059 森の異変と偵察行
狩人組合に双子が来た時、建物内はいつにも増して騒めいていた。
「ね、ね。何かあったの?」
「ん。大物でも出た?」
以前に銃の試射をしてくれた狼人族の男性、ウルマスが近くにいたので聞いてみる。
「それがなー……、見習いが熊に襲われてな、結構な怪我をしたらしいんだ。嬢ちゃん達も十分に気を付けろよ」
心配顔で昨日の出来事を教えてくれたが、見習いの行動範囲を考えて何故そんなことが起こったのだろうかと首を傾げることになる。
「なんで、熊に? ラーリ達まだ危険だって熊の出るとこには行ってないよね?」
「ん。柵の先でもまだ浅い所しか行ってない」
「あぁ。そいつ等もそれは守ってたさ。で、そんな所に熊が現れたってことが問題なんだよ」
「ん。なるほど」
出没場所を聞いてみると南西の森の柵を越えて一刻も離れていない場所だという。
早めに対処しておかなければ柵のある辺りまで来てしまうことも考えられる。原因によっては他の方角の森にも注意が必要だろうと、対策を検討していたのだと教えてくれた。
「誰が調査に行くかで言い合ってるんだよ、あいつら。おい! 敵討ちって、見習いが死んだわけじゃねぇだろうがっ!」
怪我を負った見習いの指導をしていたらしき男性を諫めるように、ウルマスはその言い合いに混ざりに行った。
「おっはよー、ラーリ! リーネ!」
話し込んでいた双子を見つけたルシアナ、ロレット、オイヴィ、レアーナが近づいて来た。
「ボク達も今日はどうするかって話してたんだよ」
「なんだか大変なのー」
「ウチは気にせず狩りに出ればいいって言ってんだがなぁ」
「みんな、おはよー!」
「ん。おはよう。気にはした方が良いけど、狩りは賛成」
上げた手を打ち合わせて挨拶をして、お互い気を付けようと話し合う。
その後、いつもの様に北西の森へと狩りに出かけた。
まばらに生えた木々と一部に色付き始めた広葉樹が季節の深まりを感じさせた。
「熊が現れる時って、何があると思う?」
「ん? 山に餌が少ない。何か大型の魔獣が現れた……くらい?」
「えー……っと、あっ、あれはどうかな? 子供が巣立った。とか」
「おぉ!『今日からここを自分の土地にする!』って感じかー」
「んー……、今の時期に親離れは遅い方じゃないかな?」
「えっと? なに?『ずっと一緒にいたいのに追い出されたー。暴れてやる!』って、なってるかも知れないってこと?」
「あっはは。なーにそれ? そんな熊が居るんなら一度見てみたいわね」
「もー、そんなこと言っちゃだめだよ先輩ー」
「ん。本当に現れたら困る」
まだ、管理区域の柵を越えたばかりの場所であるため、パルヴィも気軽に言っているだけである。
移動中の話題は、どうしても気になる飛熊のことだった。なぜ森の浅い場所に現れたのかを考えながらも周囲に向ける目と耳はいつも以上に緊張していた。
ラウリーがサッと左手を上げ皆が立ち止まる。指さす先を確認すれば果物の枝が折れていた。
「実はほとんど食べてるねー。この感じはあれかなー?」
皆に目をやり確認するが同意する様に頷くのみだ。
「この辺の実の生る木を中心に回ってみよっか」
反対の意見も無く移動を始める。
見習いとは言え半年近く週に一、二度は北西の森に来ているだけはあり、どこに何があるのか随分と熟知するようになったが、パルヴィなどはようやく半人前だと言い聞かせていた。
「ん。広範囲に跡がある」
「だねー。こんなんじゃ危なくって森にこれなくなっちゃうよ」
「とりあえず罠仕掛け終わったよ。これも採って行っとく?」
「美味しくないよこれ」
移動した先が荒らされた後なら次に移動して、まだ実が生っているようなら罠を仕掛けた。
道中に見かけた十角鹿に丸鹿、藍鎧兎、陽鳥に雪鳥、緋鳥と岩鳥を二羽ずつ仕留めているが、飛熊の姿を見ること無く街に帰り着く。
◇
翌日からも同様に罠を増やして見回りを続けていたが、飛熊の報告が上がってくることは無かった。その代わりにか、魔獣の活動範囲に変動があるようだ。
「そいつは、季節的なもんじゃなくてか?」
「あぁ。例年なら北の川岸沿い、滝の大岩の辺りに山猫が降りてくるのはもっと先の話だろう?」
「と言うことは、そこで見たってことか」
「まぁ、気まぐれ起こしただけってことも考えられるが」
「全体的に高所の獣が下ってきてないか?」
「それはあるかも知れんが……あー、地図出せ。書き込んだ方が解りやすい」
そりゃそうだと、地図を中心に獣を見た日と共に書き加えて行く。
◇
双子達が組合にやって来たのは前回の狩りから三日目となる。
「今日からは巡回範囲が広くなるから、気合入れて行こうね」
パルヴィが双子達に声を掛け、組合の方針が伝えられる。
古参の狩人数人で山の様子を確認に出発し数日不在となるために、その穴を埋める人員として、多少は使いものになって来た見習いの巡回範囲を広く取ることに決まったのだ。
「さて出発しましょうか!」
「「「はい!」」」
北西の森の柵を越えた沢山の罠の仕掛けられた一帯では、多くの魔獣が捕らえられており、仕留めて回収、罠の設置で随分と時間を取られてしまう。
「こんなに罠に掛かってるのなんて初めてだよね!」
「ん。ほんとに山に何か現れたのかも?」
「こんな調子じゃ、いつ群れが向かってくるか判んないねー」
双眼鏡を覗き周囲の警戒をするレアーナは、多くの魔獣が一方に向かって駆けている姿を捕らえたのだ。
「あそこに群れだ。なんか様子が変だね? 狼とか鹿とか仲良く一緒に走ってるよ?」
「どういうこと?」
「ん。何かから逃げてるのかも? 来た方に何か居ない?」
そう言いながら双子も双眼鏡を取り出して、魔獣の走ってくる山の上に視線を向けるが、途切れ途切れに続く魔獣の列にただならぬものを感じ始める。
「ねぇねぇ。帰った方が良くない?」
双眼鏡から目を離して言うラウリーは、不安そうに耳が萎れていく。
「ん。今日はもう帰ろう。山の上で何か起こってる」
「うちも賛成。何か起こってからじゃ遅いもんね」
早々に帰ることにして忙しなくピコピコと耳を動かして周囲の警戒をしながら移動中のこと、四人の辺りにも魔獣の群れが迫ってくる。
走って逃げられるようなものでは無いと判断したリアーネは、守りを固める魔法を使うことにした。
「ん! 硬き大地の守りの力よ、その身を起こし盾となれ………『石壁』!」
魔力を多く消費して作り出したリアーネの『石壁』が、四人を中心に丸く周囲を取り囲む。
「ありがと、リーネ! 通り過ぎるまで持つかな?」
「ん、疲れた。分厚くしたから大丈夫だと思うけど、気を付けて」
「この穴は大丈夫? って、確かにこの壁分厚いね」
高さ二メートル程の壁の厚みが、七十センチを超える程もあることにレアーナは気が付いたのだ。
「ん、その穴から外を確認すれば、銃撃も魔法も使えるでしょ?」
「はぁ、まいったわね。本当に何が起こってるのかしらね」
パルヴィも自身の狙撃銃の準備をして照準器越しに迫ってくる魔獣の群れに目を向ける。
「いっぱい来るけどぶつかって平気かな?」
「ん。できればぶつかっては欲しくない」
「じゃあ、少しでも間引かなきゃな」
「そうね。さすがにこんな状況じゃ、私も見てるだけって訳にはいかないわね」
向かってくる沢山の魔獣がぶつかり壁が壊れたらという、尻尾の毛を逆立たせたラウリーの問いに皆に不安が移って行った。
壁に近付く前にと向かってくる魔獣に対して四人が共に引き金を引く。次々に倒れて行くが、乗り越えるように後から後から走り寄り、限りが無さそうだった。
「ん。派手な魔法行く。焼き滅ぼす炎の力よ、燃え盛る死の領域をなせ………『炎壁』!」
魔力の回復を助ける魔法薬を口にしたリアーネの魔法によって、実に縦横十メートルはあるだろう巨大な炎の壁が出現した。
先頭を走っていた魔獣は避け切れずに炎を越えて火達磨になって現れた。後続の魔獣は炎に驚き更なる混乱に逃げ惑う。大きく避ける様に魔獣の群れが過ぎ去るまでにしばしの時を必要とした。
「リーネ、大丈夫?」
「ん。ここまで派手な魔力の使い方は久しぶり。ちょっと休めば問題無い」
滴る程に汗を拭きだしながら答えるリアーネは、先の二つの魔法で限界近くまで魔力を消耗していた。
通常よりも早くに消えた炎の壁の向こうには、飛熊の姿も確認できた。
「熊も逃げてるの!? うそっ! あれ何!?」
ギャーーグゴオォォーー………!!
レアーナの見つけた大きな影の上げた咆哮が、空気をビリビリと振るわせた。
「うそっ!? 翼竜っ!?」
「「「え……!?」」」
咆哮を受けて尻尾を股の間に隠して硬直した双子と鳥肌を立てたレアーナは、パルヴィの声に驚き過ぎて戸惑いの声が漏れだした。
時おり翼を広げて滑空する様に駆け寄ってくる深緑色の翼竜は、翼幅十メートルは超えていそうだった。
「まったく、なんてことよ。あんなの相手にする用意なんて何もしてないわよ!」
「ど、どうしよ? リーネの、銃だったら……効くかな?」
「ん……無理だと、思う。こんなことなら、大型の狙撃銃も、用意して、おくんだった」
最近の異変の原因が目の前に現れたのだと冷や汗をかきながらも、どうすれば良いのかと考えることは放棄しない。
「リーネ、どうする? どうしよ? 何かできるかな?」
「ん。レーア、ここの壁に天井、作ってほしい。気付かれないのが一番」
「解った。壁の石利用するからみんなしゃがんで、………ふぅ。硬き大地の守りの力よ、その身を起こし盾となれ………『石壁』」
レアーナの魔法によって周囲の壁の上部が閉じる様に天井に変わって行く。
ドゴッ!
「「「ひゃーっ!」」」
それとほぼ同じくして翼竜は飛び上がる様にして、石壁の上を蹴って通り過ぎて行ったのだった。
一刻程の休息の後『石壁』を崩して帰りに着き、街壁をくぐって組合で報告を終わらせると、ようやく張りつめていた緊張が解けて行く。
この報告により、テルトーネの街は警戒態勢を強化することになった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。




