045 狩り道具と指導員
狩人見習い初日、日が昇る前のまだ早い時間帯に街壁に併設された守衛詰め所のすぐ隣にある狩人組合の大きな建物の前にペタリと耳を倒した双子の姿はあった。
「まだ寒いねー」
「ん。そして眠い」
春になったとはいえ早朝はまだまだ気温も低く、防寒対策をしていてもなお震えているのは、何も寒さばかりが原因ではなかった。
大きな扉を潜って中に入ると大きな待合室となっており、沢山の狩人達が詰めていた。
「おっ、来たな! ひよっこ共!」
「「お、おはよう、ございます」」
「おはようさん! まずは入れ! 寒いだろ」
部屋の左右には受付が並び事務処理などを行っていて、入り口付近に居た二人の父親よりも年かさの灰髪の狼人族が、緊張に尻尾を立てて挨拶する双子に対して優しい眼差しで声を掛けてくれたのだった。
建物の中に入って行くのを慌てて追いかけた双子は、中の温かさに固くなった体からいくぶんかの緊張が抜けていった。
「期待の新人が来たな。これで……いや、まだそろってないか」
室内を見回してそう言うのは、白髪交じりで垂れ耳の犬人族の老人であり、狩人組合で狩人を取りまとめる組の長であった。
ちなみに狩人組以外には守衛組があり、本部は一つで街の中央北側に他の組合の本部もまとまったように隣接している。
そして、テルトーネには無いが迷宮を抱える都市は探索組もある。
室内には双子と同期の見習いとなる六十四人が集まっており、第三学院の九人の顔見知りは確認できた。
「ルーナとロットは?」
「ん……居ない? 来たみたい」
「「遅れました!」」
と、ルシアナとロレットが騒がしく室内に入って来て頭を下げた。
「よし。全員揃ったな見習い諸君。今日から君らは狩人の何たるかを学んでいく。気を抜いていたら怪我じゃ済まんから気を引き締めるように! 特に最後に来た者」
「「はいっ!」」
「まずは三人ずつで班を作れ。見習いの内は班毎に行動してもらう。指導員の言うことはきっちりと聞くんだ」
双子はレアーナと班を組み、ルシアナ、ロレットは獅子人族のオイヴィと班を組む。
「あなた達の指導は私が引き受けることになるわ。パルヴィよ、よろしくね」
「「「よろしくご指導お願いします」」」
そう言って双子達と挨拶を交わしたのは、濃紺の瞳で明るい茶髪の犬人族の女性だ。
「組合の決まりごとは、これ読めば解るようになってるわ」
そう言って数ページある小冊子を手渡された。
説明する気配が無いことから、読んでおけと言うことだろうと理解する。
「まずは備品庫に行きましょうか」
ついて行った先の部屋には沢山の道具が壁一面の棚に収納されていた。
「これらは基本、組合で所持しているの。組合員には定額で貸し出されるけど、見習いの内は考えなくていいわよ。その代わりじゃないけど、手入れはしっかりしてもらうから」
「おぉーー、恐怖の熊挟み!」
「ん。いっぱいある」
「恐怖って……なんか、凶悪だけどさー」
「あっはは。そうね。凶悪で怖いわよ。だからしっかりと使い方を覚えないとね」
各種罠以外にも、野外活動用の装備品であったり、銃弾に矢、整備用品と各種揃えられている。
「ここにある備品は、報告書を書けば持ち出せるわよ。それで、使い終わって返すときに使用料を払えばいいから。みんなで使い回してる物だし、相手によっては壊れることだってよくあるんだけどねー」
「壊れたら補填するの?」
「いいえ。それでも使用料だけよ。組合から巡回先の指定だってやってるんだもの、そこを負担させてたら狩人なんていなくなってしまうわ。この辺りの外套なんかは見習いへの貸し出し用だしね。自分用の装備を買うのなんてそこそこ稼げるようになってからね」
「ん。壊れても持って帰ってくれば、魔法で修理は可能」
「リーネに掛かれば大抵はどうにかなるよねー。うちにも任せてほしいけど」
「お金は掛かっちゃうけどね。って、そういえばあなた、例の娘よね?」
何を指して『例の娘』などと言うのか見当もつかない三人はそろって首をかしげている。
「いえ、錬金組合が嘆いていたって聞いたのよ」
その言葉に誰を指したものであるのか思い当たり、ポンッと手を打ち合わせる。
「それならリーネのことだね!」
「あー、うん。リーネのことだ」
「ん? 一応向こうにも所属してるんだけど?」
リアーネは一人、嘆く必要があるのだろうかと不思議そうにしていた。
「まぁ、いいわ。優秀な人材は歓迎よ。さて、まずは狩りに出かける時の装備一式の確認ね」
「「「はい!」」
「まず装備品で身に着ける物と言えば、厚手の衣服、手袋、頑丈な靴、目立つ色の外套と帽子よね」
「目立ってていいの? 獲物に見つからない?」
「たとえ獲物に見つかったとしても他の狩人が見つけられないと、間違って撃たれるかもしれないのよ。だから、目立つ色って言うのは重要なことなの。解ったかしら?」
「ん。覚えた」
「それから身に帯びる物なら、笛、剣鉈、解体ナイフ、背負い袋などの運搬用品。魔法鞄があれば最上でしょうけど……、って、新人でも普通はもってないんだけどねぇ」
双子の腰鞄に目をやるパルヴィは後半呟くように言うのだった。
「それで袋の中身は、ロープ、布、治療薬、非常食、水筒、発煙の魔導具といった所ね」
これに剣や槍、銃や弓矢などの武器を持ち、革鎧などを着こむことになると説明が続く。最低でもこれらを使いこなし、手入れできなければならないのだ。
「これは、必要? それとも不用?」
パルヴィの手にした物は『明るい橙色をした帽子』だった。
「さっき言ってたやつだ! だから、えっと。必要?」
「ん。一緒に行動する狩人に自分の位置を知らせる物だから、必要」
「帽子もなんだねー。この色、目に痛いよね!」
「まったくね。教え甲斐の無い……この外套もだけど、他の狩人にここに人がいるって知らせるためにこんな色をしてるのよ」
次はこれと言って手にした物は『天幕』だった。
「泊まりで狩りするの?」
「ん。行き先にもよる」
「だよね。街の近くならいらないでしょ」
「そうね。森の奥地とかそんな時でもないと、わざわざ持っては行かないわね」
「パルヴィ、交代」
そう言って見習いを引き連れて入って来たのは虎人族の男性だ。狭い部屋の案内は班毎に順番でする必要があったのだ。
「どうぞ。じゃあ、あなた達行きましょうか」
「「「はい」」」
着いた場所は資料室らしき別の部屋。
外周の棚にズラリと本や資料の束が収められている。
「リーネ、ストップ」
「ん。大丈夫」
沢山の本を見て、突撃しそうになったリアーネの襟首をラウリーが掴んで止めている。
リアーネの尻尾はピクピクとして早く早くと急かしているようだった。
「何やってるのよ? まぁ、入って入って」
「ほんとリーネは相変わらずだねー」
パルヴィは部屋中央の卓に置かれた二冊の本を示して言う。
「これは、テルトーネ周辺の魔獣と魔草についてまとめた本よ。滅多に現れない様な奥地の魔獣なんかも載ってるから必ず目を通しておくこと。魔草の類も知らなきゃ採取もできないし、毒のある物だってあるからね。よっぽど判別の難しい物は薬師を護衛して採取に行くこともあるんだけど」
説明を聞きながら、リアーネは楽しそうに尻尾を揺らして早速本に目を通していた。
「やる気のある子達で、お姉さん嬉しいわ……」
少し遠い目をして呟いているパルヴィに、そうでしょうと頷く嬉しそうなラウリーと呆れた様なレアーナだった。
次に向かったのは隣に建つ解体所。
巨大な入り口すぐは吹き抜けになった大きな建物で、獲物を吊るすためのクレーンが天井に固定されているのが見え、室内には作業台に解体用の刃物などが沢山納められた棚などがずらりと壁際に並んでいる。
「あなた達、解体はしたことある?」
「お魚!」
「んー? 鳥の羽むしったり?」
「今度学院で兎のいる牧場に行くって聞いてる」
「そっかそっか、解体はこれからかー。懐かしー」
解体所では金華猪の解体中で、皮剥ぎと内臓の処理は終わっており、部位毎に切り分けていた。
「猪は無理かな?」
「ん、大きいのは出来そうにない」
「そう? 何とかならない?」
「まぁ、あなた達程小柄だと猪は難しいかもね。作業料取られるけど、組合に任せちゃえばいいのよ。血抜きだけして獲物は持ち帰りが基本だし、ここで実地で教わればいいわよ」
最後に向かったのは解体所のさらに奥にある訓練所。
街壁に沿うように細長い敷地を有しており、手前は近接専用の広場があり壁に隔てられた先は射撃場になっており、的までの距離が一キロ程もあるという。
「体力に自信はある?」
「だいじょーぶ!」
「ん……微妙?」
「まーかせて!」
「まぁ、見た通りのようね。装備重量もそうだけど獲物も重いからね。しっかり鍛えておくこと。でないと狩りになんて出せないわよ」
「「「はい!」」」
「たしかあなた達は魔法鞄持ってるのよね?」
と、双子に向かって確認をする。
「ん、大容量」
「何? 新調したの?」
そう言って背負い鞄を見せる様に振り向いた双子にレアーナは驚きの声を上げた。
「え? それもなの? 新型の魔法鞄ってリアーネが作ったって聞いてたけど、そんな何個も持ってるんだ?」
「ん。用途別に用意した」
と、言って身に帯びた複数の鞄の説明をする。
「この背負い鞄いっぱい入るんだよ! 獲物の持ち帰り用なんだ!」
容量二十リットル程の大きさで六千リットル程入る鞄である。
「ん、こっちが銃弾用。専用にすると取り出す時に選ぶ必要が無くなって便利」
左腕に巻き付けるようにしてある板状の入れ物は、容量五十リットル程入り、形状はともかく魔法鞄である。
最後に右腰に今まで使っていた鞄があり、各種道具などを入れるのだという。
「……凄いわね。そんな何個も持てる人ってなかなか聞かないわよ。それに銃弾用……良いわねその薄いやつ。本当に入ってるの?」
リアーネは左腕に付けた銃弾入れから、弾倉を取り出し卓に並べて行った。
「リーネ……加減する気は?」
「ん? 必要。身軽が一番」
「ラーリのも用意してもらったんだ!」
銃弾は重量物でもあり、狩りで持って行く数など五十発も無いのが常である。鞄と言うには薄い入れ物に大量に所持できることは魅力的に思えたのだろう。狩りでは過剰な量だとしても迷宮探索では大きな味方となるのだから。
「まぁ、近場の初心者向けしか行ったこと無いんだけどね……」
ポツリとパルヴィの呟きが消えて行った。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。




