071 困った話と夏の里
「おぉぅ……、バス移動は大変」
「ん……。もうちょっと乗り心地の改善が必要」
夏を迎えた頃、バスを降りて体をほぐしながら不満を漏らす双子は、少し早めのまとまった休暇を取って湖畔の猫人族の村、フシャラハーンへ帰って来た。
「「ただいまー!」」
「あらあら、おかえりなさい! どうしたの二人とも」
「ねーちゃ? ねーちゃだ!」
ミシン掛けをしていた母ユリアーナは作業の手を止めて、足元で寝転んでいた八歳になったばかりの弟ルーペルトは身を起こして双子の帰宅の声に笑顔で答えた。
「お休みもらったー! ルートおっきくなったね!」
「ん。セレーネ姉にお話聞きに来た」
ギュッと抱きしめて弟の成長を感じていると母の嬉しそうな困ったという声が届いた。
「そうなのね。あー、夕飯どうしましょう? 何かご馳走用意するわね。そうだ、義母さんにも知らせないと」
帰って来た父を迎える頃には祖父母もそろって、準備万端夕食が始まった。
「しばらく見ないうちにラーリもリーネも大きくなったわねー」
「うむ。ますますユリアーナに似て来たのぅ」
「ふふふ。ほら二人とも遠慮せず沢山おあがり」
「食べてるよー。大っきくなったかなぁ?」
「ん。どれも美味しい。ルートの方が大っきくなった」
楽しく会話も弾みこれまであったことを話す双子に、その間に挟まれる弟と嬉しそうに相槌を打つ家族に囲まれ幸せな空気が皆を包んでいた。
「ね、春先に街で地震があったんだけど、こっちは大丈夫だった?」
「ん。迷宮が見つかって大変」
一転心配そうな表情になり、こちらは少し揺れたくらいで被害は無かったとの答えに双子は安心したのだった。
食事も終えて、父には狩人としての話をせがむ。
「とうちゃ、見て見て! ラーリの拳銃!」
「ん。リーネの狙撃銃も見る」
しっぽをブンブンと振りながら、自身の道具を見せて行く。
「おぉ、順番だ。これは、えらく軽いな。リーネのはなんだ? どうなってるんだこれは」
他にもお互いに沢山撮っていた写真を大型表示板で色々と見せ合って、前に帰郷してからのことを中心に話が弾む。
お土産は何も話だけではなくリアーネの作った魔導具もあり、父には銃弾用の魔法鞄を、母には沢山の布を、弟には魔法の腰鞄をプレゼントして喜ばれた。
翌日には早速セレーネと村の広場で会うことができた。
木陰で日を遮り丸太の椅子に腰かける三人の周囲では、数人の幼児とルーペルトが遊び母親達が優しい顔で見守っている。
「久しぶりねー。ラーリもリーネも元気だった?」
「セレー姉! ラーリは元気!」
「リーネも元気。セレーネ姉、お話聞きたい!」
耳をピコピコ楽しそうに震わせながら双子はセレーネをはさむ様に両側に陣取っている。
「なになに? なんでも聞いて」
「「迷宮探索で、何に困ったか、教えてほしい!」」
「え? なに? まだ早いでしょ、あなた達には」
少し困った顔で答えるセレーネに、今のテルトーネの事情を話して何とか教えてもらおうとする。
「セレー姉、テルトーネの近くで迷宮の扉が見つかったの知ってる?」
「えぇ。そう言えば聞いたわね」
「ん。リーネ達が見つけた」
「そうなのっ!? え? でも、あなた達じゃまだ探索できないでしょ?」
双子の言葉に驚きながらも注意することは忘れない。
「リーネが、探索が始まる前に探索者応援用だっけ?」
「ん。支援用、の魔導具を作りたい」
「そっかそっかー。びっくりしたよー。支援用の魔導具かー、それは私が探索者のうちに欲しかったかな?」
ようやく双子の意図を理解しセレーネは安心したのだ。
「魔法鞄もらってたよね? セレー姉?」
「あははー、素材の回収なんかにも随分と助けられたわよー。ありがとうね、リーネ」
「ん。どういたしまして。あの頃は何が必要とか、ぜんぜん知らなかった」
「まぁ、そうよねー。探索で困ること……困ること……あぁ! トイレは困るわね!」
「迷宮にトイレ無いの? 無いか。確かに困るかも」
「そうなのよねー。だから、どうしてもしたくなったら仲間に安全確保してもらって、迷宮内で、ね」
「「うわぁーー………。そっかーー」」
その場面を想像して耳を萎れさせ、何とかしなければ自分達は探索者になるのを止めてしまいそうだと思ったのだ。
「後は、休憩中も野営するにも周囲への警戒は続けなくちゃいけないから、大変だったわね」
「そっかー。一日で行って帰ってくるわけじゃないんだ」
「ん。考えてなかった」
警戒の魔導具は気休めにしかならないから結局見張りに立つのだが、休んでいる方も緊張が抜けなくて何日も探索が続けられるものでは無いという。
「組合の地図見ても現在地が判んなくなったり、そもそも地図の作られてない場所なんかは、そりゃー大変だったわねー。しっかり描いてるつもりでも道が交わったりなんてことが、よくあったわよ」
「そんなので迷わなかったの?」
「迷ったに決まってるでしょう! もう、どれだけ言っても間違った地図しか描かないんだから……」
思い出したのか昔の仲間のことに腹を立て始めてしまった。
気分を変えるためにもリアーネは腰鞄から小さな卓にクッキーと水筒、コップを取り出して、近くで遊ぶ弟と幼児達にも声を掛け皆で一息入れるのだった。
「ん。迷宮探索が大変なのは判った」
「後はそうねぇ、何があるかしら? 他の探索班と一緒になった時とかかしら?」
コップを両手で持ちながら、考え考え話すセレーネの耳は右へ左へフラフラとしている。
「何か問題? 協力できた方が安全、だよね?」
「ん。大勢いた方が、荷物持ちも休憩時の警戒も楽になる」
「そうなんだけどねー。誰が一番貢献したかーとか、魔石以外の素材の分配はどうするのかーとか? 色々とやりあうことになって、面倒なのよねー」
「大変なんだねー」
「ん。大変だね」
皆で等分にすれば問題無いとしか考えていなかった双子は、そんな問題もあるのかと初めて知ることになる。
「他にはー、他に……。何だろ? 迷宮と言えば! ………暗い。場所が判んない。物影が多い。魔物がいっぱい。罠がある。……あと何かある?」
適当に思いつくことを並べて言って、他に無いかと双子に聞くセレーネだった。
「聞いてるのはラーリ達」
「ん。聞かれても困る。うーん、迷宮って綺麗?」
仕方なしにリアーネは何かないかと考えて、実際にはどんな所なのだろうかと聞いてみることにした。
「うん? 美しい? それか清潔?」
「ん。清潔の方」
「それは、まぁ、大丈夫だったわね。迷宮内でも時々粘菌の魔物見かけたし」
「粘菌? 何だっけ?」
「んー……、上水道とか下水道とか掃除してくれる魔物、かな?」
「まぁ、そうね。襲ってもこないし、動きは鈍いし、見かけても基本無視して大丈夫よ。粘菌を体に張り付けて、汚れを落としてる魔物とかも居るんだから」
「「おぉーー! 見てみたい!」」
「探索者になれば、そのうち見る機会もあるわよ」
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。




