005 森の採取と森小人
「あっつーい!」
「ん。暑い……」
森の中では肌の露出を控えた方が良く、初春で長袖の服が手放せない季節とは言え、襟を緩めることも手袋を外すこともなく歩き続けていれば、幼女でなくとも不満の一つも出ようものである。小柄な獣人は軽装を好む傾向にあるため口をついて出たのであろう。
学院の休日に五人はマリーレインの引率で、テルトーネ南西の川を越えた辺りの森に訪れていた。管理地区内の森で間伐もされ手入れのされた、幼女にとっても歩き易い森である。
ロレット向けの薬草採取などの教育に他四人が付いて来たのだった。
「立札だー!」
「ん?『黄毒草注意』?」
森の中では群生地などに立札が立っていることがある。森を管理している狩人の仕事の一つであった。そこで採取できるものや、注意すべき毒草のこと、前回確認した日付などの書かれた立札は、採取人にとって強い味方となる。
「これ蓬じゃないの?」
「えっと……あっ、これ、黄毒草なの!」
「そうね、よく見分けたわねロレット」
レアーナの示した黄毒草は初心者に蓬とよく間違われる毒草である。一緒に群生していたために立札で注意喚起していたのだった。
「蓬はこっちだね」
と、言うルシアナの得意げな声に目を向ければ黄毒草に紛れるようにしてあるのが見つけられた。
「さすがね、ルシアナ」
「へへー、ジャック爺が教えてくれた」
「なら、この辺りのは大丈夫そうね」
ロレットとルシアナが居れば大丈夫そうだと一安心のマリーレインである。
「赤千振発見!」
「ん。こっちは赤筋茸」
「これ、珍しい。黄樒じゃないかな?」
「「「それなに?」」」
「本当ね。紅樒の実は十角って言う香辛料なんだけど、間違えて事故が起こったって話、時々聞くから気を付けなさい。字は別なのに読み方が一緒だから余計に紛らわしいのよ……」
ルシアナの見つけた木は毒性があり、組合の採取依頼で紅樒の実と間違えて受付に撥ねられて文句をつける新人狩人が毎年のように現れる。組合に提出したなら玄人鑑定員が見極めるため問題は無いが、提出せずに自分達で使って死亡事故を起こすことがあるため、要注意毒性植物として講習もあるのだが、それでも事故を起こす者がいなくならない。
「どこで見分ける?」
「ん。これは知らない」
「花の色と……あと何だっけ」
「花か。何色?」
「これは黄色っぽいの」
「ほらこれ、赤い木札が付いてるでしょう? これは危険な植物に対する警告よ。それで、紅樒の花は薄紅色をしているわ。文字で書くときは意味字を使うこと。そしたら間違えることは少なくなるわね。後は果実の見分けができれば良いのだけど、それは実の生る時期にしましょう」
森の管理地においては、ほとんどの木に青い札か赤い札が付けられていた。
青い札は、有用な種類か、無害な種類。
赤い札は、毒があるなどの危険な種類。
赤と青の札を勝手に付けたり外したりすることは認められておらず、札の無い木を見つけたら、黄色の札を付けて報告することが推奨されていた。
採取する時は木に掛けられた札の確認も忘れないようにと、マリーレインは説明していく。
「茱萸だ! あってる? 食べていい姉さま!」
「ほらこれ、青い木札が付いてるし、間違いないわね。濃い赤い実が渋みも少なくて美味しいわよ」
「「「やったー」」」
と、五人は茱萸の木に群がって実をもいでは口にして、その美味しさに輝かんばかりの笑顔になっていた。
甘未自体は珍しくもないが木に生っているのをもいでその場で食べるのは、楽しさが加わって一層美味しく感じるのだろう。
蓬、薄香、賢者草、猫韮、紅那須、翡翠蜜瓜、紅樒、火焔辛子と、その後も沢山の薬草、香草を見つけるが、実の生るものは時期が早く、まだまだ目が出たばかりの物が多かった。
取り過ぎることなく、葉だけ、花だけ、根ごとと少量ずつ、必要なだけ丁寧に採取していく。
「しっ………何か聞こえ、る?」
「*******」
ラウリーが「あっち」と指さし、手のナイフやシャベルを構えて、警戒しながらそろそろと近づいて行く。
「「「………!?」」」
灌木をかき分けた五人の目の先には、葉をつけた姫朱大根がえっちらおっちらと歩いている。いや、よくよく見てみれば、片手に乗る程の大きさの森小人が担いで運んでいるのが判るだろう。五人の緊張は解けほっと詰めていた息を吐き出していると、マリーレインが声をかける。
「こんにちはアザッド。いい大根ね」
「おお? マリー殿か。しばらく見んうちに随分と賑やかになってるな」
「ええ、弟子と預かってるのと、その友人達よ。学院へ行くようになったからね。ほら挨拶」
マリーレインに促され五人は順に挨拶をする。
「弟子のロレットなの。よろしくなの」
「ボクはルシアナ。よろしく」
「レアーナ……こんにちは」
「ラーリはラウリー!」
「リーネはリアーネ」
「これはご丁寧に。私はアザッドという。この辺りは私らもよく利用するから、足元には気を付けてくれるとありがたい」
なんでも姫朱大根を沢山見つけたはいいが一人では持て余す量だという。森小人の大きさを考えれば、それも仕方のないことだった。
「ラーリお手伝いする!」
「ん。リーネも」
「アザッドさん、案内よろしく!」
「うちが持ってあげる」
「私たちに任せてほしいの!」
灌木を抜け少し行った先に幼女二人が寝ころべば少し窮屈な程度の群生地とも呼べないような、ささやかな量の姫朱大根が見えて来た。どれ位採取するか相談し、半分も採れば十分だと籠に詰めていく。五人も一つずつ自分用に採取して、そろそろお腹が減ったと昼食にする。
「じゃあ、レアーナこの辺りの草のない所に石で囲むように竈を作ってね」
「わかった! この石使えばいいかな?」
「そうね。以前誰かがここで焚き火をしたんでしょうね」
マリーレインの指導の下、火を使っても他に移さないように整えていくレアーナ。
「こういう枯れて茶色くなってるのが薪に向いてるんだ」
「じゃあこっちはダメかー」
ラウリーの手にした枝にはまだまだ緑を残した葉が付いていた。
「それじゃあ、煙がいっぱい出ちゃうよ」
ルシアナに教えてもらいながらラウリー達は薪を拾う。
「ん! 包丁使うの上手だね」
「ありがとうなの! リーネも上手なの」
トトトトッと軽快な音を響かせて、採取したばかりの姫朱大根を含む野草を刻んでいき、鍋で燻製肉に軽く火を通したら、刻んだ野草を追加して『集水』の魔法で水を張る。仕上げはアザッドが味付けを指導してスープの完成だ。
持って来たパンと一緒にでき上がったスープを美味しいねと皆でいただく。
「ねーねー、街では見かけないけど森小人はどこに住んでるの?」
食事をとりながらのラウリーの疑問は皆の疑問でもあるのか四人は頷いている。
「森に住まねば、ただの小人ぞ?」
「えっと? 森を出たらおっきくなるの?」
「そうなの!?」
小人と言えば身長一メートル程の妖精族の一種である。身長十センチ程の森小人も、ついでに森人や髭小人や寮の管理人の家妖精も妖精族であるが別種であって、森を出たからと言って大きくなったりすることは無い。森小人定番の冗談を真に受けたラウリーとロレットに、その反応が嬉しくひとしきり笑うアザッドを、苦笑で見やりながらマリーレインが答える。
「ただの冗談よ。よっぽど大きな森小人でも十二センチくらいじゃない?」
「うむ、真面目に答えれば……」
森にある大木に家を作るのが一般的で、根本や洞、枝の付け根等、一本の木に数件の家があることが多く、上るための階段や梯子などで賑やかなことになっている。森の浅い所、深い所。泉の畔など各々好きに居を構えている。
また、森小人は動物とも言葉を交わすことができるためか、森の獣に襲われることはほとんど無いどころか、遠出の際には乗せてもらうことさえあると言う。それは有名なことであり「道中が安全になるから、出会えば親切にしておけ」と言われている。
ラウリーの「見てみたーい!」との声が上がれば、リアーネは「大根届けに行く」と返し、皆も笑顔で同意の声を上げるのだった。
届け先の木を見て「凄い」「可愛い」と歓声を上げる五人。
住人に一つずつ姫朱大根を配り、余った分は倉庫だという根本の扉の奥へやる。
そんな賑やかで穏やかな森での一日となった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。




