X03 ルシアナのお散歩
「しーっ」
灰交じりの金髪を後ろに撫でつけた森人の老人、ジャックが口に指をあて沈黙を促してくる。
「「しーー!」」
ルシアナとロレットはまねをして口に指をあて顔を見合わせた後、ジャック爺に視線で尋ねる。
「これは何だったか判るかな?」
と、ゆるゆると低木の葉を指さした。
んーーと、えーーと、とよく見ようと目を凝らすさまは可愛らしいが、葉が見えるだけと判断したロレットは「葉っぱなの!」と答えるが「それでよいのか?」と返すジャック爺。
ロレットの声が大きかったからかその時、風に逆らって葉っぱが揺れた。
いや、これは葉っぱじゃなくてと答えるルシアナ。
「わかった! 赤腹木葉蜘蛛!」
「正解じゃ。よく見極めた」
「あーー! 本当なの!」
一見すると葉にしか見えないこの蜘蛛、普段はじっと身を潜め獲物が近くに現れると糸を飛ばして捕獲する小さな狩人だ。毒もなく人に害もないので普段注目することはないが、狩人にとっては虫一匹であっても情報の一つとなる。
狩人を引退したジャック爺がルシアナとロレットに教えているのは、森で生きるのに大事なことであり、遊びを交えて教えるジャック爺は皆に好かれている。
ここは赤道付近の大陸北部は龍の山脈にある森人の集落。
その昔、各国に迷宮が現れ魔物が氾濫した折には小さな集落のみだった地は、各所から避難してきた人々によって新たな都市となった。様々な種族が集まり多くなるに従い、種族ごとに作られていった集落の一つである。
龍に守られ魔物の被害が少ないとはいえ、住人も自衛のために魔物を発見すれば狩る。狩人には糧を得る以外にもそんな重要な役割があった。
ルシアナは最も幼い森人の子供であり、将来狩人になるならないにかかわらず、森の歩き方を習得するのは必須のため、手入れのされた森林の巡回という名目の散歩であった。
ロレットは最近マリーレインが引き取った狐人族の幼女である。帰省のついでに連れてきて、同じ年頃のルシアナと引き合わせられたのである。
しばらく歩くと前方に人影が見えてくる。
「調子はどうだい?」
「あぁ、ジャック。いやそれが聞いてくれよ。ここんとこ結構荒らされてる」
このあたり、森の中ではあるが畑として使われている場所の一つであり、食用の植物が多く植えられている。このような場所は他にも沢山あり、もともとはそれらの植物の群生地であった場所でもある。
そんな場所が獣に荒らされているのだから、元狩人の出番である。
「この足跡と食べた跡。さて何の仕業か判るかな?」
こんな時にもすぐに答えを教えるのではなく子供達には考えさせる。
「美味しいとこだけ食べてる」
「どれが足跡?」
二人は観察を続けるが一向に思い当たる獣が出てこない。
「まずわかりやすいのは歯形だな。よく見てみい」
背負い袋から手帳を取り出しぺらぺらと捲りだす。
「ほれ、ここじゃ。獣の歯形は種毎にちがっての」
手帳には様々な獣の歯形や足跡の絵が描かれていた。
「いっぱいだね」
「この中にいるの?」
「いるから、よく見極めろ」
数項はある歯形、足跡を見比べて二人が選んだのは、穴熊と貂。
「そこまでは正解だ。だがここからは難しい」
「ジャック爺はもう判ってる?」
「そうなの?」
「当然さね」
「ねっ! あれ!」
「どれ? あ、あったの!」
足跡を追いかけるように散歩を続けている途中でルシアナが見つけた物は何なのか。
「おぅ、よう見つけたな。あれは何て実だったかな?」
「「猿梨!!」」
「正解じゃ。ルシアナが見つけたから先に抱えてやる。ほいっ」
と、抱え上げられ、木から垂れ下がる蔦に実った緑色で指先で摘まめる程の小さな果実を四つ摘む。続けてロレットが抱え上げられ同じように四つの果実を摘んだ。四つなのはそれで両手が塞がってしまったからだ。ジャック爺も一つ摘み取りそのまま口に放り込んだ。
「うむ、美味い」
子供達も同じように皮ごと噛り付く。
「すっぱーい! けど美味しいね!」
「うん! すっぱ甘いのー!」
「ねぇ、ジャック爺。猿梨が実ってるんだから、蔓苔桃もう実ってるかな?」
「かも知れん。よく探してみることだ」
「「うん!」」
そうして足跡の追跡散歩を再開させる。
蔓苔桃は、見つからなくとも、赤筋茸や賢者草などを見つけては特徴のおさらいをしつつ、一つずつ採取し背負った籠に入れていく。もちろん食べずに残した猿梨も一つ入っている。
多くを取らず数個ずつなのは勉強のためでもあるが、持ち帰って親に見せるためでもある。今日のでき事を両親と話し褒めてもらうのは子供にとってのご褒美の時間となるのだから。
「ね、あれ!」
ルシアナの抑え目に発された声に指さした先に目を向けると、地面に空いた穴が見つかった。
「あれが獣の巣?」
「おそらくな。罠ぁ仕掛けるぞ」
枝の上を通したロープの先を穴の周りを囲うようにして、引けば締まるように仕掛けていく。
「他にも出口が無いか探すが、ここの見張りはどっちがする?」
手元のロープを差し出しながら聞くジャック爺。
「私が残る」
と、すかさず手を出すのはロレットだった。
「じゃあ、ボクは他を探す」
静かに移動しルシアナとジャック爺は周辺の探索を開始した。
ほどなくして、八つの穴を見つけ同じように罠を仕掛ける。
「どうやって追い出すの?」
「さて、どうやれば良いかの?」
ここでまた、ジャック爺は問題を出す。
「出てきてってお願いする?」
「おっきい音を出すの?」
「どっちもいいかも知れんが、あまり近づかんほうが良いな」
「じゃあ、石を投げ入れる!」
「枝を突っ込むの?」
「もう仕舞いかな?」
「「うう~~~」」
見ておれと言い置き、低木の枝葉を折り取りひとまとめにした。
「これを、どうにかするんじゃ」
「穴に入れて音を出す!」
「わかったの! 火をつけるの!」
「正解じゃ。ロープの先をよく見ておけ」
枝葉に火をつけ煙が燻ぶり始めてから穴の七つに突っ込んでいく。
しばらくもしないうちに、残された穴から飛び出す獣。
「「えいっ!」」
と、掛け声と共に引かれるロープは見事獣を締め付けて宙ぶらりんにする。
そのあとからもう一匹出てきた獣はジャック爺の放った矢の一撃で仕留められた。
しばらく様子を見続けるが、もう動きは見られない。
「よし、手を離すなよ」
と、ロープに絡めとられた獣に手早くとどめを刺すジャック爺。
血抜きのためにも二匹とも逆さに吊るしたままにする。
「さて、この獣。なんじゃろうな?」
穴熊か貂かどちらかだろうと言う痕跡からの推測だったが。
「うーん? 貂?」
「うーん? 穴熊?」
よく見極めよと再度手帳を差し出すジャック爺。
「「わかった! 穴熊だ!」」
「正解じゃ」
「「やった、今夜はお肉だ!」」
「一匹づつじゃぞ」
「「うん!」」
燻ぶる枝葉の火を消し、獣を持って帰る一行。
本日の散歩は収穫も多く充実したものとなった。
二つ目に書いたお話です。やはりこれも色々と修正を加えてあります。
結局漫画は描いたけどコピー誌は作らずじまいだったんだよなぁ……。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。




