032 壊れた宝と龍神祭
お祭り初日の朝を迎えた。
この日のためにリアーネは服飾組合で口座からお金を引き出していたが、嬉しいことに未だに鞄の売り上げも続いているうえに、魔法鞄の魔法陣と追加で預けた乾燥機の魔法陣の使用料も振り込まれており、小金貨どころか金貨に届く残高となっていた。
各組合は互恵関係にあり、どこの組合からでも同じ街の中なら認証札だけで口座のお金をやり取りできるようになっている。
そんなわけで、心おきなくお祭りを楽しむための資金には余裕があったのだ。
「いいの? リーネ?」
「ん。いいよ」
リアーネのお金なのにラウリーのために使っていいのか、ちょっと心配になったらしい。リアーネはふんわりとした笑みを浮かべ気にする必要は無いと言って聞かせる。
賑やかしい街の様子に屋台での買い食いをしているうちに、双子の尻尾は楽しいと表すように振られていた。
「お嬢ちゃん。買っていかないかい?」
聖王国から来た元行商人の屋台は今もまだ繁盛しているようだ。すっかり街の名物のような存在感を感じさせる。しばらく並んで焼き菓子を買い一口食べれば、いつもと違う。
「なんか違う! これも美味しー!」
「ん。いつもと違う」
「判るかい! 祭りのために手に入れた甲斐があるってもんだ」
「手に入れた?」
「んー、砂糖……甘未?」
「おしい、紫縞蜜蜂の蜂蜜だよ。養蜂やってる農家に話を付けたんだ。さすがに祭りの間分しか量は無いんだけどよ」
競技場のそばまで来ると大勢の声が響いてくる。闘技大会の予選を行っているのだろう。
楕円形の大きな建造物であり、階段状の観覧席がぐるりと競技場を取り囲むように存在する。声の様子に会場周辺の人の多さから満員となっているのだろうと思われる。警備員が押し止めて、入れなかったのであろう大勢の人が外にたむろしていた。
テルトーネの街は迷宮もなく探索者が少なく腕の立つ人は多くないのだが、今度の祭りでは攻略者が来ていることもあり、盛り上がっているのが見て取れる。
そんな競技場の周辺には沢山の屋台に露店が並んでいた。
「リーネ、これ何?」
「ん。どれ?」
ラウリーが疑問に思った物は………。
「これが何だか判るかい? ここいら辺りじゃあまり見ないはずなんだがね」
雑貨店にも見える露店にあるのは、一見して何と判ずることのできない物だった。上に持ち手の付いた黒く四角い箱の横に短い丸い筒が出っ張り先端には硝子が嵌め込まれているのが見て取れる。同じ面の左上には硝子の嵌った穴があり、直線上の反対側にも小さな硝子の嵌まった穴がある。
「んー、写真機かな?」
「おっ! よく知ってるな! そうさこれが迷宮のお宝! とは言っても探索者にとっちゃ実用品じゃ無いってんでハズレ扱いなんだがね。そうでなけりゃこんな所まで出回ることは無いからな」
魔導具として人の手で作り出すことができるようになったとはいえ、魔石に画像を記録するだけの道具である。出力するには専用の印刷魔導具が必要となり、なかなか手の出る代物ではなく、新聞記者や肖像写真店位しか持ってはいないだろう。
「んー……調べても良い?」
「リーネ? 作るの?」
「ん。興味がある」
「わっはっはっ。手に持つ分には構わんが壊さないでくれよ?」
一つ頷きリアーネは手に取り、『魔法分析』『魔力分析』『構造解析』と魔法を使って調べていく。
「どう?」
「ん。壊れてた」
「ありゃ、ばれちまった。そうなんだよ、壊れてるからこんな街まで売れ残ってるし、こんな値段を付けてるんだよ」
と、示した金額は小銀貨一枚。壊れていなければ銀貨三から四枚だという。
「ん。安い。買った」
「おう? いいのかい?」
「リーネ直すの?」
「んーん。参考資料?」
そうして手に入れた写真機を腰鞄に収納した。
「いい鞄持ってんな! 大事にしろよ」
「「ありがとう」」
面白い物が手に入ったと尻尾を振り振り笑顔満開のリアーネである。
神殿前の広場に作られた演台の上では、十人の少女が、祭りの衣装を身に着けて歌と踊りを披露する。龍神様への感謝の心を表すそれは、太鼓の旋律も相まって、じっと聞いて居るだけではいられなくなり、声を出して一緒に踊った。
「うーーにゃぅにゃぅにゃぅっ!」
「にゃんにゃにゃーっ!」
演台の周辺では他にも一緒に踊っている子供達が多数おり、大人達も手拍子を打ち、歌を歌って楽しげであった。
「んぐんぐ、これが一番」
「ん。安心の味」
お昼も近くなり何か食べようと、匂いにひかれて屋台に向かう。定番中の定番、小麦の皮で肉餡を包んだ蒸し饅頭だ。ここの屋台は挽肉だけでなく甘辛く煮付けた大き目のお肉が特徴だった。小さな口で齧り付く様子はご機嫌に振られる尻尾も相まって見る者を和ませる。
「嬢ちゃん達、こっちもどうだい?」
「いやいや、何か飲み物も必要だろう? うちのがお薦めだ!」
近くに構えた屋台の親父達からも声が飛ぶ。
ラウリーが向かったのはお茶の屋台。二杯頼むと早速とばかりに小鍋に山羊乳、茶葉に砂糖を入れてしばらく沸騰させたら、茶漉しで漉して淹れてくれた。
甘い飲み口に笑顔がこぼれ、饅頭と交互に口にする。
「「ごちそうさま!」」
「また来いよ!」
「次はうちの店のも買ってくれや!」
気の良い人達の明るい声が、去って行く双子を見送って行く。
街中どこもかしこも屋台がひしめき、気になる物を沢山見つける。
「綺麗な石ー」
「んー? 魔石のペンダント?」
「お守りに一つどうかね?」
「魔石……」
「ん? 魔導具?」
「ああそうさ。効果は色毎に違ってね、赤は筋力、青は器用って感じで強化してくれるんだよ。ま、気休め程度だけれどね」
「買うの?」
「んー……じゃあ、一つずつ」
「おっ、ありがとうね。一つ大白銅貨一枚だよ」
「じゃあ、リーネは黒がいい!」
「ん。ラーリのは緑」
毎度ありがとうの声にお守りペンダントを購入した。早速首にかけ店先の鏡で確認する。
「「ふふふー!」」
お祭り初日を満喫した双子は暗くなり始めたので寮へと帰ることにした。寮に帰り着く頃には空はすっかり暗くなり、沢山のランタンの明かりが通りを照らし出す。
「「きれー!」」
「明日も楽しみだね!」
「ん。楽しみ」
灯りの列とざわざわとした賑やかしい雰囲気が相まって、特別な日なのだと感じさせる。
◇
「もうあと五刻……」
「ん。お休み」
「なんでまだ寝てるかなー? レーア、いい?」
「いいよー。せっかくのお祭りなんだから一緒に行きたいもんね」
「じゃあ、行くの! せーのっ」
明けてお祭り二日目。
双子を寮まで迎えに来た三人によってバサリと布団がはぎ取られ、寒さに悲鳴を上げた双子は文句を言いながらも着替えてお祭りを楽しむために出かけて行く。
寮の前でクッキーの屋台を出した先輩達に挨拶をして、まずは露店街を目指して歩みを進める。
「リーネ! これ美味しそう」
「ん。こっちと迷う」
「分けたらいいだろー。お姉さんこれちょうだい!」
そんな風にお菓子を分け合い屋台を巡り、いつしか周囲のざわめきが大きくなってきていることに気が付いた。
「何だろー?」
「ん? 英雄……って?」
「あっ、そうか! パレードって今日じゃない?」
「忘れてた? でも、どこで見れるかなー……」
「大通りに出ないと見れないのー」
なんとか大通りにたどり着いた時にはパレード先頭の旗持ちが通り過ぎていた。それに続いて打楽器を抱えながら演奏する者、騎馬に乗った衛兵が、そしてオープントップの四頭引き馬車に乗って件の英雄達が姿を見せた。
御者を除いて立っている者が八人いる。
梟人族の小柄な男性で装備含めて全身真っ黒だ。
牛人族の男性は大きな盾と槍を持つ全身金属鎧に覆われている。
狼人族の男性は小盾に剣と軽鎧。欠けた左耳が凄みを見せる。
虎人族の男性は黄金の髪をなびかせて、特大の剣を背負っている。
竜人族の男性は三メートルはあろうかという大戦棍が見る者を圧倒する。
猫人族の男性は左右の腰に拳銃を佩き、早撃ちの真似ごとをして見せる。
森人族の男性は肩から大型の狙撃銃を下げている。
狐人族の男性は穏やかな表情で狙撃銃を下げている。
それに加えて、短杖を手に馬車の上を飛ぶ羽妖精の九人が英雄の全てだった。
「みんなすごいねー」
「ん。かっこいい」
「な、あそこにいる吟遊詩人、英雄のこと歌ってるんじゃないかな?」
「そうかも? 聞いて行く?」
「楽しみなの!」
そうして、パレードを離れて歌に耳を傾ける。
………その時、目の前に現れたのは、天を刺すほどに巨大な影。
大きな部屋に陣取る様に探索者を待ち構えていた。
巨大な影の持ち主は、数多の探索者を屠って来た最悪の地底竜。
ひとたび動き出せば小さき人にはなすすべもない。
息を殺した英雄達は一気に部屋へとなだれ込み、息つく間もなく刃を向ける………。
息を飲むような戦闘が続き怪我を負って倒れる仲間。
仲間の命を無駄にするものかと英雄達は立ち向かい、ついに地底竜に止めを刺した。
歌も演奏も最高潮を迎え、周囲で聞いていた者達も大きな歓声で勝利を讃える。
「二丁拳銃かっこよかった!」
「ん。魔法はリーネに任せて」
「弓は居ないのかー。ボクはボクのスタイルを作らないと」
「盾役はうちしかできない? でも、槌で盾ってどうするんだろ……?」
「みんなの補助はやって見せるの」
それからのんびり競技場の方までやって来た。
屋台で買った菓子などを食べながら、パレードで目にした英雄の姿に、探索者を目指すなら自分の役割は何だろうという話になったのだ。
競技場で行われる武闘大会ではテルトーネ周辺の狩人や衛兵、このためにやって来た探索者が迫力ある戦いを繰り広げることになるのだろう。
「「「うぉぉぉぉおぉぉぉおぉぉぉぉぉぉーーーーっっ!!」」」
英雄達が競技場に入ってしばらくしてから大歓声が響き渡った。
拡声の魔導具を使った司会の英雄を紹介する声が、うっすらと聞こえてくる。
お昼ご飯を食べるつもりで寮の前まで戻ってみると長い行列ができていた。初日に買った客から、優しい甘さが評判となり子供のみならず買っていく。それなのに売り子は二人だけで一向に落ち着く暇もない。
「他の売り子は?」
「ん? 来なかった?」
「追加で作ってもらってるの! 良かったら手伝ってーーっ!」
悲痛な叫びにラウリーとルシアナは売り子として、後の三人は作成班として手伝った。
行列整理をしながら価格を言って小銭の準備を促していく。受け渡しがスムーズになれば行列も徐々に解消されていき、焼きたてのクッキーを追加して、売り切れた頃には日も傾き始めていた。
「ありがとうー、助かったーー……」
「疲れたー、ラーリはもうだめだー」
「ん。材料使いきった」
「なんでこんなに?」
「みんな大丈夫かー?」
「もうくたくたなのー」
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。




