086 地底都市と髭小人
ヴァローペアからバスで一日かけて、曲がりくねった道を進んで随分と標高の高い地までやって来た。鋼の地底都市とも呼ばれる髭小人の多い都市、ラスカィボッツに到着した。
切り立つ崖には階段状に整えられた通路があり、多数の住居の入り口もあるようだった。
それらのほとんどが崖に掘られた坑道の浅い部分を住居や工房として整備して、いつしか崖一面が街となったのだ。このため住居や工房の奥には、坑道に続く通路が縦横に張り巡らされており、内部でも複雑につながっている。
これ程までに髭小人を引き付けているのは、この地で多くの真銀が採掘できることが要因である。
この都市が鋼を冠して呼ばれるのは、髭小人の作る武具が高性能であったからだが、現在に至っては工場で魔導車の生産が主流になりつつある。主要な道路が整備されているのも魔導車を各地へと届けるための物でもあるのだった。
「うわー……。崖が全部建物みたいになってる………」
バスから降りてラウリー達が驚きをもって見上げる崖には、階層毎に通路が設けられてはいるが下から見る限りは垂直の壁にしか見えなかった。
五人を降ろしたバスは崖の下の停留所であり、上層へと移動するための階段などがどこにあるのか、軽く見渡しただけでは見つけられなかった。
「ここはうちが案内するよ! 父ちゃんに連れられて何回か来たことあるからね!」
今、五人の居る下層には迷宮の入り口があるために、上層への階段は扉によって閉ざすことができるようになっているのだという。元々は魔獣を防ぐ壁の代用物でしかなかったものが迷宮氾濫時には防御の要となったため被害を出すことが無かったのだという。
現在では迷宮出入り口兼探索組の組合が建てられ立派な門が取り付けられている。
他にも倉庫などの施設が多く作られていた。
五人はまず最初に行く先を狩人組合に定めたのだ。
「嬢ちゃん達、この辺じゃ見ないが何用だい?」
待合室の中には数人の探索者と受付で作業中の者達がいるが、そのほとんどが髭小人の男性で、五人に声を掛けたのは白髪交じりの老齢の男性だった。
「ラーリ達、探索者になるんだー。この街には着いたばっかりだからすぐじゃないけど」
「ん。これ、リーネ達の居た組合からの紹介状」
「確かに預かった。新人探索者には指導員を付ける決まりになってるからな、二、三日掛かると思っててくれ。宿は決まってるのか?」
「うちの爺ちゃんの工房があるんだ。真銀の槌工房」
「おぅ、あいつの孫か! わかった、指導員が決まったら知らせるよ」
顔見せを終えれば組合を出て上層への扉の元へと向かう。
「うわー……。これ、知らなきゃ上の層に行けないねー」
「ん。こんなになってるんだ」
崖下に開けられた横穴の奥に作られた大きな門は今現在は開けられているが、毎日十二刻には閉じられるということだった。
そこを超えて長い登り坂が崖の内部に続いているが、レアーナの先導でその脇にある徒歩通行者のための階段を登って行った。
二層に上がり南端まで移動して、ようやくレアーナが足を止めたのは真銀の槌工房と書かれた看板を掲げている場所だった。
「爺ちゃん、居るかー?」
「誰がジジイじゃーーっ!」
勢いよく扉を開けて中に向かって放たれたレアーナの声に応える様に、奥からはビリビリとした響きを伴った声がして、のっそりと現れたのは長い髭が白く染まった髭小人の老人だった。
「おぉ!? 誰かと思えばレアーナか! お爺ちゃんに会いに来てくれたのか!」
いかつい形相で現れた老人は相好を崩し一気に優しい表情となった。
「うん! 友達の用事と、あと探索者にもなるんだ!」
「おぉ、そうかそうか。なら、しばらくはこの街に滞在するんじゃな?」
「友達も一緒なんだけど大丈夫かな?」
「あぁー……、一人一部屋とはいかんが、まぁ、何とかなるじゃろ」
「「「お世話になります!」」」
居間に案内されお茶菓子を頂きながら雑談になる。
「そういえば、家が岩山の中だけど岩っぽくないよね?」
「そういやそうだね。ボクはてっきり岩を掘り抜いてそのまま住んでるのかと思ったけど」
「はっはっは。森人の嬢ちゃんは面白いことを言うもんじゃ。儂ら髭小人がそんな手抜きで満足すると思っちょるんか?」
室内を見回したラウリーが想像と違って整った内装に声を出せばルシアナが追従し、レアーナの祖父、ヴィヒトリが軽い口調でにこやかに答えているが、こめかみに浮かんだ血管に気付いたルシアナは慌ててブンブンと首を横に振る。
「あー! なんか変だと思ったら、靴のままだよ!? ここ、お店や宿とかじゃ無いのに」
「ん。ラーリ落ち着く」
「そうそう、森人の集落でも靴のままだったよ?」
「テルトーネの方が珍しいんじゃないのかなー」
「そうなの?」
「はっはっはっ。靴のままは珍しいか。ところ変われば風習も変わるもんじゃのぅ」
所かまわず素材が散らばってることもあり、靴を履いたままの方が室内だろうと安全に過ごせるのだとヴィヒトリは笑って話す。
そんな話をしながらも皆は興味深そうに室内に目を向ける。繊細に浮き彫りにされた装飾なども近くで見ると凹凸の少なさに驚きの声を上げることになる。
「リーネ、ここの模様ほとんどデコボコしてないよ? なんで?」
「ん? 細かな凹凸の影が模様を描き出してるね。それに、ただ滑らかにしてるだけじゃなくて、微細な穴をあけて調湿、消臭機能を持たせてある」
「おぉっ! 黒猫の嬢ちゃんはそこまで判るか! おかげで年中快適じゃぞ。レアーナは探索者になると言ったが、鍛冶はどうするんじゃ?」
「鍛冶もするよ。そうだ、これ! うちの作った解体ナイフ。父ちゃんにはギリギリ合格って言われたから、まだ武器は自分で作ったのは使えてないんだー」
そう言って魔法鞄から取り出して祖父へと手渡すと、鞘から引き抜き魔法を使って詳細に調べて行くのだった。
「ほほぅ。こりゃ硬銀か。魔法で作った物かの。これは粘りが足りんから、確かに武器を作るにはまだまだ修練が必要じゃのぅ」
「やっぱりかー。父ちゃんも同じようなこと言ってた」
「ふん。ウォルガネスもきちっと指導できておる様じゃの」
「な、リーネも見てもらったら?」
レアーナが、どの茶菓子が美味しいかと食べ比べていたラウリーとリアーネに話を振ると、尻尾を揺らしながら頷くのだった。
「ん。ウォルガネスさんには一人前の魔法鍛冶師としても通用するって言われた」
「ほうほう、そんなことを言われたか。どれ見てやろう」
リアーネが腰鞄から刃物や銃器、魔法陣などを取り出して卓上を埋め尽くしていく。
予想以上に沢山の物が出て来て、驚きの声を上げながらもヴィヒトリは楽しそうに手に取って行く。目で見るだけではなく、魔法を使って構造や、金属の状態までもを詳細に視るのだった。
「どれも丁寧に作られておる。胸を張って使えばえぇじゃろう。ただ、どれもこれも実用一点張りで遊び心に欠けるかのぅ」
「リーネはいつもそうだよね。質実剛健! って感じの無駄のない形」
「リーネの作るのはみんな使いやすいよ?」
「でも、お爺さまの言うことも解る気がするの。リーネにアクセサリーは頼まないの」
「そう? 実用品は実用品としての形をしてるだけじゃない? でなきゃ動物鞄とか着ぐるみパジャマとかできてないでしょ?」
「なんじゃ? 他にも色々と作っておる様じゃの。良かったらそちらも見せてくれんか?」
「ん。意匠は考えたけど、自分で作ったわけじゃないよ」
そう言いながらも、腰鞄に動物鞄なども並べていく。
「なるほど。確かに森人の嬢ちゃんの言う通り、これらには遊び心を感じるのぅ。うむ、実に面白い意匠じゃ。儂もなんぞ作りたくなってくるな!」
大いに気に入られたリアーネはこの機会に以前からの思いを伝えてみた。
「ふむ。明日はどうするんじゃ?」
「うちが街を案内するよ」
「なら明後日じゃ。工房を案内しちゃる」
◇
翌日、レアーナの案内で錬金組合には早々に魔法陣と本を預け、他の組合にも同じように話を通し登録などをした。
髭小人の集まる街だけあって目に入るだけでも半数以上が髭小人の姿であった。
その後は昼食と洞窟温泉を満喫し、この街までの移動の疲れを洗い流すのだった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。




