006 おひるねと猫妖精
「………くぅ」
「んにゃ………」
暖かな日差し、直射日光を優しくさえぎる木陰のある食堂裏の広場のベンチは双子にとって恰好のお昼寝スポット。双子の間にはベストを着た猫が丸まり一緒に微睡みながら、二人と一匹の耳と尻尾の先はまるで合わせたかのように時おりピクリと振るわせている。一緒に眠る猫は豹柄で六十センチ程と少々大きくはあるが猫だろう。
昼食後には教師も含め午睡の時間が取られている。食べてすぐは頭も働かず、体を動かすのも苦しいからとされているが、子供の頃からの習慣は大人になっても変わることは無く、ほとんどの街の商店も昼過ぎには午睡のために閉めるほどである。
他の生徒も銘々好きな場所で午睡の時間を過ごしていることだろう。
「くわぁ……」と、猫が欠伸をすれば、双子も続けて欠伸をする。伸びをすれば、やはり同じように伸びをする。ベンチから降り、さてどこに行こうかと思案気に一拍おけば、続いて双子もベンチを降りる。
「師匠、お昼寝場所変えるの?」
「雲行き怪しい。湿ってきた?」
「うむ。雨が来そうでな、屋根のある所へ行こうと思う」
「わかった~」
「ん。ついてく」
食堂裏から講堂との間を抜け左手側へ、初等部の普通教室棟のある方へ向かう。十組の教室に着くと寝直す三人。座卓は端に寄せられているので座布団を枕にするだけだった。
実はこの猫、ただの猫ではなく猫の妖精。よくよく見れば尻尾が二本。大きさに関してはそういう種類だというだけで、もっと小柄な者もいる。特に幼い猫人族には好かれる存在で、一緒にお昼寝をしている姿を見られることがある。双子も例にもれず「師匠」と言って慕っている。「何の師匠」だと聞かれると「お昼寝の師匠」との答え。なんでも気持ちよくお昼寝できる場所を探すのが上手だかららしい。
気配に気づいたのか、近くで寝ていた子供達も寄ってくる。猫妖精は眠りの魔法でも使っているのではないかと思えてくる光景であった。
暫しの時が過ぎ、予鈴の鐘がなる。そこここで欠伸に伸びにと、ゆっくり体を目覚めさせ始める。一番ゆっくりしているのは猫妖精だろうか。
扉の開く音と共に担任がやって来た。
「おはよう、ザラ。目は覚めたかしら」
「……ふむ。………ああ、おはよう」
システィナが声をかけた相手は猫妖精で、名をザラというらしい。未だ覚束ない様子ながらも「邪魔をしたな」と去って行く。
「みんな、よく眠れたかな? では、午後の授業の準備を始めましょう」
「「「はーい!」」」
と、未だ眠そうな声と元気な声が返って午後の勉強が始まっていく。
◇
「じゃまするぞ」
「いらっしゃい、今日はどうだった?」
猫妖精の来た場所は救護室。治癒術士の詰めている部屋である。
ザラに声をかけられた女性は、銀の瞳で長く美しい銀髪をした家精霊。服も白く全体的に白い印象を与える人物だ。
子供達は今日も元気で健康だと、午前中から昼まで学院内を見回った結果を報告する。戦技訓練での怪我なら多少は仕方がないとして、それ以外での怪我、急病は無いに越したことは無い。ただ、小さな子供はどこで何をするのか予想ができず、ザラが初等部周辺の見回り担当となっている。人族の大人に比べて視点が低く鼻も耳も利くからだ。
「じゃあ、私は戦技の授業を見てきますから、何かあれば呼びに来てください」
「うむ。ワシはもう一眠りする」
一刻程して治癒術士が帰ってくると、「一回りしてくる」と、ザラは出かける。
普通教室棟を一階から三階まで、特別教室棟も同じく三階まで。体育館に食堂に運動場。いくつも点在する庭に図書館までが巡回コースに入っている。
子供のいる所は、どこであれ騒がしく、わーわーざわざわと聞こえてくる中に「にゃんちゃん」「ねこさん」「猫先生」「師匠」と皆の勝手な呼びかけの声が時おり混じる。問題が無さそうなら「にゃー」とだけ答えて見回りの続きだ。
学院は今日も平穏な日を終える。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。
以降の更新は、月曜、木曜、朝7時、予定。(忘れないようにしなければ)