容姿はぼんやりとしか覚えてはいなかった。
「僕の今の力だったらもう手下の一人ぐらいはできてもいいんじゃないだろうか。そうだ、あの牙竜を第一の手下としよう!いやぁ、楽しみで仕方がない!」
ユーマはあれからというもの毎日修行に明け暮れた。
魔法や剣術、銃や弓等の遠距離武器の使い方などの戦闘スキルや魔法の仕組みに植物や動物の生態、魔物の言語などの勉学にも自分なりの努力を続けてきた。
12歳のときには土下座までして師匠を得ることもできた。。
最近師匠からは「お前には才能がある。多分魔王の候補の一人として名を挙げられるぐらいに強くなってるよ」とも言われている。
憧れの魔王の候補に選ばれるほどの実力がついているかはわからないが、自分の実力には自信が持てるようになってきている。
「そうだ、明日師匠のところにいかないと。何か話があるって言ってたよな」
この前の魔法の修行の時に、師匠は誰かと話していた。ユーマは師匠が自分以外の人物と話しているのは珍しいと思っていたが、集中力を切らすとすぐに師匠に怒られるため、興味ないふりをしていた。
──そういえば不思議な恰好してたな。黒基調のピンク色のラインが散りばめられたローブ。普通の見た目じゃなかったぞ。
「しかしどっかで見たことがあるような……」
そういってユーマは自分の部屋の隅っこにある中サイズの本棚からアルバムを取り出し、少しシーツがくたびれたベットに座った。
アルバムには赤い表紙に龍なのか蛇なのかわからないような模様が描かれていている。
小さいころはただの蛇だと思っていたが、何と無く気になって彼の師匠の書斎調べてみたところ、カラクニノリュウと呼ばれる光にも闇にも属さない無を統べる龍と言われている伝説の生物らしいことがわかった。この世界の守り神としても一部では崇められているらしい。
この赤いアルバムには5歳あたりから今までの写真が保存されている。昔からの写真を保存しているにそこまで多くの写真は入っていなかったが、彼にとっては特別なものだった。
「ザウルさん……やっぱかっけえ……」
ザウルとは一時期、名を全世界に轟かせた魔王界ではかなり有名な魔王である。
彼はこの世界で数少ない人間で魔王となった者でありユーマが魔王になろうと思ったきっかけの人物だ。
そして何枚かその人と一緒に写っている写真がアルバムの中に入っている。
「僕もいつかこんな人みたいに、かっこよくなりたいな」
ユーマはベットに横たわりながらアルバムを見て懐かしい気持ちに浸っていた。
彼はあまり過去を振り返るような性格ではないが、旅という人生においてターニングポイントとなりえることがもうそばに迫ってきているせいなのか、否応でも昔の記憶を思い出していた。
もちろん全てが良い記憶ではない。しかし、思い出したくないような気持ち悪い記憶でさえも、心に不思議で心地よいものを与えていた。
しばらくして、いつの間にかユーマの顔の上にアルバムが開きっぱなしで覆いかぶさっていた。流石に暇でしょうがなかったのか、気がついたら眠っていたのだ。
ふいに机に置かれた師匠から貰った置き時計を見てみると午後の6時を指していた。
「そろそろ晩御飯の時間か」
その時ユーマは母が村長の家に向かおうとしていたときのこと思い出していた──