036 ストーブと甘い罠
「ぬくぬくー」
「ん。あったか」
山の上では降り積もった雪がいつもより低い場所まで化粧を施しているが、街中で雪が降ることはまだ無いだろう。とはいえ雪の降り積もる山肌を駆け下りて来た風により、底冷えのするような寒さをもたらしていた。おかげで朝食後の寮の食堂では、皆がストーブを囲ってたむろしている。
「はいはい、皆さん。早く学院へ行かないと遅れますよ」
寮の管理人が手を叩きながら声を掛けると、まったりできる時間は儚いものだと渋々ながら動き出す。
厚着をしても外へ出れば寒さが厳しいが、懐炉が内懐からほんのり温めて学院までの道のりを守ってくれるようだった。リアーネと別れ初等部の教室に着くとストーブに火が入れられていて、ようやく外套を脱ぐことができるようになった。
「今日は寒いねー」
「寒すぎだよねー」
「ラーリおはようなのー」
ルシアナとロレットは既に来ていたが、レアーナの姿はまだ無いようだ。
懐炉を取り出し停止させるて黒熊鞄に片づけようとする。お魚鞄は見た目が寒くて現在仕舞われていた。
「あ! それ、どうだった?」
「外、大丈夫だったの?」
「うん! 外でもぬくぬくだった!」
「何だそれ? 温かいのか? 貸してみろよ!」
「次、俺な!」
ケイニーとベナーリがずけずけと割って入って来た。
「リーネが作った。凄いでしょ! ここに魔力流すと温かくなるよ!」
ラウリーの勢いに押されながらも懐炉を手にしたケイニーは起動させるが微妙な表情となる。それに対する懐に入れてみてとの声に従うが、やっぱりよく判らないと首をかしげる。
「どうどう? あったかい?」
「部屋の中、あったかいから判んないのかも?」
「外出てみるの?」
「いや外寒いし。もういい、返す」
「あー、じゃあ、俺もいいや」
リアーネの凄さの判らない男子は馬鹿だなーと思いながら懐炉を片付けたラウリーだった。
教室内のストーブの上では複数の薬缶が湯気を上げている。休み時間となれば皆で茶を入れ飲むこともあるが、今現在、生徒達が悩まされているのは甘い香りだ。ラウリーが持って来たものが原因で、寮を出る時にリアーネに渡された、蓋付きの丸い鍋にパンの生地が入っていた。この丸鍋は蓋まで含めて分厚い鉄製で、石窯の代わりとして機能する物だった。
「ラウリーさん、ストーブは使っても良いけど、持ってくる物はもうちょっと考えてほしいわね………」
「ん? 美味しーよ?」
「こんなに甘い匂いをさせてたら、みんな欲しくなるじゃない?」
「あー! そっか! リーネが持って行けって言うから、そのまま持って来た!」
「リーネすげーな!」
「分けてくれる?」
「楽しみなのー」
「あの子は……居なくても騒がせてくれるわね」
そうして二十分ほど、乾燥果物たっぷりの甘い菓子パンが焼き上がる。授業が終われば早速とばかりに、いつもの四人で分けていただく。
「「「美味しー!」」」
「明日は俺も何か持ってくる!」「僕だって!」「私も!」
笑顔でパンを頬張る四人を見て他の子達も声を上げ、ストーブの上に乗せておくだけで簡単にできるお菓子は何かと相談が始まった。
◇
「これ重ーい」
「ん。どうだった?」
「美味しかったー!」
「ん、こっちも上手にできた」
「また持って来て!」
「美味しかったよ!」
「他にも何かできるの?」
授業も終わり図書館前で落ち合って、今日のことを少し話した。
「入らないの?」
「ん。今日はこれを試す」
腰鞄から丸鍋の代わりに取り出したのは、虫眼鏡と一面黒く塗られた板だった。板を地面に虫眼鏡を距離を測りながら動かしていく。
「寮で作ってたやつ?」
「ん。大きく見える硝子板」
しばらくして焦点が合い一点に光が集中したと思えば煙を上げ始めた。
「にゃっ?」
「ん。問題無さそう」
「え? なに?」
「どうなってるの?」
「魔法……じゃないの」
ひょいと持ち上げ虫眼鏡越しに覗き込むとびくりと身を引き様子をうかがう。
「燃えない? 大丈夫?」
「ん。これで見るだけじゃ燃えない」
太陽の強い光を一点に集めたから燃え始めたのだと説明をする。その過程でラウリー達は手をひさしにして太陽を見てみるが、まぶしさに目をしかめすぐに視線を外したのだった。
「太陽、強い」
「ん、太陽は直接見ちゃダメ。目が悪くなる」
「うわっ、そうなのか!?」
「知らなかったー、気を付けなきゃ」
「目を瞑ってもまだ太陽の光が残ってるの」
目をシパシパさせながら調子を確かめ、虫眼鏡で覗くようにしていたリアーネに対し興味の対象が戻ってくる。
「リーネの目がおっきく見える」
「だね。これが魔法じゃないんだー?」
「不思議なのー」
虫眼鏡を借りて覗いて見ると大きく見えることにが楽しくて、あちらこちらと見て回った。気が付けば随分と時間が過ぎていて、日が落ちる前にと急いで帰った。
◇
休日の朝、集まった皆に寮の中庭を掃除して落ち葉を集めるようにとリアーネがお願いをする。見渡してみれば、寒さで落とした葉で地面一杯が染まっていた。
「この、箱一杯の紫甘薯は……?」
セレーネ達の疑問も簡潔に答える。
「焚火ー!」
「ん。焼芋ー」
そういうことねと、渋々ながらもザッザッザッ、っと、落ち葉を掃き集めていく。
半刻もすれば終わりも見えて、落ち葉の山が四つはできていた。
「一杯だねー」
「ん。これだけあれば大丈夫」
「セレー姉ー、落ち葉集まったー」
「紫甘薯の水洗い頼んで良い?」
任せておけと数人引き連れて調理室へと向かった。
用意が整う前にと焼き場の整理。中庭中央の開けた場所に土魔法中級の『石化』で地面の一部を石にする。枯れ枝を中心に集めてから枯葉を被せていき、『着火』で火を点け燃えだしたなら、残った落ち葉を追加していく。どんどん落ち葉を燃やすうちにセレーネ達が紫甘薯を洗って持って来た。十分燃えてたっぷりの灰が用意できれば、湿った紫甘薯をそのまま灰の中に埋めていく。そのあと少し残った落ち葉を被せ、準備は万端整った。後は中まで火が通るのを待つだけだ。
「なんで二人が掃除の主導だったのよ?」
「管理人さん困ってた?」
「ん。紫甘薯買ってもらった」
「寮管の差し金か……、毎年落ち葉掃除って皆やりたがらないからなぁ」
セレーネは昨晩の食後にリアーネがした助っ人募集を思い出し、いい様に使われたと苦笑い。「美味しそうな紫甘薯いっぱい買って来た。明日、調理手伝ってくれる人」と、言う言葉に釣られて手を上げたのだった。
「リーネの提案」
「ん。落ち葉見て焼芋がしたくなった」
「そうねー、これなら皆やりたがるだろうねー」
少し遠い目をしてつぶやくのだった。
一刻程経ち紫甘薯を一本取り出し確認する。中心まで串がすっと抵抗なく埋まるのを確認したら、埋めた紫甘薯を掘り出して皆に一本ずつ手渡していく。灰を払い皮を剥きしっとりと濃い紫色と甘い匂いにたまらず齧り付く。
「「「んーー!!」」
はふはふ言いながら優しい甘さを堪能した。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。




