088 指導迷宮と認証札
「なんだ? 今度の志願者はえらくちっこい嬢ちゃんばかりだな」
「そういうな、オスヴィン。ちょうどお前さんの娘っ子くらいだろう? 多少は接し方も判ってるだろうからな」
「いやいや! 最近はもう生意気盛りでどう接したらいいか教えてほしいんだが?」
何とも情けない顔をする探索者は黒髪の熊人族の男性で、探索組の組長がオスヴィンと呼び、五人の指導員として就く人物だった。
「大っきい……。これからお願いします」
「ん。お願いする。えっと、これ使う?」
「おぉー、ボクとレーアくらいなら二人まとめて肩に座れそう」
「ルーナ……。指導お願いします」
「お願いするの」
リアーネに差し出された地図作製機を手にして、どういった道具であるかを聞いた組長は、驚き過ぎて声を無くしてしまった。
「おっ。ちゃんと狩り用の外套を身に付けてるな」
「これ? 狩人の時のをそのまま使ってるだけだよ?」
「そうそう、それでいいんだ。迷宮の中でも他の探索者に対して誤射は避けなきゃならんからな」
「ボクらが弓や銃を扱う時の注意点は、迷宮でも変わらないんだね!」
「そうだ。それもこれも安全のためだからな。それじゃ、お待ちかねの迷宮へ行こうか」
「「「おーっ!」」」
組合の待合室を奥へと移動すれば、大きな扉を超えたところから直線の通路が続いている。銃眼が確認できることから迎撃用の通路になっていることが判った。
しばらく進んで現れたのは、後から作り付けられたという天井まで届くほどの高さと片側の幅三メートルほどの両開きになった巨大な金属製の扉だった。小さな覗き穴があけられて、扉の向こう側を確認できるようになっている。
閂を滑らせてからギギギッと、軋む音を響かせて開いた先からが迷宮の本番である。
回転軸の構造が優秀なのか思ったほどには重く感じず、ラウリー達でも楽に開けることができるのだった。
皆が入ったのを確認すると扉を閉めて内側から閂を掛けた。この閂は扉のどちら側からでも操作できるようになっていた。
「閉めちゃうの?」
「あぁ。万一魔物が溢れて来ても扉が閉まってりゃ時間が稼げる。閂を開けるような頭の良い魔物はこの迷宮にはいないしな。この先扉があれば、通り抜けた後は同じように閉めて閂を掛けることだ」
「そうなんだ?」
「ああ、壊されることはあるんだが。まぁ、そのためにわざわざ付けた物だからな」
「ん? 組合で付けたの?」
「そうだ。元々は扉なんて無かったんだが、魔物が階層移動しないように下層でも階段や迷宮核のある場所だけは扉を付けるようにしてるんだ」
幅七、八メートル程の通路が続き、天井までは十メートルは有りそうだった。天井の各所には薄明かりが漏れ出す魔石の様な物が埋まっており、暗いながらも見通すことができるようになっていた。床も壁も綺麗に整えられている様子から、本当にここは迷宮なのかという疑問さえ浮かんでくる。
「ほれ、この先を行ったら迷宮核の複製だな」
直線通路の右側に高さと幅が三メートル程の狭い通路が現れ、オスヴィンがそちらを示しながら案内をする。
少し進むと直径二十メートル程の部屋になっており、中心には一メートル程の高さのところに直径三十センチはありそうな大きな球形の魔石が上下からの柱に挿まれるようにしてあるのだった。迷宮核の複製は一行を出迎えるように色が移ろい変わっており、思わず見とれてしまうのだった。
「綺麗だねー、一個欲しいかも」
「ん。凄い魔力量。複製でこんななんだ」
「はっはっは。複製とは言え迷宮核は持って行かれちゃ困るんだ。それよりそいつに認証札を触れさせるんだ」
ジーっと見つめる双子の目付きに心配になったオスヴィンは苦笑いをしながらもすべきことを教えるのだった。
オスヴィンの指示に従い五人は順に認証札を取り出し迷宮核に触れさせた。すると、一瞬認証札が光に包まれた。
「これでいい? 何になるの?」
「大丈夫だな、ちゃんと登録されてる。迷宮はな、同じ迷宮内にある核から他の核へと転移できる様になってるんだ。ここの迷宮なら後は最下層の本物だけだが、それでも帰りが一瞬で済む。他の迷宮なら探索途中で帰るにも再開するにも、使えると使えないとじゃ大きく違うからな」
説明している間にラウリー以外も登録を終わらせた。
「そんなのだったら、プナィニョキとかでも登録だけさせてもらえば良かった……」
「ん。次からそうすればいい」
登録だけして何になるんだと、オスヴィンは不思議そうな顔をする。
「ラーリとレーアが前衛。リーネ達が後衛で行く。おっちゃんは?」
「おっ……!? 後ろから着いて行くよ。そうだ、こいつはこれで良いのか?」
地図作製機の使い方を聞き、リアーネが説明をした。それを見ていたラウリーが自力での地図の作成が課題の一つだということを思い出した。
「地図は誰が描く? やっぱりリーネ?」
「ん。任せて!」
「ボクじゃ無理だろうしね……」
「うちは任せてくれても良かったんだけど?」
「レーアは前衛の守りがあるの。変われるのは私くらいなの」
結局リアーネが地図の作成をしながら進むことになったのだ。
「じゃあ改めて、しゅっぱーつ!」
「「「おぉー!」」」
「……賑やかだねぇ」
拳を振り上げ掛け声をかける五人を見て、オスヴィンは不安やら心配やらですでに疲れてしまっていた。
迷宮の床面には硬い物をこすったような細かな傷があり足を滑らせる心配は無さそうだった。
「壁はツルツルだね」
「ん。どうやって作り上げたのか興味がある」
「ラーリもリーネも、もう少し緊張感を持っててよー」
少しも進むことなく迷宮の構造に目をやる双子にルシアナは力の抜けた声を出した。
「ん。この床、重量物でも引きずった? 古いのも新しいのもある」
「嬢ちゃんそんなこと判るのか? そんなとこに目をやる奴なんて初めてじゃないかな」
オスヴィンは感心した様な呆れた様な声を出し、ゴーレムの歩いた後だと教えるのだった。
「ゴーレムって、おっちゃん、ここ何か採掘できたの?」
「迷宮の保守をやってるんだ。元々はそいつらが迷宮を拡張したんだろうしな。攻撃しなきゃなんもしてこないから、ゴーレムは見つけても手を出すんじゃないぞ」
「わかったの! ルーナ気を付けるの」
「いや、ロット? なんでボクだけ?」
「一番うっかりでやらかしそうなのがルーナなんだろ」
「ん。自由な風と闇払う光輝なものよ、行く手を阻む境木に一時の灯りをもたらせ………『空間測定』『持続光』」
リアーネの手元には『空間測定』で得られた地形が光の魔法で地図となって描かれていく。
「はぁっ!? な? えぇー……?」
「おっちゃんの持ってるの作ったのリーネだからなぁ。こんな方法で地図描くとは思ってなかったけど」
「さすがリーネだね!」
ラウリーは嬉しそうに尻尾を振るのだった。
「はぁ………上級迷宮に潜ってる探索者でもここまでのは聞いたこと無いぞ。嬢ちゃん、魔力は大丈夫なのか?」
「ん? 迷宮内は魔力の回復が早い気がする。今は使った端から回復してるから問題ない」
「!? どんな魔法の使い手なんだか……」
そしてようやく奥へと踏み出した。
入ってすぐは西に奥行きのある広い空間がある。
西側奥の壁には北よりに扉があり、そこからすぐの南側には壁ではなく通路が続いてる。
「見えるけど見通しは良くないねー。どっち行く?」
「扉は後回しかな?」
「ルーナ……面倒だからじゃないよな?」
「ちっ! 違うって。何だ、ほら! 開けた通路の方が魔物が移動しやすいんだから、そっち先に確認しないと危ないだろ!?」
「ルーナが!? ちゃんとモノを考えてるの!?」
「……ボクを、何だと思ってるんだよ」
「納得できる理由もあるんだし通路から行こっか」
項垂れるルシアナを宥める様にラウリーが方針を決定した。
その通路はそれなりの距離があり、仄暗い迷宮内では実際の距離を測りかねた。
「先の方少し明るいけど何か居る?」
「ん。広間になってる。この地図で見る限り五十メートルは無い感じ。魔物はまだ居なさそう」
広間に着くと西と南に通路が続いている。
「リーネ、どう?」
「ん。右手側は通路に扉、魔物無し。正面は通路の先に扉、魔物無し。正面壁際に、罠かな?」
「罠? ボクが見るよ。えーと……あ、ほんとにあった。なんで判ったの?」
「ん? 踏み石の隙間から先の空間がわずかに感知できるから」
聞きながらも罠を解除して、帰った答えに言葉が続くことは無かった。
オスヴィンも手元の地図作製機に表示されていることに気が付いて、言葉を失っていた。
相談の結果正面の南に向かっていくことになったが、その通路はガタガタと南東に向かっており扉にたどり着いた。
「じゃあ、まずはボクの出番だ」
そう言ってルシアナは扉を調べて行くが、罠などは無く開けることができ、少しだけ開けた扉の先を覗くと物音が聞こえて来る。
「何か居るみたいだね」
「ん。動体反応あり。数四」
戦闘準備を整えて、そろりそろりと扉を開ける。静かに足を踏み込んで敵の姿を確認する。
リアーネの示す方を見ると、頭の先から尻までが五十センチはありそうな、蟻と考えれば大きな魔物を確認できた。
蟻は迷宮の壁に牙を突き立て壁を削り取っていたのだ。
さぁ、攻撃を始めようかと思った時に、双子達の存在に気付いた蟻が一瞬動きを止めた後に顎をギチギチと鳴らしながら双子達に向かって行った。
「な、気付かれた! 行くよレーア!」
「もちろん!」
ラウリーは剣鉈と短剣をレアーナは戦槌を構えて前に出る。
「まずはボク達からだ!」
ヒュッ! パパシュッ!
ルシアナの掛け声と共に鳴る矢を放つ音に、銃声が応える様に響いたのだ。
ルシアナの矢とリアーネの銃弾を受けた一匹の蟻の魔物は体が溶けるように消えて行った。
「もう一撃!」
ガシャコンッ! ヒュッ! パパシュッ!
接近される前にと次弾を発射し、更に二匹を仕留めることができたが、その間に残る一匹がラウリーの眼前に迫って来た。
「ハッ! トォーッ!」
躱す様に左に踏み込み剣鉈と短剣を振るうと蟻の足を二本切り飛ばし、蟻は動くに動けなくなる。蟻の魔物の触角が微かに発光して光が周囲へと広がると、ラウリーの周囲で草が生えて来て追撃の手を加えるための足が止まってしまったのだ。
「せーのっ! ヤーッ!」
ラウリーとは違って回り込む様に接近していたレアーナが、戦槌を振り下ろし蟻の頭を打ち砕いた。
魔石を残して形を崩した蟻の魔物を確認し、周囲へと警戒の視線を巡らせた。
東に向かって細長く広い室内には西と南と、もう一つ北への扉を確認できた。
「ん。他に魔物は居なさそう」
「魔物ってほんとに溶けてなくなるんだねー」
ラウリーが魔石を回収しながらそんなことを言う。
「おお、偉い偉い。目の前の魔物だけじゃなく、他にも隠れて無いか、見逃して無いかの確認は特に大事だ。気を抜いたところを襲われて大怪我したなんて失敗はよく聞くからな」
「「「気を付けます」」」
本当に魔物が近くに居ないのかもう一度周囲の確認をした後に、リアーネは蟻の齧っていた迷宮の壁を調べていた。
「リーネ、何かあった?」
「ん。何かの種がある……あの蟻って魔物化した農耕蟻なのかな?」
辺りを見回せば、ラウリーが踏み止まった以外にも申し訳程度に草が生えていた。
「見たことある植物の様な気がするの?」
「え? ほんとに? うーん……あっ! 賢者草じゃない?」
「そうかもっ! この葉っぱ大っきくて判んなかった」
ラウリーが摘んだ葉と顔の大きさを比べてみれば葉の方が大きかったが、体力回復の魔法薬などにもよく使われる薬草であることに気が付いた。
休憩を兼ねて一応採取しておくことにした。
相談をして南側の扉を開けると何も無い小振りな部屋で、南側に扉があった。
大丈夫そうだと踏み込めば、壁から何かがバサリと飛び立った。
「何あれ!? 蛾?」
飛び上がった蛾の魔物は翅から鱗粉を振りまいて煙ったような有様になった。
「ドッセーイッ!」
レアーナが戦槌を振り落とすと、その勢いで周囲の鱗粉がかき混ぜられて余計に酷くなってしまう。
「うわ……ごめん、失敗、した。指先痺れ、て……来た」
「これじゃ、狙い……付けれ、ない、の……」
「何やってるのレーア。自由な風現れよ、優しく渡る風よ吹け………『送風』」
ルシアナの魔法で緩やかに鱗粉が部屋の奥へと移動して行った。
パシュッ!
視界が張れた隙をついてリアーネが銃撃で撃ち落とせば、そのまま形を崩していった。
「ん。一撃。ルーナ、鱗粉は一か所に集めて行って」
「そうなの! 麻痺薬の材料になるの!」
「わかったー」
「魔物が動かないとリーネでも判らないんだね。気を付けないと」
落ち着いてからリアーネが『解痺』を掛けて、レアーナとロレットが動けるようになった。
更に扉を開けて進むとまた小部屋で、南と東に扉があった。
「敵! 何あれ? 甲虫?」
パパシュッ! ヒュッ!
ガガンッ! カンッ! ガインッ!
「ドッセーイッ!」
部屋に踏み込んだとたん飛び掛かって来た甲虫の魔物は、鉄でできた様な外殻のために銃弾を弾きラウリーの剣鉈も表面を滑らせて、体勢を整える様に甲虫が滞空したところにレアーナの戦槌が振り下ろされた。
さすがに耐えることはできなかった様で頭を潰され溶けて消えた。
「はー。レーアありがと。ちょっとびっくりした」
「ん。あれは堅かった」
双子の尻尾の毛はいくぶん逆立ち太くなり、気を落ち着かせようと忙しなく振られていた。
「弓も弾かれちゃったねー」
「一層でこれだとこの先が不安なの。何か考えないといけないの」
ロレットが自身の持つ狙撃銃に目を向け、装備のことに言及した。
「ふぅーー。うちはまだ大丈夫だろうけど、皆の装備は何か対策が必要だねー」
「それが判れば問題は無い。探索者を殺すのは慢心だからな」
オスヴィンの言うことに頷き返して、この先のことを考えたリアーネは今できる対策を取ることにした。
「ん、ロット、通常弾回収する」
「えっと? どういうことなの?」
「ん。この先はこれ、強化弾を使う」
そう言って腰鞄から大量の弾丸を取り出して、弾丸用魔法鞄の中身と入れ替え始めた。
「嬢ちゃん? 強化弾ってな、なんだ?」
「そういや、弾丸製作魔導具も手を入れてたね? 発射音が大きくなったからって、狙撃銃も改造してたし」
「そうなの! うちのも改造してもらったの! とっても静かになって嬉しいの!」
弾倉の詰め替えも終わらせ休憩も終了し、さらに南を目指すことになった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。




