X01 ロレットの錬金術
「………雪下の厳しさ、耐え忍ぶ蕾………熱砂の渇き、求めるも得られず………月光に乾く、草の香り………」
狐人族の幼女ロレットは一抱えもある大きさの甕を前に、すり下ろした薬草や粉末状にした魔石などを呪文を唱え甕の魔石に魔力を流しながら投入すしていく。仄かに光っていた甕の中の液体が、魔力が静まると共に光が消えていった。
「ふぅ……姉さま、活力水の作成終わったのー」
一仕事終え緊張から解放されたように笑顔を浮かべるロレットの尻尾は忙しなく振られていた。
「そう? じゃ休憩にしましょう。お茶の準備お願いね」
ここはマリーレイン錬金術工房。
室内の壁際のほとんどが薬草などの素材の収められた瓶や、レシピの収められた書物が埋め尽くし、作り付けられた作業机には硝子製や金属製の様々な器具が置かれている。
姉さまことマリーレインもそれらの一画で別の作業、錬金組合に卸すための魔法薬作成の下準備をしていたのだ。
台所へ向かったロレットは給水の魔導具から薬缶に水を入れ、コンロの魔導具にかける。
沸騰するまでのしばしの時が、過日を思い出させる。
◇
「ようこそ、おいでくださいました、薬師様」
「ご無沙汰してます。またお世話になりますね」
玄関から声が響いてくる。お客様を出迎えようとロレットが玄関へ行くと、村長の奥さんが森人の女性を迎えていた。
「いらっしゃいましぇ」
二人の目が向けられた。
「お孫さんですか?」
「いえ。先日この子の両親が魔獣に襲われましてね、家で預かることになりました」
「それは………」
「荷物、持つの」
「……ええ、ありがとう」
ひと月程前、狩りに向かったロレットの両親は大型の魔獣に遭遇し大怪我を負った。他にも数人の怪我人が出て、両親の他にも一人が亡くなっていた。その魔獣はこの辺りでは見ることのほとんど無いもので、先に見つけることができていたとしても装備も人も整えて出直さなければ対処できないような相手だった。その魔獣を討伐するのに狩人組合員総出で半月近くの時を要した。
荷物を客間に置き居間へと声をかけお茶の用意をする。とは言っても火はまだ使えないのでコップと菓子を持ってくるだけだ。
少しして、ポットに茶を入れ村長夫人が戻ってくる。
「ありがとうございます」
「いえ、ここまで来るのも大変でしょう」
一息ついてから、薬の在庫、今回の買い入れ量、他に必要な物などが話し合われる。
「それで、相談というのは?」
「ええ、この子のことなんですがね……」
「確かめてみても?」
「お願いします」
何が始まるのだろうとロレットは興味を惹かれて頭の上の大きな耳がピコピコと動き出す。
客人は鞄から板状の魔導具を取り出した。両端にある魔石に手を当てて、魔力を流すように言い、それに従い手を当て魔力を流せば……沢山の同心円の中心から十の頂点のうち一つを除いた九つから色とりどりに光が放たれた。ロレットは綺麗な光にしばし見とれる。
「ねぇ、あなた。私の元に来る気はない?」
「えっと、私、薬師になるの?」
「いいえ、錬金術師よ」
このまま村長宅でお世話になるより弟子として着いて行った方が迷惑にならないと考え、決然とした表情で錬金術の道を選び取る。
半日馬に揺られて着いたのは、テルトーネというこの辺りでは一番大きな街。
高い石の壁にも石造りの大きな家並みにも驚くロレットだったが、何より人の多さに驚いて、馬から降りた後も不安を紛らわすためにずっとマリーレインと手をつないでいた。
職人街の端の方、比較的静かな環境にある三角屋根の沢山集まったような家。
玄関にたどり着くまでに沢山の薬草が植えられており、そこだけ別の雰囲気がある。
黒猫が一匹、門扉を守るように昼寝をしていたが、主の帰還に一声あげる。
マリーレインは玄関を開けて、笑顔でロレットを迎え入れる。
「ようこそ魔女の家へ。これからここが、あなたの家よ」
「私の新しい家なの?」
玄関を入ると大きな釜が目に入る。
「これでお薬を作るの?」
「実はそれ、お風呂なんだ」
「ええっ!?」
「冗談。薬に使う水を作るのよ」
◇
「もう三年も前なのねー」
姉さまと呼ぶようになったのも一緒に思い出す。確かあれは「ママになってくれるの?」と聞いたら「姉さまにして」と言われたからだと。
トレーにカップ、お茶菓子を乗せ、ポットに茶葉を。お湯が沸いたら注ぎ入れる。
工房ではマリーレインがテーブルに着いて待っていた。
「お待たせなのー」
「さ、早く早く」
「はいはい」
テーブルにトレーを置いて席に着こうとしたとき、玄関からノックの音が聞こえてくる。
「お届け物でーす」
「はーい」
ロレットが出迎えたのは、組合からの荷物を持った配達員だった。
「おう、元気だったか? 荷物の確認、頼んでいいか?」
「わかったの!」
「依頼のあった薬草他素材各種。確認して署名頼むな」
「えっと、量があるので、しばらくかかるの……」
「あらキリアン、ご苦労様。お茶ぐらい出すわよ」
「わるいな。荷物ここで良いか?」
マリーレインの声に答え、配達員のキリアンは台車を押して工房の一角に荷物を運び入れると、マリーレインの向かいの椅子に腰掛ける。
ロレットはリストを見ながら素材を一つずつ、蒼紫蘇の葉、薇杷の葉、漆藜子の実………と、慎重に確認していく。
「それにしても、ずいぶんでかくなったな」
「そうね。春になれば学院に通うようになるもの」
「もうそんなか。何か祝いでも考えるか」
「ふふ。よろこぶ顔が目に浮かぶわ」
ロレットに目を向けながら大人二人は先にお茶を始めた。
「姉さま、全部あったの」
「はい。受け取りましたっと」
確認の終わったロレットは尻尾を振り振りマリーレインに受領書を渡すと、彼女は署名してキリアンに受け渡す。
「確かに。それで、納品の方はどうなってる」
ロレットにウインクし答えるマリーレイン。
「今日中には問題なく。ねっ」
「ねー」
「そうか。じゃあな、お茶ご馳走さん」
帰る配達員と入れ違いで黒猫が屋内に入ってくる。
「そろそろ始めますか」
「はじめるのー」
ロレットも休憩が取れた後、作業再開。
ロレットは大釜の前、釜の魔石に魔力を流し、かき混ぜ棒を手に取りかき混ぜ棒の魔石に魔力を流しながら混ぜつつ、気合を入れて呪文の詠唱を始める。
蒸留水の入った大釜によく洗った煮沸済みのパミス石を入れ、紫と白の魔石を粉末状にして投入する。粉末にした魔石は時間と共に魔力となって蒸発してしまうため、使用時に手早く粉末にする必要がある。
「温かきよりも灼熱を、激しく渦巻け………」
獅子辛子の輪切りを追加で投入する。
「癒しの力と、仄かな天の恵み………」
蒼紫蘇の葉を三枚追加。
「………与えたまえ、生命の水」
さらに先程作っていた活力水も入れ、しばらく混ぜ続けた後、薬用水が完成する。
「ふーーー。んーー、よしっ。姉さま、お水できたのー」
上手に作るコツは一定量の魔力を途切れず流し続けることだとマリーレインは言う。ときおりかき混ぜる手応えが変わるのに、気を取られるため意外と難しい作業である。
マリーレインは硝子の器具の集合物に各素材を納めていった。
ロレットから受け取った薬用水を鍋に注ぎ入れ、硝子ドームに薬草を入れて網で蓋をして鍋の上に被せる。硝子ドームの天辺に管を付ければ行く先はクルクルと螺旋を描いた硝子管が見える冷却器だ。さらに先には黄緑魔石の粉末を入れた硝子の容器につながれて、一度に魔石が溶け落ちない様にと紙のフィルターが付けられている。最後に薬液を受け止める保存瓶の準備が終われば、砂時計を用意し、火の魔導具の準備をする。
「こっちもよし……っと。さて、もう一息よ」
「はいなの!」
「火を点けるのお願いね」
「まかせてなの!」
火の魔導具を渡され、ロレットは喜ぶ。
「火だねよ灯れ、小さき炎『着火』!」
火力を調整しマリーレインは火力用の定規で測ってロレットに示す。
その紫色の定規には初級、中級、上級と回復薬別に目盛りが付けられていた。
「中級回復薬の火力はこれだけね」
「う……ん。わかったの」
そうして火を器具に掛け、一刻用の大きな砂時計をひっくり返す。
「この砂が落ちきったら、素早く火を外して消化」
火の魔導具によって温められる薬用水。その蒸気が上部の薬草の間を通り、冷却器で冷やされ液体になる。それから魔石粉末に滲み込んで、ぽたりぽたりと保存瓶に薬液が溜まっていく。
「薬液が落ちきったら、器を外して、蓋をしたら………完成!」
「完成なのー!」
工房を見回したマリーレインが、掃除が終わったら夕飯の買い出しに行きましょうか、と声を掛けると、ロレットからは元気な返事が返ってきた。
コピー誌(漫画)をコミケで出すのに、一番最初に書いたお話ですね。
なろうに投稿しようとは考えても居なかった頃で、今回の番外編では色々と修正することに……。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。




