004 読み書きと計算力
「リーネ、ここの計算どうやるか教えて……」
随分と弱り切った声が卓の向かいのルシアナから聞こえてくる。
「ん、どこ?」
「計算しても答えが合わない」
「ん? やってみて」
順番に指折り数えていたというそれを、もう一度やらせてみれば何のことは無い、十を超えたあたりで片手で五ずつ間違った答えを出したりしている。両手の指を超え混乱しているのだと見当をつけ、教室後方の棚から持ってきたのは桁ごとに九つずつ珠のある物算盤だ。五の珠と一の珠を使い分けるのはルシアナを混乱させるだけとの判断である。
一から二十一まで数えながら珠を動かし方を教えた後、算盤を使わせて計算問題に取り掛からせると問題なく正解が導き出される。
「できた……できた! やった! ありがと!」
「ん、大げさ」
リアーネの手を取り喜ぶルシアナのテンションの高さに、嬉しそうにしながらも、困った顔のリアーネである。
この世界、古代王国時代には既にアラビア数字のように一文字で0から9までを表現できる文字が作られており、値札や計算、帳簿などに使われているため、幼子にまず教えるのは数字であることが多く、次に名前だ。
文字を読める成人が九割を超える数いるため、絵図のみの看板というのはほとんど見かけることが無い位に教育には力が入れられている。
「はい、他にも計算が上手くできないという人はルシアナさんのように算盤を使ってみてね。最初は珠が九つの物を使った方が解かり易いけれど、ゆくゆくは五の珠のある物のほうが早く計算できるようになるから、そちらに挑戦するのも良いかもね?」
システィナの言葉にほとんどの生徒が教室後方に算盤を取りに行く。
「ねね、二人はソロバン無くて平気なんだ?」
「平気だよ!」
「ん。大丈夫」
ルシアナの疑問に答える双子は耳をピンと立てゆらゆらと尻尾を揺らし得意げである。
「じゃ、五のたま? のあるのも使える?」
そうして興味を持った子に対して、システィナと双子、ロレット達によって五の珠のある算盤の使い方指導が行われた。
木から大量に紙が作られるようになったとはいえ、未だそれなりに高価でもあるため、勉強で使われているのは、ミニ黒板であり、算盤も大いに活躍することになる。
◇
「では、最初から読んでみよう」
始まったのは文字の読み書き。ミニ黒板に書いては声に出し消して次の文字というように、反復することで覚えさせる。
ここは、森人に伝えられた表語文字の広まった世界であり、漢字に相当する沢山の文字群の意味字と、読みのための音節文字のカナ文字が存在する。ただ、意味字の多くは高等部で習得するもので、カナ文字さえできれば一般市民は生活に困ることは無い。また、現代においては意味字は三千文字程まで整理されており、それ以上の文字は古代の文献に見られ、学者でもなけれな使うことは少ない。
そんな訳で、カナ文字の読み合わせが行われていた。
赤、青、緑と色板に色の名前が。林檎、蜜柑、桃と絵と名前の書かれた板などで、物の名前と文字を一致させたりもする。子供に馴染みのあるだろう物が、カナ文字の数だけ用意されている。
「では、自分の名前を書いてみようね」
皆カナ文字で名前を書いている中で双子だけが意味字で書いていた。
「……ラウリーさん、これは?」
「意味字を当てはめてみたー」
たとえば『羅胡璃威』のようなことが書かれている訳であり、システィナが頭を抱えたくなるのも分かろうというものである。
ラウリーは意味字では『來璃』と書くとリアーネによって訂正される。
「これだけ意味字が書けるのは凄いけど、無理に当てはめることはしないように。リアーネさんは流石としか言えないわね……」
「ん、かっこ悪い」
「!! かっこ……わ、る……い?」
「ラーリ、可愛い」
かっこ悪いと言われてしょげかえったラウリーに、リアーネは慰める代わりにぎゅっと抱き着く。
「「ラーリ可愛い!」」
「きゃっ!!」
ルシアナとレアーナも声を上げ、ロレットは自分も抱き着こうとして座卓に膝をぶつけて身を震わせていた。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。