007 鬼ごっこと模造剣
「ラーリは短剣二本使う!」
「ん。ナイフ」
「ボクは短剣」
「うちは槌が使いたい!」
「私は……大きい武器は無理だからナイフかな?」
広い運動場の隅で五人がそれぞれ手にしたのは近接戦闘時に使うだろう装備の模造剣などだ。木製の刀身に布を巻き付け怪我をしないようにと配慮されているが、重さや柄は本格的な造りでちぐはぐな印象を受ける。
「みんな、武器は選び終わったか?」
「「「はーい」」」
「なら今日は、鬼ごっこをする」
「「「やったー!」」」
武器を持った手を掲げ、始まったのは鬼ごっこ。数人の鬼が手に持つのは赤い布でできた軟らかい棍棒で、追いつき打ち合って相手の武器を弾くか体に触れると武器と鬼役を交代だ。鬼の手薄な場所には戦技教官の大鬼が向かい子供達を追い立てる。彼に捕まれば交代ではなく鬼が増えてしまうから、子供達は必死に逃げる。
三組合同の戦技訓練の時間であるが、なぜこんなことをしているのかと言えば、体力づくりと答えが返る。まだまだ体のできていない子供達には、とにかく体を動かし体力をつけないことには本格的な訓練をしようものなら体を壊すだけでしかないからだ。
鬼ごっこ以外ではかくれんぼ、バランス崩し、的当て、ボール当て、遊具なども使って初年度はとにかく遊ぶ時間が多く取られる。ただし、いずれも模造剣などを身に着けて。
「とぅっ! たぁっっ!!」
「なんで、そっちが攻撃しかけてんだ! よっ……っと」
ラウリーと打ち合うのは虎人族の鬼役の少年。碧眼に金髪で褐色肌の年の割には大柄の少年である。
右に左に少年の斬撃が走り、両手の短剣を重ねて受け止め一旦離れるかと思わせてすかさず踏み込む。
「ん。ケイニー討ち死に」
「だぁあああああ! うっとおしいなお前ら!」
ラウリーの踏み込みに一瞬怯んだケイニーの隙を突くように、リアーネが棍棒を弾き飛ばして二人そろってポーズを決める。
虎人族を代表とする大型の獣人族は地力自体は高いのだが、その力に振り回されるのか子供の時分は猫人族にしてやられたという者達は、かなりの数に上るという。
「次いこー!」
「ん!」
と、嬉々として双子は別の鬼に狙いを定めて走り出す。
「あっはははははっっ!! 何やってんのラーリ達!」
「いいから、うちらは逃げる」
「わ、わっ、待ってなのー」
「笑うな! 逃げるな! 避けるなっ!」
賑やかに逃げ回る三人だが、ルシアナの大笑いが鬼の気に触るのか、茶色の瞳で赤毛の熊人族の少年に狙われ続けている。
「ベナーリかくご!」
「ん。往生する」
熊少年ベナーリの背後から迫った双子が擦り抜けざまに左右から斬撃を放つと、焦ったベナーリはあえなく棍棒を弾かれてしまう。
「「よし、次ー」」
「「「逃ーげろー!」」」
とぼとぼと落とした棍棒を拾いに歩くベナーリの周りを一周回って、双子と三人は分かれてバラバラに走り出す。
「「「えいっ! やぁっ! たぁっ!」」」
四半刻程続いた鬼ごっこも終わりを迎え、体格に合わせた大きさの模造剣を使って素振りの真っ最中。将来どんな武器を持つことになったとしても、剣は基本だと教えられる。
「ほら、あと十!」
「「「えぇー!?」」」
不満の声はいつものことと気にもせず「次はバランス崩しだ」と指示をする。
二人一組になり「今日は勝つ!」「誰が負けるか!」と片足立ちになり隙を伺う。模造剣を振り上げ、突き刺し、打ち払う。鍔迫り合いであえなく弾かれ尻もちをつく。そんな勝負がそこここで展開される。
「避けるなっ!」
「やーだねー」
小さな体を右に左に、屈んで仰け反り器用に躱し続けるのはラウリー。対するは虎少年のケイニー。ことある毎にぶつかり合う二人は今日も仲良く模造剣を向けあっている。
右から反撃すると見せかけ打ち合わずに振り抜きざまに打ち払う。体勢を崩した所に追撃を掛けケイニーを倒し拳を振り上げる。
「勝利ー!」
五人の中ではラウリーとルシアナ、レアーナが勝利した。
バランス崩しの後はまた素振り。合間合間に入れないことには、単純動作の繰り返しは幼児にとってつまらなく、長々とできることではない。遊びと素振りと適度に織り交ぜ戦技訓練の時間は過ぎて行く。
「はい、これでもう大丈夫」
と、治癒術士に治療された少年は「アナ先生、ありがとう!」と素振りの列に駆けて行く。
「ご苦労さん、アナステラ」
「いいえ、みんな大した怪我も無くて良かったです」
これで怪我は全部診たとアナステラは救護室に帰って行った。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。