057 泡沫の池と渡り鳥
雨の季節も過ぎ去ったようで晴れ間が増えて、森に向かうのも随分と久方ぶりな気になってしまう。それと言うのも、三日前の見習い仕事に狩人組合に来た日には降り納めとでもいう様に、桶を引っ繰り返したような勢いで丸一日近くも降り続いていたせいで森には行けていなかった。
おかげで管理区域の柵のある場所に来るだけでも、ぬかるみ等によって足元を汚していた。
「この辺の罠って、もう仕掛けなおしてあるんだ」
「ん。リーネ達に回ってくると思ってた」
「だよねー。先輩方に感謝」
「感謝してよね。ほとんどの罠がこの間の大雨で使い物にならなくなってたんだから」
荒れた地面ながら表示札が無ければ、見ただけでは罠が仕掛けてあることに気が付かない状態になっていた。
「外套着ててよかったねー」
「ん。無かったら服がびしょ濡れになってた」
「ありがとうございますっ! パルヴィ先輩」
「雨の降ってる時じゃなくても外套を身に着けておいた方が良い時だってあるんだから。ちゃんと考える癖を付けときなさいよ」
「「「はい」」」
「ん。雁、もう戻って来てたんだね」
手でひさしを作って空に目を向けたリアーネが、雨季を避けるために南方に渡っていた黒頭雁が群れを成してこの地方に戻ってきたことに気が付いた。
「おぉ! どの辺りに行くかな?」
「川とか池とかじゃないの?」
「この辺りなら、北に少し行ったところに池ができてたわよ。行ってみる?」
パルヴィの助言に従い北を目指して移動する。
池が遠目に見えてきた頃に、多くの鳥が舞う姿を見つけることができた。
「いっぱいいるねー」
「ん。できるだけ近づきたい。フード被っただけで大丈夫かな?」
「しないより良いんじゃない?」
「んー……、ちょうどいい魔法がある。世界を覆う緑の絨毯よ、行く手を惑わす道となせ………『森林迷路』」
ふぅ、と息をつくリアーネの前では、草が避ける様に別れて通路が形作られていった。
「リーネ! 今の魔法なに!? 始めて見た」
「ん。使うのは初めて。ちょっと疲れた。迷路を作る魔法だけど身を隠して近付くには良いかと思って」
「うちらが迷ったりしないかな?」
「ん。広くないし、立って見渡せば問題ない」
「じゃあ、しゅっぱーつ!」
身を屈めて少しずつ、鳥の群れに気付かれない様にゆっくりと近づいて行く。
時には行き止まり、戻ることもあったが四半刻も掛けて池の近くまで移動した。
「ふーー……やっと、池のそばだ。しばらく休憩する」
「ん。疲れた」
「はぁ。どうする? リーネが撃つ?」
「んー。この距離なら拳銃でも大丈夫じゃない?」
リアーネの言う通り、十メートル程離れた位置を水面に浮く黒頭雁が過って行く。
一息入れているうちに周囲の気配に溶け込めたのか、先程よりも近くを漂う黒頭雁もいた。
お互いに手振りで意志を伝えあい、二人は拳銃を構えて狙いを付ける。
パシュパシュッ! と、軽い銃声に池の水面を漂っていた鳥が一斉に飛び立っていく。後には銃声の数と同じ二羽だけが浮いていた。
「ふふーん! ラーリが獲った!」
「うちだって獲ったよ」
池の淵に屈んでいた身を伸び上がらせて、二人して成果を自慢しあう。
「ラウリーとレアーナも拳銃の扱い、上手くなったじゃない」
回転式弾倉から弾を抜き取っている二人を見ながらパルヴィは評価する。
レアーナにも尻尾があればラウリーと同じように嬉しそうに振られていたことだろう。
それから腰鞄から取り出した釣り竿で近くへと寄せて回収した。
「ここ、お魚居るかな?」
「ん? 雨で一時的にできた池だと思うから、いないんじゃ?」
「さて、どうしよっか? さすがにここにいても雁は戻ってこないでしょ」
獲物は居ないかと歩き続けながらも、話は先程仕留めた黒頭雁のことになる。
「ね、ね、リーネ。飛んでる鳥は中てられるかな?」
沢山で飛んでいるところになら、撃てば中る様に思えたラウリーが聞いてみたのだ。
「んー……、やめた方がいい。的が小さすぎ。上向きに撃つのは水平に撃つより狙いが付け辛い」
「小さいのが問題なんだったら、大型の魔鳥なんかは?」
「ん。大型の狙撃銃を使わないと難しいんじゃないかな。遠すぎると届かないし」
「リアーネの言う通り、小型の狙撃銃じゃ威力が足りないでしょうねー。この辺で大きくて飛ぶのなんて飛熊くらいでしょ。属性弾使えばその狙撃銃でも通用するけど、拳銃じゃまず無理よね……なに?」
足を止めたラウリーに何かあったのかと周囲を探り始める。
ガササッと、近くの草叢が音を立て、そちらに目を向けるも影を捕らえることさえできなかったが、グモォーと、鳴く声が聞こえてきた。
「なーんだ、蛙かー」
気の抜けたラウリーの呟きで皆が下に目を向けた時、レアーナが飛び跳ねるように後退した。
「蛇だ! 気を付けて! 大きいよ!」
焦った声を上げながらのレアーナと、少し遅れてラウリーは剣鉈を手に応戦準備を整える。
「ん。見えざる熱き炎よ、その熱を分け与えよ………『加熱』」
リアーネが魔法を使って周辺一帯の熱量を上げると、姿を現した胴回りが九十センチはありそうな大きな紅斑蛇が戸惑うように周囲を覗いとぐろを巻いて守りの体勢になって行く。
その隙にガシャリと遊底を引き装弾したリアーネは紅斑蛇の頭部に狙いを付けて引き金を引いて発砲すると、攻撃されたことを察すること無く紅斑蛇は頭を撃ち抜かれた。
「周辺敵なし」
「ん。こっちも確認できず」
「うちもだな。敵なし」
各自周囲を探って行くが、さっき鳴いただろう蛙が池に飛び込み、遠くに狐が顔を覗かせ去って行った以外は、危険な獣は何も居そうになかった。
「はぁー、びっくりしたー」
「ん。近すぎても狙いを付けるの難しい」
「ほんと、急だったもんなー」
三人は驚き緊張した体をほぐす様に話をしている。
「リアーネ。さっきの魔法は何の意味があったのかしら?」
「ん? 蛇は温度差を見るらしいから使ってみた」
「リーネ、凄い! そうなんだね!」
「六メートルくらい……もっとあるかな? 思った以上に大きかったね」
紅斑蛇の大きさを見て今更ながらに体を震わすレアーナだった。
血抜きをしたら回収して、これも獲物に加えられた。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。




