087 工房見学と魔導車
真銀の槌工房。表から見ると他の住居や工房と同じようにも見えるが、中へ入ればその印象はガラッと変わる。
一見するだけではただ綺麗な室内としか感じないが、細部に目をやればさり気なく施された細工に気が付くだろう。一見簡素な造りでありながらも淑やかさを感じさせるのだ。
もう一つ違ったところと言えば、内部が随分と広いことだった。それもそのはず、家族経営の工房かと思えば、何十人もの従業員の居る大工房だったからだ。
「「「わぁーー………」」」
双子達は崖の中とは思えない規模の大きな工場を目にして驚きの息が漏れ出した。
「わっはっは。どうじゃ凄いもんじゃろ。うちはこいつが主力商品なんじゃ」
そう言って示された先では、工作機械を操作して部品の製造検査を行っている者達ばかりで、それだけ見ても分からずに皆は首を傾げることになる。
「爺ちゃん、ここだけ見ても判んないって!」
「まぁ、そうじゃな。この先に行けば判るじゃろう」
ヴィヒトリについて工場内を進んで行けば、前方になにやら大きなものに取り付く者達が見えて来る。
「ん! 魔導車!」
「「「そうなの!?」」」
「そうじゃが、あの状態でよぅ判ったのぅ」
作業台に乗せられた、車輪も外装もついていない大型バスの骨格を前にヴィヒトリは感心した目をリアーネに向ける。
「六輪とも独立して板バネが付いておるから、乗り心地は格段に良くなっておるんじゃがなぁ?」
「んー……、バネの揺り戻しも対策済み?」
「当然じゃ。最適な物になってるとは思わんが、研究のし甲斐があるというもんじゃ」
「ん、車輪はどう?」
「硬銀合金のホイールに金属網の骨格のある硬質ゴム。魔獣の心配が無きゃあ空気を詰めて乗り心地も向上させられるんじゃが、穴が開くと危険じゃから中空部には発泡させたゴムを充填してある」
「ん。じゃあ、椅子の座り心地が重要になる」
「まぁ、直接座る物じゃしな、乗り心地に大きくかかわるんじゃろうが」
リアーネが以前から思っていたこととは、長距離バスの乗り心地の改善であった。
ヴィヒトリは座席を作成している区画に案内する。
そこで作られていた座席は魔導車用の質の良い『ソファ』と呼ぶべき物だった。
「ん。運転席のこんななんだ。これで長時間の運転は疲れない?」
「種族関係なく使える物を考えると、これが無難な形になるんじゃが、確かに長時間の運転には向いてはおらんのぅ。嬢ちゃんから見てもダメか。さて、どうしたもんかのぅ」
「ん。よほど体格が小さい場合は補助椅子みたいなのを用意すれば、乗客用は共通でいいと思う。運転手用は体格の似た者が使うように大中小と分ければいい」
「ふむ、運用でどうとでもなるか。乗り心地が良くなれば運転手の負担も減るじゃろうから、なるほど、これは良い方法かもしれんの」
これまでの運転席は運転手の成り手の多い兎人族から猪人族を想定して造られており、それぞれの種族の平均身長は百四十センチと百九十センチ程であった。およそ六十センチという最も小柄な鼠人族から二百五十センチという最も大柄な熊人族までを同一の座席でどうにかしようというのが、そもそも無理のある話なのだ。
「例えばこんな形状」と、言ってリアーネは許可をもらって座席を作り始め、ヴィヒトリも指示をもらって手伝うのだった。
骨組み、座面、背もたれの形状からバネや組みつけ角度、クッションの厚みなどに手を入れていく。
「んー……、こんなもの? こっちが運転手用で、こっちが乗客用」
「ほうほうほう。座面が水平で無いのは意味があるんか?」
「ん、もちろん。膝側を高くすると自然と背もたれを使うことになる。体重を支える面積が大きくなれば、それだけで負担が減るから楽に長時間座っていられるようになる」
「そうか! 確かに嬢ちゃんの言う通りじゃ!」
「ん。形状自体はまだまだ研究の余地はあると思う」
「当然じゃな!」
こんな形はどうか、シート位置の調整を簡単にするための機構、急停止時の安全のためにシートにベルトを付けた方が良いなど、リアーネの光魔法で図を描きながら二人の会話は続くのだった。
「んー……、乗り心地には関係ないけど、魔導車の機関ってどうなってるか興味ある」
「そうかそうか、ならこっちじゃ」
座席から話が変わり移動した先には羽の沢山付いた円筒があった。
「うむ、この左側の羽で入ってくる空気を圧縮、中央の膨らんだ場所で『暴風』を発生させ左からの風で強制的に右側への風の流れを作り出す。そして右側の羽でまた風を受けるんじゃ。排気された空気は管を通って左側に戻る様になっとる」
「ん。回転力を車軸に伝えて車輪を駆動させるのは解る。低速から高速までは歯車の切り替えでやってるの?」
「そうじゃそうじゃ。よぅ知っとるのぅ。整備の欠かせん部分でもある」
「んー……『暴風』の魔法陣見せてもらっても?」
「なんぞ思いついたんかの? 魔法陣なら別室に保管してある」
工作用の道具などが沢山ある区画から離れて、防音の施された部屋へと案内された。
そこは、壁一面の硝子棚には多数の魔法陣が収められていた。
「んふー。一杯だね!」
「むほほっ。なかなかのもんじゃろ? さて、魔導機関用の魔法陣は……」
そう言って取り出したのは簡潔極まりない物だった。
それを手に調べてみると、『暴風』の強度の設定だけで他は何も手が入っていなかった。
リアーネは『持続光』で『送風』『念動』『暴風』『風渦』『加圧』『魔力集積』の魔法陣を描き出し、合成していき、風力の方向や強さなどを調整していく。
「んー、風力はどれくらいって言うのはある? この魔法陣より強くできるけど」
「凄いもんじゃのぅ……いやいや。風の強さか、さて、どれくらいまで強化できるもんなんじゃ?」
「ん。この魔法陣、できがいいから強さ自体は三割増しくらい。風に指向性を持たせるから効率で言えば二倍近く行けるはず」
「な!? そんなにか! そうじゃの……最大限強化した物と、五割増し、二割増し、同等と作ってくれんかの?」
「ん。わかった」
真銀の砂粒を用意して、あっという間に四つの魔法陣を作り上げる。
「はぁー。全く大したもんじゃ」
それから魔石に焼き込み魔導機関のあった場所へと戻って、元々使われていた魔石を同等威力の物に交換し、施されていた真銀の魔法陣を作り変え、起動試験をするのだった。
「ほほー。これは、随分と魔力消費が少なくなっとる」
「んー、魔力はどれくらい使うの?」
「それなら、向こうじゃ」
ヴィヒトリが魔導機関から手を放してから、しばらくすれば回転の勢いが緩やかになっていた。
移動した先には、十リットル程もありそうな加工した大きな魔石が並んでいた。
「「「大っきい!?」」」
一緒にいたラウリー達も魔石の大きさに驚きの声を上げたのだった。
「そうじゃろうそうじゃろう! これ一つが何もせずに満充填されるには、半月ほどかかるからのぅ。急ぎで充填させようと思えば十人ほどが全力で『充填』する必要がある。これ一つあれば満充填時の航続距離は満載のトレーラーで二千から三千キロ程じゃな。二つ積んどるからその倍じゃ」
「んー?『魔力集積』で走り続けられる様にはできないの?」
「流石に魔導車は重すぎてのぅ、それも込みでの航続距離じゃよ。じゃが、今さっき嬢ちゃんの作った魔法陣に変えれば同じ魔力量で一つ当たり千キロ近くは伸びるじゃろうな。強化した魔法陣を使ったやつは魔導機関の試験からやらねばならんから、当分は世に出すことはできんじゃろうし」
「ん、納得」
リアーネは嬉しそうに尻尾をゆらゆらと揺らすのだった。
他にも制動装置の構造や運転席周り、速度計などの各種計量器についてと、どんどん話が飛んでいくのだった。
「ねぇ、レーア。あの二人の言ってることって解るの?」
「無理。うちに魔導車のことなんて聞かれてもねぇ。座り心地の話からなんでこんな……」
「ラーリだって知らなーい。リーネはいつ調べたんだろうね?」
「さぁー……。いっつも本読んでるから、ボクらが気が付いてないだけかな」
嬉しそうなヴィヒトリと会話の成立するリアーネを不思議なものを見るような目で四人は見つめるしかなかった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。




